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6:集う悪役

「ら、ラシュカ様……もしよろしければなのですが、ご一緒に朝食へ参りませんか?」


 と、扉の向こうから、控えめな少女の声が響く。私と同じ、新入生の誰かだろう。私が返事をする前に


「ば、馬鹿! ラシュカ様は公爵令嬢なのよ!? 私たちのような下級貴族とお話になるわけないでしょう!」


 そう、別の声が聞こえてきた。かなり取り乱している。扉の外には二人の少女がいるらしい。


「お誘いだぞ。どうするんだ、ラシュカ」


 チェインがニヤニヤと笑っている。


「とりあえず扉を開けるから、チェインは猫の姿になって」

「あいよ」


 くるりと優雅に背中を向けたチェインは、次の瞬間には子猫の姿になっていた。私はそれを確認して深呼吸し、素早く身なりを整え、扉を開いた。


「あら、おはようございます。朝食のお誘い、感謝いたしますわ」


 太陽の如き眩しい公爵令嬢の笑顔を浮かべた私は、一瞬だけ凍り付いた。

 私の目前に立っていた二つの顔には、見覚えがあった。もちろん、前世の――ゲームの記憶である。彼女たちは、悪役令嬢のとりまき。分かりやすく言えば、ジャイアンをよいしょするスネ夫的ポジション、つまりは……悪役令嬢の腰巾着であった。


「ら、ラシュカ様……!」


 二人は緊張したように私を見つめている。


「ラシュカ様。わたくしたちと一緒に、朝食へ行ってくださるのですか……? わたくしたちはDクラスで魔力も低く、なにより男爵家の娘。それも、まだ歴史の浅い血族なのですが……」

「さようでございます! ラシュカ様とはけして釣り合わない、低俗な身分なのです」


「何を言ってるの」


 私は思わず、毅然とした態度で言い放っていた。


「――この学院では身分の差など関係ない。己の力と努力がものをいうのです。家柄で個人を決めつけるなんて言語道断。今時、愚の骨頂よ。自分を卑下する必要はありません、もっと堂々となさい」


 しまった、言いすぎた。

 前世の記憶が蘇りすぎた影響か、公爵令嬢らしからぬ発言をしてしまった。ほら、二人とも呆然としている。目が点になってる! ぜったいに引かれた。「コイツなに熱くなってんの?」って、陰口たたかれちゃうよ!


 私は必死になって取り繕う。


「――ご、ごめんなさい! お二人はせっかく可愛らしく、素晴らしい立ち居振る舞いをなさっているのだから、自信を持って欲しかったのです!」


 二人はまだポカンとしている。


「ちょ、朝食に誘ってくれたのでしたよね! ぜひ、ご一緒させていただきたいと思うのですが……えーと」


 私の声はどんどん尻ずぼみになっていく。足元のチェインが呆れたような顔をしている気がする。夢でも見ているような少女二人は、シャボン玉がパチンと弾けたように瞬きした。そして


「「ご一緒しましょう!」」


 そう言った。子犬のように、瞳をキラキラ輝かせて。


「さすがラシュカ様ですわ。今時、身分の違いで人を決めつけるなんて愚かしい……わたくし、目が覚めました!」

「わたくしもですわ! ラシュカ様に可愛いだなんて言っていただけて、わたくし、もっと自分を認めてあげようと思えました!」


 二人は代わる代わる熱弁をふるった。すごい勢いだ。


「「わたくしたち、ラシュカ様に一生ついて行きますわ!」」


 てってれー。悪役のとりまきが仲間にナッタ!


 私は頭を抱えたくなる。しかし


「わたくしたち、これからラシュカ様のお友達になっても良いのよね?」

「ええ! ラシュカ様ならきっと快諾してくれますわ!」

「友達として胸を張れるように、もっと精進しましょう!」

「そうね、これからの生活が楽しみだわ!」


 と、嬉しそうな二人を見ていると……なんだか私まで嬉しくなってしまったのだった――


 図らずして悪役令嬢の取り巻き二人を仲間にしてしまった私。

 彼女たちの名前は、レイアさんとリアさん。ゲームの中の二人はラシュカを崇拝し、ラシュカの障害たる主人公を嬉々としいじめる立ち位置だ。


 けれど今こうして見ると、二人とも根っからの悪党には見えない。


 成り上がりの男爵家である二人は、厳しい環境を生き抜いてきたようだ。上流貴族から馬鹿にされても歯を食いしばり、立派な貴族の女性を目指して切磋琢磨してきた生い立ち。相当なストレスだったことだろう。だからこそゲームでは、完璧で孤高な悪役令嬢ラシュカに心惹かれ、みんなに愛される主人公にイライラしたのかもしれない。


「二人が悪に手を染めないよう、私がきちんと見張らないとね」


 溜息まじりに呟く私の前を、二人は楽しそうに歩いている。


 今、私たちは食堂に向かっている。学院には一階に大きな食堂がある。ローカの途中で、二人は立ち止まった。その視線の先には、歩いて来る青年の姿。太陽の如き神々しさを従えている。

 アイライト様だ。


「あのお方は……第二王子様」

「ラシュカ様の婚約者様ですわよね!」


 二人は興奮気味に囁き合うと、すっと道をあけた。それによって、私はアイライト様と向かい合う形になる。


「やあ、ラシュカ」


 王子は立ち止まって微笑を浮かべた。今日も眩い笑顔だ。普段の私なら呑気に眩暈を覚えていたことだろう。だがしかし、あいにく、今の私は彼の正体を知っている。


 アイライト様はいずれ、私を断罪する人なのだ。


「お、おはようございます」


 なんとか笑顔を取り繕う。動揺を顔に出す訳にはいかない。今は慎重に行動すべきなのだ、アイライト様に不信感を抱かせてはだめ。


「どうしたの、いつもの元気なラシュカじゃないね」


 アイライト様は心配そうに私を見つめている。鋭いお方だ。


「はじめての学院生活で、緊張してしまっているのです」


 私は恥じらうように微笑んだ。アイライト様は目を丸め「君でも緊張するんだね」と囁いた。


「私はまだ未熟者ですので、当然のことです」

「はじめての社交界でも臆することの無かった君だよ? 少し意外だ」


 具合が悪いんじゃないのかい?

 と、アイライト様が瞳を細める――この目は。心から私の体を案じてくれている眼差し、ではない。


 何か、探りを入れようとしている。


「――昨日、天使を召喚していたよね。それが関係しているんじゃないの?」


 私をライバル視しているアイライト様。やはり天使を召喚した件について、気になっていたのだろう。私としては、あまりその話に触れて欲しくない。私が召喚したのは堕天使なのだから。

 無難な返事を探し答えあぐねていると、私の足元で黒いもふもふが動いた。


『なーう』


 チェインだ。

 アイライト様はぎょっとし飛びのく。


「き、昨日の猫か、驚いた……」


 彼は猫が苦手なのだ。


「申し訳ありません、私に懐いてしまったようで……」

「そ、そうかい。とにかくラシュカ。無理は禁物だからね」


 捨て台詞を吐くように、アイライト様は足早に去って行った。


「アイライト王子、とても麗しいお方ですわ」

「ラシュカ様と並べば、ますます絵になります……!」

「ええ、さすが『天使に愛された令嬢』と、『神に創られし王子』ですわ!」


 レイアさんたちはうっとり頬に手を当てていた。


 神に創られし王子とは、アイライト様を示している。神様が腕によりをかけて創ったと言って過言じゃないほど美しいから、民草がそう噂しているのだ。


『なう』


 チェインがもの言いたげに私を見上げている。

 ありがとう、チェイン。なんとか、王子の追及から逃れられたわ。私は黒猫を抱き上げた。


 アイライト・アリスティア――いずれやってくる主人公と恋に落ちた暁に、彼は私を火刑に処す。


 その未来を考えると、やはり私の心は苦しくなる。たしかに年を重ねるごとに、アイライト様との心の距離は開いて行った気がする。けれど、まさか殺されることになるとは思ってもみなかった。


 はじめて会った時のアイライト様はお優しかった。彼はいつから私のことを、敵とみなしていたのだろうか。


「それにしてもアイライト様ったら、こんな早朝にどこへ向かわれるのかしら」


 レイアさんたちが囁きあっている。

 そう。まだ授業まで一時間以上も時間があるのだ。それなのにアイライト様は、一人で中庭の方に向かって行った。


 そこで私はピンときた。前世の記憶にビビッと衝撃が走ったのだ! 二人のおかげだ!


「レイアさん、リアさん、申し訳ありません。大切な用事を思い出しましたの。朝食は、明日一緒にとりましょう!」


 私は二人に告げると踵を返す。そして全力で走った。完全無欠な令嬢の、令嬢らしからぬ全力疾走に、通りすがりの生徒たちは呆然としている。

 けれど今はそれどころじゃないの。


『ラシュカ、急にどうした?』


 腕の中のチェインがピンと耳をたてている。


「思い出したのよ。アイライト様は、より強い力を求めて悪魔と契約するの!」

『は?』


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