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5:学園生活はじまる

 とんでもない入学試験が終わった後のこと。

 学院生は各自、寮の部屋で明日の準備をすることになった。学生は一人ずつ、プライベートルームが与えられる。私は部屋にひきこもって、ずっと今後の計画を練っていた。

 疲れていたせいか、そのまま寝落ちしたみたい。


『ラシュカ。おい起きろ、いつまで寝てるつもりだ』


 ふにっ……額にもちっとした、やわらかな肉球が押し当てられる。


「でへへ、気持ち良いお手てでしゅねえ~」

『や、やめ、やめろ……!』


 ぺしんと尻尾で頬をぶたれ、私は完全に目を覚ました。

 きょろきょろと辺りを見渡す。もう朝だった。

 今後の計画を考えながら、私はそのままデスクの上で居眠りをしてしまったらしい。


『まったく。寝癖がついているぞ』


 黒猫はちょこんと腰をおろし、私をジト見する。一見すると可愛らしい子猫だが、これの正体は堕天使だ。


「ずっとそこにいたの?」

『お前は俺の主だからな。ずっと見張っていたぞ。そら、額が赤くなってる。うつ伏せで寝るからだ。お前は昨晩、ちゃんと寝台ベッドで寝るべきだったんだ。夜更かしは美容の敵だぞ、大馬鹿者』

「あなた、意外と小言くさいのね……」

『ふん。お前の体を案じてやっているんだ……で。作戦は思いついたのか?』

「それが」


 私は視線をデスクの上におとす。そこには羽ペンと羊皮紙がある。羊皮紙には、私が夜更かしして書き記したメモがある。そこには、この乙女ゲームのシナリオ――つまりは、これから起こる出来事をまとめている。


「前世の私はこのゲームを全てクリアしてたみたい。四人のキャラをみんな攻略したの。幸運なことに、現世の私はその記憶を思い出すことができた。キャラごとのシナリオをね」

『ほほう?』


 チェインは興味深そうに私のメモをのぞきこんでくる。


『お前が歩む人生は、この四つのシナリオのいずれか……というわけか』

「ええ、いずれのルートに進んでも、私を待ち受けているのは『死』よ」

『主人公の女が転入してくるのは?』

「一か月後ね」


 それまでに、私が幸せな人生を送るための計画を練り上げなければならないのだ。


『だったらその女が転入してくる前に、お前が、攻略対象の男共を惚れさせてしまえば良くないか?』


 はじめはそれも検討したけれど


「だめよ。この運命シナリオは私を是が非でも殺しにかかってきている。下手にコイツらと関わらない方が無難だわ」


 私はすでにゲームの舞台である学院に踏み込んでしまったのだ。

 運命の歯車は、私を死に運ぶまで止まらないことだろう。


「――どうせ無理だとは思うけれど、主人公の女と攻略者たち……彼らとの関わりを避けましょう。干渉しないのよ」

『それこそ無理な話だろう。そもそもアイライト・アリスティアはお前の婚約者なのだろう?』

「そうよ。主人公と他三人との接触は避けられても、アイライト様との関わりからは逃れられない」


 そうなると必然的に、アイライト様と仲良くなる主人公とも関わりができてしまう。そこが難点だ。


「アイライト様をどうにかしないといけないわ」

『ふむ』


 黒猫はしなやかな身のこなしで飛び上がった。私が瞬きした瞬間には、美しい青年へと姿を変えていた。


「――だったら俺が、アイライト・アリスティアを消してやろうか」

「それはダメ!」


 反射的に叫んだ。いくらなんでも、誰かが死ぬ上で成り立つ幸せは、私の望む幸せではないのだ。


「なんだ。お前はあのうさん臭い王子が好きなのか?」

「そりゃもちろん好きよ」

「……は、お熱いこと」


 何故かチェインはつまらなさそうにそっぽを向いていた。


 好きというのは、友達としてだけどね。

 いずれ破棄したいと思っていても、まだ私たちは婚約者だ。付き合いだって長い。それなのに、距離を感じていたのよね。

 だから私はアイライト様を、友人として慕っていた。


 けれど、アイライト様は違ったみたい。

 昨日、新たな前世の記憶を思い出して、その理由はもう分かった。アイライト様が、私に一線を引く理由が。


「このままなら私、あの人に火あぶりにされてしまう」

「火あぶり?」

「ゲームのシナリオの話よ。もし主人公とアイライト様が結ばれるルートに進めば、私は最終的に、アイライト様に火刑に処される」

「なんとむごたらしい」


 チェインはわざとらしく両手を挙げ、驚く素振りを見せた。

 たしかにむごたらしいことだ。記憶を取り戻して、自分がいずれ、友達だと思っていた人に――婚約者に殺されることになるなんて。たぶん普通の令嬢なら絶望のあまり、すべてから逃げ出すことだろう。


「ところがどっこい、私は転生者よ。ぜったいに生き抜いて見せるわ」


 最初こそ諦めかけたが、私には情報という武器がある。幼い頃身に着けた知識も魔術もあるのだ。ぜったいに殺されてたまるものですか。


「それにしても、処刑は酷すぎないか?」


 チェインの言う通りである。

 けれどゲームの中のラシュカは、それにふさわしいほどの罪を犯したのだ。嫉妬のあまり、主人公を事故に見せかけて殺そうとしたのだから。その上ラシュカは堕天使を召喚した。そのことが皆に知られてしまうのだ。堕天使も悪魔と同様、忌避の対象とされている。

 こうして悪事を重ねたラシュカは死刑を宣告されてしまう。


「主人公を虐めなければ、処刑は免れるかもしれない……けれど」


 くどいようだが、このゲームは悪役令嬢に優しくないのだ。


「今、私が進めるルートには『死』しかない。だから、他にも対策をとっておくべきなのよ」


 前世の私が魂に刻み付けたこと。それは、石橋は叩いて渡れ、ということである。


「ふん、ならばその対策というのは何だ?」

「それがまだ分からないの。アイライト様はなかなか手ごわいのよ」


 アイライト様に私を殺させないよう対策をとるのは、なかなか骨が折れそうなのだ。


「何故だ?」

「彼は私をライバル視――いえ、敵視しているからよ」


 これが、アイライト様が私に一線を引く理由だ。


 私は天才と称される令嬢なのだ。そこらへんの男性のプライドなんて、小枝のようにポキポキ折ってしまう。それはアイライト様もしかり、なのである。

 私は知らない間に、アイライト様のプライドをへし折っていたらしい。


「まてよ。アイライト・アリスティアは王子だろ。それも優秀で見目麗しい。婚約者のお前を敵視する理由は思い当たらんぞ」

「アイライト様にはとても優秀なお兄様がいるの。彼は非の打ち所の無い、正真正銘の天才よ。アイライト様は幼い頃から兄と比べられて生きてきた……誰にも認めてもらえなかったの」


 常に兄と比較されてきたのだ、真面目で完璧主義なアイライト様は、それで気を病んでいた。


「――挙句の果てに、婚約者の私まで優秀なのよ?」


 ゲームのシナリオでは。

 お高く留まったラシュカは王子をたてることもなく、そのプライドを傷つけていたのだ。


「アイライト・アリスティアは肩身の狭い思いをしているわけか」


 その通りよ……私は頷く。

 王子は独りで傷心していた。そんな彼を癒すのが、いずれやってくる主人公なのだ。


「ラシュカ、お前が王子をヨシヨシしてやれば良いだろう」

「それは無理でしょ。私はもう、完璧な令嬢に成長しきったのよ? こんな私が何を言ったところで、皮肉にしか聞こえないでしょう。私ったら、国一番の才女だし」

「自分で言うな」

「私には王子の心は癒せない。だからせめて、王子の敵意だけは解いておきたい……そこが今の課題よ」


 王子に殺されないために、まずは彼の敵対心を無くしておこうという計画である。


「ほう。しらみつぶしに不安因子を消していく……ということか」

 

 チェインは本当に面倒くさいのか、呑気に欠伸をしている。

 その時、コンコンと、誰かが部屋の扉をたたいた。


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