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3:死亡ルート決定

 クリスタルの上にいる何か――それは今、私が召喚した天使だった。


「天使というか……悪魔?」


 ふわりと浮かんでいる天使は、スラリとした青年だった。

 それも、この世のものとは思えないほどの美形だった。ただし、とても怪しげな雰囲気を漂わせている。さらさらと艶やかな漆黒の髪に、喪服のような黒い服。背中に生えた翼は、宵闇の黒だ。瞳だけが、血のように赤い。

 まるで夜気をまとっているような……いや、闇夜を従えているような、冷たい雰囲気。

 なんというか、悪魔のような出で立ちだった。


 この国では、悪魔は忌避の象徴。憎悪すべき敵なのだ。私が悪魔を召喚したと知られれば、ややこしいことになる。勢いよく周囲を見渡したが、みんなはピタリと静止していた。声すら発しない。瞬き一つしない。

 時間が止められているようだった。


「あなたの仕業なの、悪魔」

「悪魔? 天使様だ、失礼な転生者め……まあ俺は、堕天させられたから純度百パーセント天使ではないが」

「堕天使ですか」

「せっかく時間をとめてやっているんだ。俺のことより、お前のこれからについて話そう。転生者よ」


 堕天使様は涼し気な瞳を細め、私を見据えた。


「――お前は乙女ゲームの悪役令嬢、ラシュカ・オフェリアンに転生した。この学院に入学した本日をもって、お前の死亡ルートは決定された。順風満帆な薔薇色人生は終わるんだよ、天才令嬢ちゃん?」


 生意気な口をきく堕天使だった。


「死亡ルート? それって、どういうことよ」

「思い出してみろ、お前の前世を」


 私は言われた通り、今しがた新たに蘇った前世の記憶を――前世で大好きだった乙女ゲーム、アリスティアの記憶を遡る。


 ゲームの主人公は、平民の少女だ。希少な光の魔力を宿しており、この学院への入学が許された転校生(エンディングでは聖女となる)。

 主人公はこの学院で、四人の男性キャラクターと出会い、そのいずれかと恋をする。

 そのうちの一人が、アイライト・アリスティア王子。私の婚約者である。健気で頑張り屋な主人公に、特別な感情を抱いてしまうのだ。

 ラシュカ・オフェリアンは、嫉妬のあまり主人公をいたぶり陥れる、悪役令嬢。ようするにいじめっこである。ラシュカはさんざん主人公を傷つけ、最終的にこっぴどい仕返しを受ける。

 主人公がどの攻略キャラクターと結ばれるか……その四つのルートごとに、ラシュカへの制裁内容は変わってくる。


 一つ目のルートは、火刑で死ぬ。

 二つ目のルートは、谷から突き落とされて死ぬ。

 三つ目のルートは、通りかかった馬に蹴られて死ぬ。

 四つ目のルートは、なんだかよく分からないけど無理矢理な感じで死ぬ。


「ちょっと製作者ぁぁぁあああ!?」


 このゲームの製作者、悪役令嬢にどんな恨みがあるんだよ! 全力で殺しにかかってきてる……最後らへんの死にかたなんて意味分からなさすぎでしょ!

 いずれにせよ、私のルートに「死」以外は存在しないことが分かった。


「……だめだ私。これから、どうすれば良いの」


 主人公がやってくる限り、アイライト様たちがこの学院にいる限り、私は必ず「死」から逃れられない。そう言い切れる。

 なぜなら私はすでに、そのルートに乗っかってしまっているからだ。

 ゲームの中の悪役令嬢ラシュカも、天使の加護を受けたエリートだった。それに、入学試験で天使を召喚していた。その天使の正体は、悪魔のような堕天使だったのだ。

 そして今、私が召喚したのは……堕天使である。


 一緒だ。私の人生、ゲームの内容と一緒だ……!


「とっくに運命の歯車は回り始めている。お前が察した通り、ラシュカはこのゲームのシナリオからは逃れられん」

「死ぬしかないということね」


 だったらいっそ、この学院から逃げてしまおうか。今まで築き上げてきたもの、家族や学友、何もかも全てを放りだせば、私は死ななくてすむのではないか。


「――それは、だめよ」

「ん?」


 堕天使は片方の眉をあげる。


「たしかに私は、自分の幸せしか考えられないエゴイストな転生者ですけれどね……家族が、みんながいないと私の幸せは実現しないの。お母さまたちを悲しませてまで、成就する私の幸せはないわ」


 このまま逃げてしまったら、オフェリアン家の名に傷がつく。アイライト様の顔に泥を塗ることになる。なにより、お母さまや侍女たちを悲しませてしまう。そんなのは、嫌だった。

 みんなが辛い思いをするくらいなら、私は、私は


「せ、せめて……潔く、だ、断罪されてあげるわよ」


 怖いけど。本当はめちゃくちゃ嫌だけど!

 醜く駄々をこねるのはもっと嫌だ。令嬢の私が許さない……!


「本当に良いのか? お前は自分の幸せよりも、他人の安寧を願うのか」


 堕天使は私を眺めるようにして、首を傾げた。私は体の震えを気取られないように、無理矢理笑って見せた。


「ええ! 不死鳥は死なないもの!」


 自分でも何を言っているのか分からない、ただの強がりである。


「だっさ」


 堕天使はそう言って、笑っていた。ニヤニヤと、おもちゃでも見つけた子供のように。


「わ、笑うなんてひどい!」

「いや、良いな、面白い。やはりお前は、そういうやつだよな」

「え……?」

「ラシュカ・オフェリアン。お前にもう一つの選択肢をやろう」


 堕天使は怖いほど美しい顔で、目が離せないほど残忍な微笑を浮かべた。

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