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2:ただの転生じゃなかったらしい

 アリスティア王国、第二王子との婚約が決まったのである。


 オフェリアン家は由緒正しき公爵家。その長い歴史の中で、王家に嫁いだ娘、数知れず。だから、いつかこの日が来ると予測はしていた。


 十二歳になった私は、王国でトップクラスの頭脳を有し、同年代には引けを取らない魔法使いとなった。自分で言うのもなんだが、容姿端麗でもある。

 癖の無い、ハチミツのような金髪に白磁の肌。長い手足にスラリとした体。大きな瞳は透き通ったエメラルド。

 可愛いというより、美人。いじらしい花というより、高嶺の花という雰囲気は否めない。それでも、だからこそ、公爵家の名に恥じない風貌――ラシュカ・オフェリアン、あんたすっごい美人だよ!


 噂は国中を駆け巡り、国王の耳にも入ったの。

 オフェリアン公爵家の天才令嬢ともなると、王子の婚約者に申し分ない。

 話はとんとん拍子に進んだ。


 ついに。王子とはじめての、謁見の日がやってきた。


 第二王子、アイライト・アリスティア様は想像以上の美少年だった。陽光を弾くブロンドの髪に、空を映したような瞳。十四歳とは思えない、落ち着いた雰囲気。


 精神的には成熟している私なので、こんな少年にはときめかない。普通の女の子なら、うっとり見入ってしまうことでしょう。

 とはいえ、相手は王家の人間。私の幸せな人生のため、礼を欠くわけにはいかない!


 私は新調してもらったドレスをつかみ、お母さまに教わった作法で完璧かつ丁寧なあいさつをした。


「はじめまして、ラシュカ嬢」


 声変りを終えたアイライト様の声は、湖底に柔らかく広がる静けさで、私の鼓膜を震わせた。なんと優しい微笑なのだろう。さしもの私もうろたえる。

 今まで見たことがないほど完璧な美少年だった。


「僕の名はアイライト・アリスティア……ラシュカ嬢、どこか具合でも悪いのですか?」


 心配そうに顔をのぞきこまれて、私は飛びのく。

 アイライト様の瞳に見つめられた瞬間、ビビッと電流が体中を駆け巡ったの。

 これは、前世の私も体験したことの無い感覚だった。

 もしや、恋? いやいやトキメキとは違うって。


「だ、大丈夫でございますです!」


 私としたことが、あまりのテンパり具合におかしな言葉を発してしまった。

 王子はポカンとしている。

 やっちまった……今まで築き上げた私の努力が水の泡に!

 頭を抱えようとした瞬間、王子はプハッと吹き出した。


「それなら良かったです……僕としても、本当によかった」

「と、おっしゃいますと」

「天使に愛された公爵令嬢……皆、あなたのことをそう噂しているのです」


 アイライト様は涙を拭いながら、私を見た。


「そのように完璧なご令嬢と対面すること事態が、僕には重役だったのです。王子たるものが、情けない話ですが……婚約もまだ心の準備ができていなかった。しかし」


 王子はまた、儚い微笑を湛える。


「ラシュカ嬢が、噂に聞いたような方じゃなくてよかった。とても、可愛らしい人だ」


 私の頭からバフンと湯気が吹き出た。

 思わず、ドキッとしてしまった。こんな、こんな少年に!

 けれど仕方ないでしょう。可愛いのはどっちだよ、あなたの方です王子様。


 麗しい王子の優しい笑顔を向けられて、温かい言葉を賜って、泣かない全米はいない。

 全私がスタンディングオベーションしてる。


「アイライト様にそうおっしゃっていただけるなんて、身に余る光栄でございます……」

「そんなにかしこまらないでください。普段のあなたと話してみたいんです」


 王子はその言葉の後に


「――僕たちはいちおう、婚約者、なんだから」


 と、照れたように笑った。


 まだ「心の準備ができていない」と言ってたのに、私のために、ちょっと背伸びした感じではにかんでいる。


……可愛いかよ! この王子、マジ推せるわ。

 と、私は心の中でサイリウムをぶん回し、外面では麗しい令嬢の微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


 かくして。

 王子との初対面ミッションは無事、成功した。


 それからというもの。

 私は三か月に一度は王子と相まみえ、差しさわりのない文通も送りあった。

 王子は見た目通り温厚な方だった。

 こんな方と結婚できる女の子は、そりゃあもう幸せに違いない。

 転生した私は、順風満帆だ。


 だからこそ私は、できればこの婚約を破棄したいと考えていた。

 今の私は、恋なんて興味ないのだ。自分磨きを続けて、オフェリアン家にふさわしい魔法使いになるつもりなの。

 だから、こんな私では妃にふさわしくないだろう。


 かといって、王家からの縁談話を断るわけにはいかない。お母さまたちも喜んでいるのだ。家名のためにも、王家の面子を守るためにも、この縁談話は成就させねばならない。


 どうしたものかと悩み続け、答えが出ないうちに、私は十五歳を迎えた。


 アリスティア王国では、一つのきまりがある。十五歳を迎えた貴族の子息たちは、全寮制の王立シュタルダント学院に通わなければならない。

 ついに私も、学院に入学する年齢に達したの。この日を待っていた!


 今日は入学式当日である。

 入学試験に首席で合格した私は、豪奢な馬車に揺られ、王都の中心部にそびえる王立学院に向かった。

 学院は王城のように巨大な城砦に守られている。甲鉄の門徒をくぐれば、壮大な学院の景色が待っていた。


「本当にお城みたいな学校ね」


 私は独り言を零し、地面に降り立った。

 広大な庭の中心には、天使の彫像が鎮座している。その手の中には、透明な美しいクリスタルがあった。

 そのふもとには、新入生たちが整然と並んでいる。


「――見ろよ、天使に愛されし公爵令嬢だぞ!」

「噂以上ね。とてもお美しいわ」


 と、みさなんからの熱い眼差しを浴びる。一心に注目を受ける私は、前世と違って公爵令嬢だ。威風堂々と背筋を伸ばす。


「ラシュカ、また会えて嬉しいよ」


 背後から声をかけられた。

 アイライト王子である。彼も二年前から学院に通っているのだ。だから、こうして会うのは久しぶりだった。

 王子は少し見ない間に、とても立派になられていた。背なんて一気に伸びて、顎を持ち上げなければ目が合わない。清廉とした雰囲気には磨きがかかり、男女関係なく、周囲の視線を奪っていた。

 アイライト様が近づいて来ると、生徒たちはモーゼの海のように両端に別れた。


「アイライト様、お久しぶりです」

「ますます美しくなったね」


 こんな台詞を何の嫌味もなく、さらっと言ってしまうのだ。


「アイライト様、授業はどうなされたのですか?」

「許嫁の入学式だからね。今日だけ、ワガママを言ってこさせてもらったんだ」


 私のために、わざわざここまで駆けつけてくれたらしい。

 風の噂によると、アイライト様は歴代の王族の中でも随一の真面目な優等生らしい。そんなアイライト様のまたとないワガママに、先生たちも授業の欠席を快諾してくれた様子だ。


「さて、ラシュカ。この学院は魔力の大きさでクラスが分けられるんだ。そこに貴族階級は関係ない……知ってるかい?」


 もちろんですわ。私は頷く。

 ようするに、クラス決めの試験があるのだ。その結果によってクラスが振り分けられる。

 魔力の無い生徒はEクラスに。魔力がある者はDクラスから、上のクラスへ割り振られていく。

 選りすぐられた最高ランクの生徒は、Aクラスとなるのだ。

 試験が行われるのは、今日の、まさしくこれからなのである。


「余裕そうな顔つきだね。僕もようやく、君の本気が見られるわけだ」


 アイライト様は静かな声でそう言った。これが彼の本心なのだろう。


……アイライト様は、私を心の底からは心配していない。


 共に時を重ねて分かったことがある。

 穏やかで優しいアイライト様には、裏があるの。

 常に柔らかい表情を浮かべているが、目は笑っていない。空を宿した瞳はどこか冷たくて、真冬の空を思わせる。

 心の底では何を考えているのか分からない、そういう人なのだ。


 とはいえ、そんなアイライト様も私の力には本当に興味がある様子だ。

 私は今まで、他人に本気の魔法を見せたことがないからだ。

……だって、三割の力を使っただけで、屋敷が吹っ飛びそうになったのだから。


「みなさん、心の準備は良いですね?」


 と、教師が粛々と告げた。

 いよいよ試験が開始される。

 試験内容は簡潔明瞭。今、目の前にある天使の彫像。それが持つクリスタル。そこに魔力を注ぎ込むだけで良い。クリスタルは魔力の大きさに応じた反応を見せるらしい。

 生徒たちは一人一人、名簿順に魔力を注ぎ込んでいった。クリスタルはめいめいの魔力を受け、青色に光ったり、黄色く明滅したりする。一番強い魔力の持ち主の時は、燃え上がる炎を空に噴き出していた。


「素晴らしい、これは……Bランクですね!」


 教師が感嘆の声をあげる。多くの生徒たちが息を呑んでいた。


「次は……ラシュカ・オフェリアン」


 私の番が来たわ。

 視界の端で、アイライト様がじっと目を見張っている。私は息を深く吸い込んで、クリスタルの前に進み出た。顔をあげる。教師が頷く。私はクリスタルに向けて、魔力を注ぎ込んだ。


 次の瞬間、クリスタルは爆ぜるような光を放った。光は奇跡を描き、大きな魔法陣を形どる。


「これは……召喚獣!?」


 教師が口を塞いで後ずさる。

 召喚魔法――それは、世界でも数人の魔法使いしか扱うことのできない魔法だ。


 周りの生徒たちは呆然と立ち尽くしていた。だが、驚きたいのは私の方だ! ひさしぶりに本気でやったらこんな事態になるなんて……自分で自分の才能が怖くなる。


「わああああああ! 私、すごいわ! やっぱり天才……!」


 おっといけない。

 荒くなる鼻息を抑え、あくまで冷静な公爵令嬢に戻る。


 そして意識を召喚獣に戻す。

 光の向こう、クリスタルの上に、何かの影が見える。私は目を凝らす。

 それは人の形をしていて、大きな翼を持っていた。


「まさか、天使を召喚したというの!? 天使は、教会が一カ月かけてようやく召喚できるのよ!?」


 教師が掠れた声をあげる。

 長いオフェリアン家の歴史の中でも、天使を召喚できたのは一代目当主たった一人だけだという。それを、私が召喚した……?

 鮮明になる天使の姿を目にした瞬間、私の頭がズキンと痛んだ。


 ビビッと電流が体中を駆け巡ったのだ。これは、前世の私も体験したことの無い感覚だった。しかし数年前に経験したことがある。もちろんトキメキとは違う。

 これは、既視感。


 そこで私の頭の中に、身に覚えの無い記憶が溢れだした――


 前世の記憶だ。冴えない社畜であった私にも、ささやかな楽しみがあった。

 それは、乙女ゲーム。

 その名も、アリスティア。

 今いるこの現世せかいと同じ舞台。主人公は王立学院で、四人の攻略対象だんせいと出会う。


 そして、ラシュカ・オフェリアンは主人公ではない。

 主人公と対立する、悪役令嬢なのだ――


「う、うそ……」


 前世の私は事故であっけなく死んだ。そして生まれ変わりを果たした。けれどそれは、ゲームの中の世界だった。よりにもよって、悪役令嬢なんかに転生してしまったのだ。


「私の幸せな人生計画はどうなるの!?」

「ジ・エンドだ、諦めろ」


 無感情な声が返って来た。私は顔をあげる。クリスタルの上から聞こえたのだ。

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