12:エリート眼鏡男子の実態
次席でエリートたるイリアス様が、クラスでも孤高をきわめている理由がある。
それはイリアス様が……過去ではアリスティア王国の「ならず者」だったからだ。
ならず者――とても分かりやすく言うと、めっちゃ悪い奴という意味だ。みんな怖がって手がつけられなかったのだ。
学院に入学する一年前までのイリアス様は、貴族でありながら、傭兵の息子たちと行動し、都で暴れまわっていた。
たとえば商人を脅したり、役員を丸裸にして冬の寒空に放置したり……なかなかの悪行だ。
教室のみんなも、その噂は耳にしている。誰一人、イリアス様に近づこうとしないのだ。
しかし前世の記憶を持つ私は知っている。
イリアス様はただの悪じゃあないってことを。
イリアス様は傭兵の息子たちと共に、悪さをする裏で良いことをしていたのだ。彼らは一人の少年を救おうとしていた。父親を遠征先で失い、病気の母と二人ぐらししていた健気な男の子だ。お金はなく、食べるものも無く、貧相な暮らしをしていたらしい。
そんな男の子はある日、病人の母親を助けるため……市場から野菜を盗もうとする。それに気づいた商人は、少年を「牢屋にぶちこめ!」と怒り狂ったらしい。
そこで颯爽と登場した悪のイリアス様たち。彼らは影で商人を脅し、少年に対する告訴を取り下げさせ、ついでに少年へ野菜をたくさん送らせたという。ここだけ聞くと少し商人も可哀想に思えるが、実はこの商人、希少な魔法石を闇で売りさばいていた悪いやつ。
だからイリアス様たちも脅迫罪で捕まることはなかった。
それに、役員を丸裸にして寒空の下に放置したのもわけがある。その役員は、可哀想な男の子の家に執拗な税金のとりたてを行っていたのだ。
男の子とそのお母さんを守るため、イリアス様たちは「悪」と恐れられながらも己の信念を曲げなかった。
そうして、たくさんの困っている人を救っていたのだ。
そんなイリアス様が大人しくなり、学院に通い始めたのも他人のためだ。
アリスティア王国は平和だ。男の子のような例もあるけれど、貧富の差は他国に比べて少ない。
けれど外国はそうじゃない。
イリアス様は、外国で苦しむ子どもたちを救いたいと思った。そのためにたくさん勉強して、「正々堂々と人を救うため」権力を得ようとしているらしい。だから、学院に通い始めたのだ。
「立派なお人だわ」
残念なことに。
学院生たちは、そんな彼の優しさを知らない。イリアス様はクールで無愛想だから、いろんな人から「怖い人だ」と誤解を受け畏れられていた。
一人ぼっちなのだ。
そんなイリアス様に声をかけるのが、あと一週間後に転入してくる「主人公」だ。
彼女は光の魔力を持っていて、私たちAクラスにやってくる。
「強面だけど優しいイリアス様と、可愛らしいけど芯の強い主人公……相反する二人は惹かれ合い、仲良くなっていく」
そこに、イリアス様を横取りしようとラシュカが割って入る。
ラシュカという障害を経て、二人の気持ちはどんどん昂っていく。最終的に、崖の上で主人公とラシュカの一騎打ちが行われ、イリアス様が主人公の加勢をし、ラシュカは谷底へ突き落とされてハッピーエンド。
これがイリアス様ルートの概要だ。
「私、ぜったい二人には関わりたくない」
けれど同じクラスになってしまった以上、主人公とイリアス様に関わらないことはできない。
私に残された選択は一つ。アイライト様の時のように、シナリオを破綻させること。それしかない。
私は着席しながら敵を――イリアス様を盗み見た。ずっと本を読んでる。この学院で友達がいない彼の趣味は、もっぱら読書だ。
常に本を持ち歩き、一人で読みふけっている。
やはり絵になるな〜。藍色の髪に精悍としたその姿は……金髪のキラキラ王子になった。
あれ、どういうこと?
私の隣の席に陣取ったアイライト様が、チラチラ視界に入ってくるのだ。
「な、なんのごようですか? アイライト様」
「他の男によそ見は禁止だよ」
アイライト様は拗ねたように瞳を細めている。その姿はちょっと可愛いけれど、今はアイライト様に関わっている暇はないのだ。
授業がはじまった。Aクラスの授業は難解と言われるけれど、前世の知識と昨晩の予習のおかげで、なんとかついていくことができた。
「……分からないことは教えてあげるよ、なんでも聞いて?」
と、嬉しそうにのぞきこんでくるアイライト様は、私の完璧な解答を見てなんだか残念そうだった。
そんな感じで授業をやり過ごし、昼休憩になった。
「ラシュカ様! ご一緒にランチをいただきましょう?」
と、レイアさんとリアさんが迎えに来てくれた。
「ちょっとまって、レイア。ラシュカ様は今日、アイライト様とご一緒なのです……お二人の邪魔をしてはいけませんわ」
リアさんがそっと諭しかける。
私とアイライト様はまばたきを一つして顔を見合わせた。私たちは婚約関係にある。この学院に通うもので、それを知らないものはいない。
アイライト様はちょっと得意げに口元をゆるめている。
「申し訳ありませんわ、ラシュカ様」
レイアさんがしょんぼりと頭を下げた。
謝らないで。
私は二人の肩に手を置く。
「私は、学院にいる間はお友達とお昼を共にすると決めているのです……二人とも、今日も私と一緒に食べてくださるかしら?」
そう囁きかけると、二人はパッと顔を輝かせた。
「良いのですか!?」
「しかし、アイライト様は……」
二人はアイライト様にも気を使ってくれているようだ。
私も二人にならって、(とりあえず今は)婚約者のアイライト様におうかがいをたてる。
アイライト様はにっこり笑って頷いた。
「いっておいで。女の子同士の付き合いも大切だ」
「さすがアイライト様ですわ」
「お友達は大切にしてもらわないとね……僕の妃には、社交界やお茶会でも活躍してほしいから。まあ、僕のラシュカは、今でも十分活躍してくれているけど」
アイライト様は最後らへんの言葉を何度も強調していた。最近、こうしてよく褒めてくれるのだが……攻略対象が、悪役令嬢を褒めるだなんて正気じゃない。腰をやった後遺症なのかもしれない。
私はお礼を言って、二人と共に食堂へ向かった。回廊を歩いていたその時。角にさしかかったところで、急いで歩いてきた誰かとぶつかってしまった。
その人は、イリアス様だった。
「……すまない」
イリアス様は素早い身のこなしで私の腰に手を回し、起こしてくれる。すごい反射神経だ。
そのかわりにバサバサと、彼の持っていた本が床におちた。
「拾いますわ」
「い、いや……」
急いで拾い上げるイリアス様だったが……私は見てしまった。イリアス様が隠すようにした、その本の内容を。