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11:王子様、距離が近いです

 悪役令嬢は闇の力で運命をぶっ壊す!

 そうと決まればさっそく次の作戦も考えなければならない。

 私は学院のカフェテラスでお茶をたしなんでいた。この学院は広大で、いくつも庭がある。私が今いるのは、薔薇の庭園。魔法によって一年中、薔薇が咲き続ける花園だ。

 各所に小さなテラス席があって、薔薇のカーテンで目隠しされている。だからここは、内緒話にはもってこいなのだ。


 アイライト様が抱える予定だった闇――悪魔との契約は、回避できた。

 今のところ他に私ができることはないだろう。


『次の攻略対象に手を打つのか?』


 チェインが机の上で体を起こした。今は黒猫の姿だ。基本的にチェインはずっと私のそばにいるし、その時はほとんど猫の姿をしている。もちろん私が湯浴みをしている時は、追い出すけどね。

 私はじっとチェインを眺める。ピンととんがった耳に柔らかな毛並み。くりっとした瞳に、ぴょこぴょこと生えたおヒゲ……うーん、猫かわいい!

 私はスッとチェインに手を伸ばした……もふりたい。思う存分、もふりたい!

 しかしチェインはひらりと私の手をかわす。


『い、いきなり触れるんじゃない!』


 心なしかほっぺが赤い気がした。


「だったらモフらせて!」

『もふ……?』


 チェインはこてんと首をかしげる。


『さてはラシュカ。俺を猫扱いしているな……?』

「だって、見るからに猫じゃない」

『中身は俺だ、猫じゃない。ちゃんと男として意識しろ』


 ピンと尻尾をたて、必死な形相で怒っているが……にゃーにゃーないてる猫にしか見えない。


「はーい、わかりました! ご飯が欲しいのよね? ホットミルクが良い? それともパンが良いかしら?」

『お前、何も分かって無いだろ。俺の話を聞いてたか? 鼓膜どうなってんだ?』

「パンでしゅね!」

『どうせならミルクにしろ!』


 猫様はミルクをご所望らしい。


『本当はもっと甘いものが良い』

「だめよ、猫は甘いものは体にわるいのよ?」

『俺は本物の猫じゃない。だから良いだろ?』

「そうね……だったら何が食べたいの? 入手しやすいものにしてよね」


 貴族が通う学院といったって、なんでも手に入るわけではないのだ。食堂まで行って、厨房の方にお伺いをたてなければならない。


『だったら、近くによれ』


 チェインはそう言いながら、椅子の上に座った。偉そうな言い方だが……モフモフに言われるのなら腹もたたない。

 私は言われた通りチェインに近づいた。


『手を出せ』

「はい」

『……はむ』


 チェインが私の指をくわえた。


「ちょ、ちょっとチェイン!? 私の指は、食べ物じゃ――」


 黒猫は次の瞬間、青年の姿へと形を変えた。スラリと背の高い、人間の姿だ。黒髪の向こうから、鋭い瞳がのぞく。私の指をくわえるのは、艶っぽい唇。やわらかくて弾力がある……はじめての感触に、私は真っ赤になった。

 チェインは私の様子を楽しむように瞳を細めると、さらに唇で優しく、私の指をはさむ。


「な、な、なにをしてるのっ!?」

「甘いものが欲しいと言ったろ……これで我慢してやる」


 チェインは「逃がさない」とばかりに、私の手をつかんだ。そして、私の人差し指の先を、チュッと……音をたててなめた。

 その気恥ずかしい音に、なんかもう頭がおかしくなりそう。

 美形にこんなことをされたのは、はじめてだ。


「な、なんてことをするのっ!」

「お前が俺を意識しないのが悪い」


 スンとそっぽを向かれる。


「な、なんのことよ……?」


 チェインは甘いものが食べたいんじゃなかったの? 疑問符を浮かべる私。チェインは横目で私を見ると、ちょっと楽しそうに口元をゆるめる。


「お前のその間抜け面を見れたから……今日のとこは許してやる」

「だ、誰が間抜けですって!?」


 ドンと足を踏み鳴らした瞬間、チェインは「おっ」と呟いて、猫の姿に戻った。


「こら、逃げる気!?」


 拳を振り上げた瞬間、薔薇のカーテンの向こうから、金髪の王子様が姿を現した。


「……僕は逃げるつもりなんてないよ?」


 アイライト様だ。一週間前、私をお姫様抱っこしようとして腰を痛めたアイライト様だったが、治癒師と薬によって元気を取り戻していた。


「あ、アイライト様……ごきげんよう!」


 私は令嬢の美しい笑みを繕いながら、横目でチェインをにらむ。黒猫はちょっと得意気に、薔薇の影に姿を消した。


「ラシュカは今日もにぎやかだね。君の元気な声が、向こう側にも聞こえてきたよ」

「私の声、そんなにうるさかったですか……?」

「いや、おかげで君を探す手間が省けたよ」


 アイライト様はクスクスと笑って、じいっと私を見つめた。空色の瞳は今や、春の陽気のようにあったかい。


「ラシュカ、君を迎えに来たんだ。君のお友達二人に居場所を聞いてね」


 私の脳裏にレイアさんとリアさんが浮かんだ。二人は私の素敵なお友達なので、あれから毎日、一緒にご飯を食べている。

……クラスは違うのだけどね。


「もうすぐ今日の授業がはじまる。急ごう」

「アイライト様は、私より二年上では……」

「ラシュカ、知らないのかい? Aクラスは極めて優れた魔法使いしかいない。つまり人数が少ないんだ。だから他学年合同で、授業が行われることがある」

「アイライト様も一緒に授業を受けられるのですね?」

「そういうことだよ」


 私は冷や汗を浮かべる……アイライト様とは、できるだけ距離を置こうと思っていたのだ。私の火刑ルートが無くなったとは限らないから。

 婚約者といえど、学年が違うのだ。卒業するまでの間は、接触を控えられるかと思っていたが……そう甘くはないらしい。


「さあラシュカ、おいで?」


 アイライト様がそっと手を差し出してくれる。ここ一週間で、なんだかスキンシップが多くなった気がする。アイライト様が医務室にいる時だって、彼が眠っている間にこっそりお見舞いのりんごを置いて逃げようとしたら、手をつかまれたのだ。


――ラシュカ、まだ傍にいて


 まるで愛しい人に向ける眼差しで、そう囁かれてしまった。私はもう気絶寸前だった。


 子供の頃はなんとも思わなかったのに、アイライト様は絵に描いたような美青年となってしまったのだ。手をつなぐなんて……私にはハードルが高い。


 それでもアイライト様は今のところ、まだ婚約者なのだ。ここでエスコートを断るのはおかしな話。私は右手をおそるおそる、ゆっくり持ち上げた。優しく、アイライト様に握られる。骨ばっていて、大きな手だった。


「……行くよ」


 低く囁いたアイライト様の手は、あつい。空色の瞳はなんだか、緊張したように潤んでいたような気がする。なんだか私まですごく緊張する、ような……? 急に恥ずかしくなってきて視線をおとす。そこに、黒いモフモフが現れた――チェインだ。


「……っ!?!?!?」


 アイライト様がビクウッとする。苦手な猫が出て来て驚いたらしい。なんとか悲鳴はのみこんだようだ。


(こら、チェイン……!)


 私は非難がましくチェインをにらむが、チェインは素知らぬ顔で去って行った。あの子、何しに来たのだ……。


***


 Aクラスの教室に到着した。今日はアイライト様の学年との合同授業なので、比較的いつもより賑やかだった。

 私の学年は、たったの五人しかいない。そのうちの一人が、乙女ゲーム『アリスティア』の攻略対象である。

 教室の一番前の席に、その姿はあった。


 賑やかな生徒たちからポツンと距離を置いて、一人で本を読んでいる。落ち着いた雰囲気の青年だ。彼の名前はイリアス・メノウ。メノウ男爵家の長男だ。藍色の髪に切れ長の瞳。そして、黒縁眼鏡が印象的なクールな男性。いかにも頭が良さそうだけれど、本当に頭が良い。入学前に行われた試験では、私の次に成績が良かったらしい。座っているだけでも気品あふれている。

 同じイケメンでも、やはりアイライト様たちとは違う。アイライト様は「女の子が夢見るキラキラ王子様」。ついでにチェインは、「ミステリアスで色っぽい堕天使」。

 そしてイリアス様は「物静かなエリート眼鏡男子」だ。見たまんまである。眼鏡好きにはたまらない美形だ。

 ちなみに、前世の私の推しはアイライト様でもイリアス様でもない。アイライト様のお兄様だった。


「……私の顔に何かついているか?」


 私の視線に気づいたのか、イリアス様が無表情に問いかけてきた。


「いえ、なんでもございませんわ」

「……そうか、それなら良い」


 イリアス様は何事もなかったように本を読み始めた。さすがエリート、公爵令嬢の眼差しにもペースを乱されないなんて、末恐ろしいわ。

 しかし。

 イリアス様が恐ろしいのは未来ではない……過去だ。


 このエリート黒縁眼鏡には、誰にも言えない秘密があるのだ。

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