1:不気味な赤子
アリスティア王国。
それは古の魔法あまねく大国。
「誰もが死ぬまでに行ってみたい!」ランキング一位の王都。その一角には立派な屋敷が君臨している。
オフェリアン公爵家――古き血統で、天使の加護が与えられている。王家との所縁も深い、由緒正しき貴族様だ。
そんな公爵家に、一人の少女が誕生した。
名は、ラシュカ・オフェリアン。眉目秀麗な公爵家当主と、才色兼備な伯爵家令嬢の間に生まれたラシュカは、それはそれはもう可愛らしい赤ん坊で。蝶よ花よと育てられていた。
しかし。
ラシュカが生まれて数か月、過保護な両親は我が子に違和感をおぼえはじめる。
これから記すのは、ラシュカの母が泣きながら書いた日記の一説である。
『ラシュカはとても愛らしい娘よ。けれど、おかしなところがあるの。この間の話よ。
まだ生まれて一年もたってないというのに、あの子は……メイドと騎士の三角関係を見て笑っていたの。
修羅場を見てニヤニヤしていたのよ!? まるで結婚できないアラフォー女が恋愛小説を貪り呼んでいる顔だったわ。
それだけじゃないの。ラシュカったら、ワインを見て涎を垂らしていたわ。母乳には目もくれないのに。まるで、仕事終わりの中年男が酒場で物色している様だった……末恐ろしい子」
そう。私ことラシュカ・オフェリアンは、赤子らしからぬ赤子だったの。
四歳を迎えた私は、四年前のお母さまの日記を片手に、笑いを堪えるのに必死だった。
もちろん、泣き笑いである。
仮にも我が愛しき娘に対して、アラフォーは無いだろう!? 中年男は無いだろう!?
私がそこらへんの令嬢だったら、むせび泣きながら身投げしていたところだろう。
パタンとお母さまの日記を閉じて、書庫の棚に戻しておいた。
絵本にも飽きてきたので、レベルの高い小説を探していたのだが、とんでもない代物を発掘してしまったものだ。
お母さまも心労が絶えなかったということだろう。その点に関しては申し訳ない、お母さまに気苦労をかけているのは、主に私よ。
私は他の子供だちとは変わっている。なぜなら私には、
前世の記憶があるからだ。
前世の記憶――にほん、という遠い世界で、せこせこ働いていた苦汁の記憶。全ての記憶を覚えているわけじゃない。当時の両親や、友達の記憶は無いに等しい。
それでも、確実に覚えている前世の記憶が三つある。
一つ、モテない残念な女だったこと。
二つ、社畜として味気の無い人生を歩んでいたこと。
三つ、二十代半ばで死んだこと。事故で呆気なく死んだみたい。ちなみに遺言は
「燃え盛れダークソウル、不死鳥は永久に死なない」
である。
思い出すだけでもイタイ台詞だ。何で死に際にそんな台詞を吐かしたのかは、思い出せない。思い出したくもない。恥ずかしさでもう一度死んでしまう。
とにかく。呆気なく死んだ私はこうして、アリスティア王国の侯爵令嬢として生を受けることになった。
この世界には魔法や精霊といった、空想の代物が平気な顔して存在している。
幸福にも新しい場所で、新しい人生をやり直せるチャンスを得られた私は、もちろん素晴らしい人生計画を練り上げた、それも一歳の頃に。
お母さまたちからすれば、さぞ不気味な赤ん坊だったことだろう。前世の私はアラフォーでも中年男でも無かったけれど、社畜だった。それなりに年季の入った精神なのだ。
さて。
先月、四歳を迎えた現世の私は、勉強に燃えている。
まずは文字の読み書きを始めた。勉強のノウハウは前世で身に着けているので、母国語は完璧に読み書きできるレベルに達した。今は外交先の他国語を学んでいるところよ。
それと並行し、独学でこっそり魔法の練習もしている。
どうやらこの世界の魔力の強さは、「血」と「想像力」が関係しているらしい。
つまり、家系によって魔力に差がでるのだ。
その上、想像力が豊かであるほど、強い魔法を創造できる。
結論から言うと、私はどちらにも恵まれている。
オフェリアン家は天使の加護を受けており、魔力が強い血統なの。
「想像力」に関しては言うまでもない。前世の私の遺言を思い出して欲しい。
前世の記憶と恵まれた血を利用し、私は今度こそ幸せな人生を送ろうと息巻いている。
前世の私は、後悔ばかりだったらしい……勉強とか、人間関係とか。
もちろん詳しい出来事は覚えていないけれど、「ここで失敗した!」「もっと、こうしていれば良かった!」といった教訓が、魂に刻まれている。
だから私は、その教訓を生かしてやり直す。今度こそ、幸せな人生を歩むのだ!
そのために、まずは勉強。誰よりも秀才になって、魔法の練習をはじめるのだ。令嬢としてのマナー講座は、その後からでも良いだろう。親やメイドたちの目を盗んで、この国の事情を掌握する!
そしてみんなから「天才!」と褒め称えられてやる。
かくして私は、人知れず勉強を続けた。
前世のにほんで身に着けた「愛想笑い」と「協調性」を武器に、メイドや学友たちの好感度もあげてやった。
光陰矢の如し――月日はそれこそ光の速さで流れていき、八年がたった。
十二歳を迎えた私は、それはそれはもう優秀な令嬢に育っていた。
そして、婚約者ができたのである。
読んでくださってありがとうございます! 明るい転生話を書いて行きます。毎日更新するつもりです。よろしくお願いいたします!