第7話『垣間見えし黒が、全ての色を飲み込む。』
人間はすぐに嘘をつくもんだ。
ツクヨミ「ボっちゃん……昨晩、イロハ様がボっちゃんに話されていた話……あれは……」
ツクヨミ「…全て作り話なのです。」
サクヤ「……え?」
ツクヨミ「いやはや…イロハ様もなかなか策士ですなぁ…ボっちゃんとの新たな関係を確立するために、あんな作戦を取ったとは…ボっちゃんと全く同じ見た目の好きな人がいたなんて…若干強引な設定ではありますが…見事ボっちゃんを今の状況に誘導なさった…なんとも大胆な…」
サクヤ「え……ええ?」
ツクヨミ「ボっちゃん、イロハ様は今のボっちゃんとの関係を…とても幸せに感じているのです。……これはイロハ様には黙っておくように言われているのですが……」
ツクヨミ「イロハ様はボっちゃんのことが好きなんです。ボっちゃんの気持ちとイロハ様の気持ちは、一緒なのでございます。」
サクヤ「そ、そんな……バカな。ど、どうせ、またお前の作り話なんだろ!」
ツクヨミ「…………」
サクヤ「…ほ、、、本当なのかよ、、、」
ツクヨミ「ボっちゃん。ここは勇気を出して……イロハ様に想いを伝えるべきです。…ボっちゃんの気持ちは必ずや、イロハ様の元に届くでしょう…」
サクヤ「そ、そんな……」
サクヤ「そんなのありえない!!揶揄うのもいい加減にしろ!!」
ツクヨミ「………」
サクヤ「もういい、お前はもう下がれ!これは命令だ!!」
ツクヨミ「……わかりました。おやすみなさいませ、ボっちゃん…」
(バタン……)
サクヤ「クソッ……何だってんだアイツ!!…適当なことベラベラ喋りやがって!!……あんな冗談笑える訳ねえだろ!……」
サクヤ「……冗談に…決まってる…」
(イロハ様はボっちゃんのことが好きなんです…)
サクヤ「……何であんなに真剣な感じで言うんだよ……一瞬でも信じまったじゃねえか……」
サクヤ「ああ……眠れねえ……くそぅ…」
なんとか意識しないようにしたものの、やはりその後もなかなか寝付くことはできなかった…
翌日…
イロハ「フワァ…おはようございます…」
サクヤ「……」
イロハ「う、うわ!?どうしたんですかサクヤさん!?ひどいクマです!!」
サクヤ「い、イロハ!……その…すまん、昨日はあんまり寝られなくてな……」
イロハ「はぁ…そ、そうだ、何か温かいものを…」
サクヤ「いや……いいんだ。俺は平気だから…」
イロハ「そうですか…」
サクヤ「………」
サクヤ(ほら見ろ…全然それらしい素振りも見せて見せないじゃねえか……やっぱりイロハが俺のことが好きってのは、ツクヨミのはったりだったか…)
ツクヨミ「お二人とも、おはようございます。朝食の用意が整いましたので、どうぞこちらへ…」
イロハ「…ありがとうございます。」
サクヤ「はぁ……」
その後も何事もなく過ごしたが…相変わらずこのモヤモヤが消えることはなかった。
ツクヨミの話は作り話だと解ってる。
…解ってる……はずなのに…
この気まずい感じも、時期に消滅するものだと思っていた。だが…その期待とは裏腹に…その気まずさはとある出来事によって絶頂へと達するのであった。
その日の…晩のことだ。
イロハ「……」
イロハは何かを言いたげな顔で、少しまごつきながらこちらの様子を窺っている…
サクヤ「…な、なんだよ…」
イロハ「……いえ、別に…」
サクヤ(……何だってんだ…ああ!!クソッ!!なんか変に意識しちまう!!)
イロハ「あの…昨晩の事なのですが…」
サクヤ「え……な、何だよ…」
イロハ「部屋から声が聞こえてきたんですけど…ツクヨミさんと何を話されていたのですか?」
サクヤ「い、いや……またツクヨミがつまらない作り話をしやがってな…」
イロハ「……作り話?…それってどんな…」
サクヤ「え…いや……あの……言いたくない。」
イロハ「何か言いにくい理由でも?」
サクヤ「つ、作り話には変わらないんだが…言ったら変な雰囲気になるから…多分。」
イロハ「…………。」
イロハは何かを察したような表情を浮かべる…
イロハ「それってもしかして……」
イロハ「私が好きだった人に関する話だったりします…?」
サクヤ「!……」
サクヤ(何で知ってんだ…!?)
イロハ「やっぱり…酷いなあ…ツクヨミさん……言わないでくれって釘を刺したのに…」
サクヤ「ま、まさか……お前……」
イロハ「………」
イロハは、少し俯いたまま黙り込んだ。…その表情は……どこか悲しそうだった。
イロハ「…ごめんなさい。」
サクヤ「え…?」
イロハ「私は…こんな温かい場所で生きたことがなくて…今のこの生活が本当に幸せだったんです。しかし…いつのまにこんな我儘を考えるようになってしまったのでしょう…なんとも烏滸がましい話…」
サクヤ「……」
イロハ「そして私はその欲望に負け……嘘まで吐いて……」
サクヤ「……」
イロハ「私は…こんな狡いヤツなんです。どこまでも強欲な…醜い人間です。」
サクヤ「……ダメなのか?」
イロハ「…え?」
サクヤ「他の人を好きになるってのは……いけないことなのか?」
イロハ「………」
サクヤ「俺は人間のことはよくわからない…が、他のやつが気に入ったり気に入らなかったり…そういうのはしょうがないことなんじゃないのかって思うぞ…だから…別に……」
イロハ「ありがとうございます。」
サクヤ「……え?」
イロハ「サクヤさんは…本当に優しい方ですね。」
サクヤ「……」
イロハ「…貴方ならきっと……貴方の想う大切な人を幸せにできますよ。」
サクヤ「お、おい…」
イロハ「今夜はまた一段と冷えるらしいです…風邪をひかないように気をつけてくださいね。それでは……おやすみなさい。」
サクヤ「………」
イロハ「…“この事”は…どうか忘れてください。」
(バタン……)
サクヤ「…イロハ…」
意味深な言葉を残し、イロハは自室に戻ってしまった…そして間も無く俺も、自室に戻り、ベッドに入った。
…『この事』っていうのは…一体どこまでのことなのだろう…イロハが自分を好いていたって事までか…?イロハが自分に嘘をついていたって事までか…?
…それとも……
サクヤ「………」
思案を巡らせているうちに、いつのまにか俺は眠ってしまっていた。
ツクヨミ「………ちゃん…」
ツクヨミ「ボっちゃん!!!!」
サクヤ「……?」
この声は……ツクヨミ?