第1話『透ける身体は、新たな色を求めるか?』
全8+1話構成になってます。
幸せな気分になりたい方は8話まで。
後悔したければ最終話までご覧下さい。
***「…お目覚めですか、ボっちゃん。」
***「…別に目覚めなくてもよかったのに…」
***「何を仰いますか!さあ、今日もボっちゃんの快適な1日をサポートさせていただきますよ!」
***「ツクヨミ、昨日も言ったろ。俺は何も欲していないし何もしたくない…それは今日も変わらない。」
ツクヨミ「《そんな筈はない》んです!ボっちゃんが必要としているものは必ず何処かに御座います!私ツクヨミが、主の仰ることなら出来る限りなんでも叶えて差し上げます!」
***「ん?…いや、なんでもない。」
ツクヨミ「何か御座いませんか?どこか楽しい場所にでも行きますか!人がたくさんいるような!」
***「…どうせ人がいる場所へ行っても、俺が《独り》であることに変わりはない…虚しくなるだけだ。」
***「誰一人、《俺》という存在を認知しないんだからな。」
ツクヨミ「ボっちゃん…」
***「俺は…誰からも気づかれない。」
…俺の名は「サクヤ」。まあ、これが本当の名前なのかは、正直なところ俺にもわからない。この《化け物》と出会った時に名前が思い出せなくて、咄嗟に浮かんだのがこの名前だ。…名前だけじゃない。俺は自分の過去の事を基本的に何も覚えていない。きっと、どうでも良すぎて忘れてしまったのだろう…そして、俺には1つ、他の人間との決定的な相違点がある…
_____俺は、人の目に見えない『透明人間』だ。
そして俺は、毎日こうやって、この《化け物》と市街地を練り歩く退屈な日々を過ごしている。
…ああ、この《化け物》の紹介もまだだったか。こいつは自らを「ツクヨミ」と名乗っている。身長は目測で3m以上ある大男で、頭まで覆える黒いローブを常に纏っているせいで、顔は影に隠れてよく見えない。たまにその影の中から不気味な眼を光らせているのは見るが…そしてこいつも、周りの人間には見えていないらしい。
…こいつはどうやら、俺の《執事》という身分らしく、俺に危害を加える様子はない。もっとも、俺は執事を雇った覚えなどないのだが…それで、こいつは俺を「ボっちゃん」と呼び、俺のやりたい事を叶えようと執拗に絡んでくる訳だ。
……市街地を抜け、ずっと歩き続けているうちに、そよ風の吹く小高い丘へたどり着いた。
ツクヨミ「……」
(…何だこいつ…急に考え込んで…)
ツクヨミ「ボっちゃん、実は私最近、読心術を会得いたしましてね…」
サクヤ「またいつもの冗談か?…で、それがどうしたってんだ。」
ツクヨミ「ボっちゃんがしたい事…なんとなくわかった気がします。」
サクヤ「ほう、言ってみろ。」
ツクヨミ「まだボっちゃんも経験していない事ですから…あの…緊張感に伴う期待と興奮…あぁ、ボっちゃんもさぞご満悦なさる事でしょう…!」
サクヤ「おい、ツクヨミ…息が荒いぞ、大丈夫か?…それで、なんだよ、その俺がまだ経験していない事ってのは…」
ツクヨミ「早速お相手を用意いたします!!!」
(ズズズズズ……)
ツクヨミは空間に同化するように徐々に消えていった…
サクヤ(なんだったんだあいつ…相変わらず気持ち悪いな……やけに興奮気味だったけど…大丈夫なのか?そんなに俺を楽しませるものなのか…期待してもいいのだろうか…?変なことだったらぶん殴ってやるからな…そもそも、相手って言ったって…俺が目に見える人間がこの世界にいるとは思えないが…)
サクヤ(…それでももし…仮にそいつに俺の事が見えたら…)
サクヤ(俺にとって、ツクヨミ以外の話し相手ができたとしたら…)
サクヤ(空虚で退屈な毎日に、新しい色を添えてくれる人が現れたなら…)
サクヤ(………)
「if」…に続く言葉として最もふさわしい物を考えつく事ができず、俺はいつもと同じようにただぼおっと空を眺めていた。…それでも、その時の空はいつもとは違う気がした…若干の高揚感からか、灰色に見えていた空が、昨日よりも少しだけ鮮やかに見えた…
サクヤ(…変な気分だ。)
正体不明の感情を胸に抱きつつ、気がつけば俺はまた夢の世界へと誘われていた…
(……)
(…………)
(…何だ?…人影?…ツクヨミか?)
***「……」
サクヤ「…!?!?」
サクヤ「うわあああああああっ!?!?」
***「!…うわっ、ご、ごめんなさい!!」
サクヤ「な、なんなんだお前!?いつから俺の前に…」
***「ご、ごめんなさい…なかなか起きられないので…」
サクヤ「全く…こっちは気持ちよく寝ていたって…のに……あれ?」
***「……?」
サクヤ「お、お前…まさか…」
サクヤ「俺のことが…見えるのか!?」
***「え?あ、、、はい…そうみたいですね…あ、申し遅れました!私は「イロハ」って言います…あ、あの、よろしくお願いします!!」
サクヤ「……」
サクヤ(信じられない…こいつには、本当に俺が見えているのか…!?もしかして…これは夢の延長線で…)
イロハ「あ、あの…サクヤさん?」
サクヤ「あ、いやあの…すまない。今まで俺が見える人間にあった事がなかったから…って、なんでお前、俺の名前を…?」
イロハ「それは…あの方から聞いたんですけど…」
サクヤ「あの方って…」
ツクヨミ「……シクシク...」
サクヤ「ツクヨミ!…って、なんでお前泣いてんだ...?」
ツクヨミ「私は遂にボっちゃんがお求めになっているものを探し出す事ができました…!ボっちゃんが目の光を取り戻した事…私はそれに感激しているのでございます…!」
サクヤ「…随分と大袈裟な言い方だな…」
ツクヨミ「…さて。ここから私が手出しをする必要はなさそうですね。…邪魔者は去ります。」
サクヤ「お、おい!どこ行くんだよ!?」
ツクヨミ「さぁ!ボっちゃん!その小娘はたった今からあなたの物です!!お気に召すままやっちゃって下さい!!」
サクヤ「はぁ!?ちょっと待……」
(ズズズズズ……)
サクヤ「ま、まじかよ…起床早々お守りを任されるとは…」
イロハ「え…ええっと……」
サクヤ「あ、あぁ…すまんな…変なことに付き合わせちまって…」
イロハ「い、いえいえ…」
サクヤ「……」
イロハ「……」
サクヤ「どうする!?…この状況!!」