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DK

DK 2

作者: うさぎ屋

初出:twitter(2018-11-25)

かなり改稿しています。

 ハイウェイは封鎖されている。いつも通りに。


 この封鎖に意味はあるのだろうか、とDKは考える。

 運行マトリックスに縛られた自動運転車(ビークル)は、そもそも封鎖区域には来られない。ルートを自由に選べる飛行機械なら、おもちゃのような軽量偵察機(バーディー)であっても、封鎖など眼下の景色の一部に過ぎないはずだ。

 二本の足で動き回る彼にとっても、錆びた鎖や立て看板は意味を持たなかった。隙間を縫って歩いたり、乗り越えたりくぐったりといった動作が必要になるから、移動効率は落ちる。だが、それだけだ。

 DKにとって、ハイウェイは快適な歩行を約束してくれる区画だ。手入れが滞っているとはいえ、ほかに比べれば路面は平坦だし、自分が進んでいる方角が正しいのかどうかを随時検証する必要もない。


 DKが目指しているのは、スクランブルと呼ばれる場所だ。

 スクランブルは、いつもごった返している。ここは無秩序で、ネットワークも頻繁に混線した。どうしてそうなるかは、誰にもわからない。誰もまともに研究していないか、あるいは研究者がその結果を隠蔽しているからか、そもそも混戦するように調整されているからか。

 必要とされている混沌。それが、スクランブルだ。

 人にとっては、懐古的な場所でもあるらしい。ゆるく明滅する照明、薬物の煙、ゆったりしたテンポの音楽。薄暗い店の軒先に、行くあてもなさそうな街娼――専用に製作されたドロイドだろうと思うが、ひょっとすると、人かもしれない。その可能性がゼロではない場所だ。

 視線を感じたのか、街娼は、値踏みするようにDKを見た。だが、まじわった視線は、すぐにほどけた。

 今のDKがドロイドに見えるかどうかは疑問の余地があるが、金がなさそうに見えるのは、確実だ。


 小さな立ち飲み屋に、DKは足を踏み入れた。


「久しぶりだな」


 店主は顔も上げずに挨拶をした。モニターで彼を確認したのだろう。

 客が三人も入ればいっぱいになってしまう店だが、今はDKが唯一の客だ。実のところ、自分以外の客が入っているのを見たことがない。


「三十日」

「あまり、きっちりしない方がいいんじゃないか。次の行動が読めると、狩人はやりやすい」

「狩られているなら、そうかもしれない」

「自覚がないのか、DK」


 狩られている自覚なら、特にない。

 無言でも、彼が考えていることが伝わったのだろう――このへんが、人の人らしいところだとDKは考える――店主は顔を上げ、ようやくDKの顔を正面から見た。


「おまえ、ネットワークなしで活動してるだろう」

「今はアクセスしている」


 スクランブルには、独自のネットワーク・ソケットがある。無秩序には無秩序なりの規則と情報、というわけだ。

 今、DKはアウトランドにいるときよりも思考速度が上がり、知識量は爆発的に増えている。ネットワークが彼の思考を拡大する上に、アクセスし得る限りの情報が、すべて彼の知識となるからだ。


「ネットワークとの接続がなくても、ある程度柔軟な自立思考を長期間維持できている――ドロイドってのは、そういう風に働くようには設計されていないんだ」

「詳しいな」

「ドロイドは、人を模して作られている。動作や思考もすべて、人という存在を機械で再現しようとする試み、それが実現したものがドロイドだ」

「それで?」

「人っていう生体は、意外によくできてる。それを機械で再現しようとすると、凄まじいリソースを食うくらいにはな。だからこそ、ドロイドはネットワークを離れられない。優秀なドロイドであるほど、複雑な思考と動作のために、ネットワークを必要とする」


 店主は、まるで開発者であるかのように語る。

 もしかして、とDKは思う。彼は、スクランブルに流れ着く前には、技術者だったのではないか? 設計や開発の仕事をしていたのではないか。

 可能性の問題。状況が示す薄弱な根拠。それを追求するための目的意識の不在。優先順位が低いこんな問題にすら思考を割くことができるのも、たしかに、ネットワークのおかげではあった。


「私は家政補助用に開発された、量産型工業製品マニュファクチャード・プロダクツに過ぎない」


 店主は肩をすくめた。


「本来の役目は執事みたいなものなんだろう。なんで家を出ようと思ったんだ。家こそが至高なんじゃないのか、おまえにとっては」


 アウトランドでは、DKはマスターのいない家を管理している。そういうものを家と定義してかまわないのか、彼は少し悩んだ――今の彼は、そういった複雑な悩みを抱ける環境にいるからだ。

 アウトランドにいれば、すべては単純だ。彼は建物を修理し、掃除して、あたりの様子を観察する。そして、休む。

 ため息をついて、店主は話をつづけた。


「おまえは研究者の興味を惹く。より正確には、嗅覚鋭い投資家という名の怪しい輩に嗅ぎつけられるし、手に入れる価値があると思われる」


 店主がエネルギー・カプセルをカウンターに並べた。先んじてDKが並べていたものは、アウトランドに残存する廃墟から拾って来た、なんとなく金になりそうなもの、だ。


「もう少し、欲しい」

「これが相応の量だし、俺がごまかしてると思うなら他所へ行きな」


 取引先を変更したいとまでは思わなかったので、DKは店を出ることもなく、食い下がりもしなかった。

 DKが並べたスクラップを手にとると、店主はつぶやいた。


「おまえは、明確な指示もないのに、金になりそうなものを選んで拾って来る」

「曖昧な選択は、私の機能に組み込まれている」


 店主は怪しむような顔をしたが、それは事実だ。

 曖昧さを含んだ対応ができないと、人と暮らすのは困難だ。適当にやっておいて、という指示でフリーズしてしまっては、家政など運営できない。

 なにか美味しいものを用意しておいて、という指示をこなすより、スクラップを見比べて価値がありそうなものを推定する方が、ずっと単純なのだ。

 しかし、店主がこんな話をするということは、彼に目をつけている者がいるのだろう。探りを入れられて、ちょっと情報を流すかどうかしたか――そういう話なのだ、これは。

 推論し、仮説を走らせて、DKは結論を選択した。


「私を捕獲する必要はないだろう。このまま観察した方が、長期的に信頼できるデータを取得できる」

「アウトランドで長生きできると思うのか?」

「私は生きているわけではない。活動しているだけだ」


 ふと、DKは運び屋の言葉を思いだした。


 ――生きているのだから、死ぬこともできるさ。


 生きていなければ、死ぬこともできないのだろうか。もちろん、そうだろう。


 彼は、リトルを思いだした。

 皮肉なことに、アウトランドにいるあいだ、彼はリトルを思いだすことがない。リトルは今も、アウトランドにいるのに。


 アウトランドに逃亡して程なく、リトルは活動を停止した。

 故障ではない。休眠に入ったのだ。主人をなくしたコンパニオンとして、当然の反応だ。


 かつての主人の個人情報は、本体内のストレージから丁寧に消去され、二度とよみがえることはない。ネットワーク側のバックアップは、次のコンパニオンが引き継ぐだろう。リトルには、もうアクセスすることはできない。DKの記憶も含めて。


 リトルにとって、DKは元の主人の個人情報の一部だ。彼の存在や痕跡も、すべて消去するのが当然だった。

 すべてを忘れたリトルが、最後に彼に視線を投げたときのことを覚えている。

 彼女はDKをドロイドと認識した。主人に適合する者はその場におらず、契約コードもない、とリトルは判断した。それくらいのことは、ネットワークなしでも可能だった。

 コンパニオンは、人の話し相手であり、ドロイドを主人にすることはない。

 彼はリトルの休眠を予測していたし、理解していた。それもまた、ネットワークの支えなしでも可能なことだった。

 動作音が途絶えても、彼は長いあいだリトルを眺めていたように記憶している。おやすみ、と彼は挨拶を口にしたはずだ。ドロイド同士が適宜挨拶をすることは、工場出荷時のデフォルト設定に含まれている――人と見紛うようなデザインの機種は、そういう作りになっているからだ。


 ――おやすみ(グッド・ナイト)


 答える声は、なかった。

 リトルが次に目覚めるのは、新たな主人を得るときだ。


 眠ったまま起きて来ない、と彼は認識した――アウトランドでは、彼はものごとをそういう風に考えた。リトルは彼がマネージメントする家の住人だった。人か機械かなど、判断しなかった。そんな必要がなかったからだ。

 アウトランドでは、なにもかもが単純なのだ。ほんとうに。


「DK、俺は人間だし、愚かだ。だから、おまえに少しばかり情が湧いている」


 彼が見返すと、店主は笑顔を見せた。さっきよりも、ずいぶん苦い笑顔だ――表情の認識は、DKの得意分野だ。ネットワークさえあれば。


「ありがとう」

「実験材料になりたくなければ、習慣を変えた方がいい。エネルギー・カプセルだけなら、廃墟で拾えるんじゃないか。旧世界のマップデータを参考にすれば、それなりの確率で手に入るかもしれん」

「なるほど」

「……で、できるだけサイズを抑えたデータを作っておいた。おまえ、外部メモリ使えるか? チップの型番も、合わせたつもりだが」


 店主が指先に載せているシール状のものを、DKはスキャンした。


「適応タイプだ」

「じゃ、持って行っていい。その代わり」


 といって、店主はエネルギー・カプセルを半分ほど引っ込めた。それくらいの価値があるものなのだろうか、とDKは受け取ったチップを眺めて考えた。あるかもしれない。もし地図が不要になったら、あるいは役立たないようだったら、他のデータを入れることもできる。このチップ自体が、今のDKにとっては貴重品だ。


「わかった」


 地図が示す場所に行ったら、結局、狩人が待ち構えていた――という可能性もありそうだな、とDKは考えた。

 人間は、そういうことをする。

 今のDKは、そこまで考えられる。スクランブルを離れたら、そんな複雑なことは考えられない。彼はただ太陽の運行を見守り、家の手入れをし、そして――。

 店を出る彼の背中に、店主が声をかけた。


「じゃあな、DK」


 街路は、相変わらず混み合っている。どこからこんなに人が来るのだろう。

 自分たちが望んで作りあげた秩序に疲れ、人はスクランブルを訪れる。ちょっとしたイレギュラー、人生のスパイス。安全に堕落するための、ここは穢れた楽園なのだ。

 DKはハイウェイへ向かう。ネットワーク・ソケットから自分を引き剥がし、単純なアウトランドに帰るために。

 そう、帰るのだ。

 だったらもう、あの場所は自分の家だ。

 生きているかどうかはともかく、彼はそこで暮らしている。眠ったままとはいえ、家族もいる。


 アウトランドの古い地図が、彼の意識の片隅で淡い燐光をはなっている。いずれ探索に出かけねばならないだろう。

 だが今は、彼は帰るために歩いていた。

お読みくださり、ありがとうございます。

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