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あれはダメ!

「メグちゃんお待たせー」


 朝九時。友人との待ち合わせ場所である駅前広場に行くと、彼女は既に到着していてベンチに座っていた。手を振りながら駆けていくと、陽花に気づいて手を振り返してくれる。トレードマークの金髪ポニーテールがきらきらと太陽の光を反射しながら揺れていた。


「おはよ、陽花」

「ごめん、待った?」

「ううん全然ー。じゃ、行こっか」

「うん」


 立ち上がって歩き始める彼女は、メグちゃんこと田中恵(たなか めぐむ)。色を抜いた金髪と若干きつそうに見える派手目のメイクはギャルと言い表すより他ないが、その中身は正義感が強く初心な純粋乙女である。おまけにすっぴん美人である彼女とは、中学時代に知り合った。美形の幼なじみを持つ者の通過儀礼、過激な女性陣に囲まれ集団で罵られるという少女漫画的状況から陽花を救い出してくれたのがきっかけで仲良くなったのだ。

 あのときの恵にはときめいた。「外野が余計な口出すな!」と言い放って陽花を女の壁から連れ出してくれた時には、あまりのかっこよさにこれが恋の始まりかとも思ったほどだ。その後いろいろあって友達となり、今では一番の親友として仲良くしている。


 手で日差しを遮りながら隣の恵を見ると、相変わらず抜群のスタイルだ。臍出しのトップスとショートパンツ、すらりとした生足に踵の高いサンダルが見事に似合っている。今日も我が親友は美人さんだ。


「それ、お腹冷えないの?」

「そんなには冷えないよ。エアコンきつい店とか行くとちょっと肌寒いけど」

「あたしも一回お腹出すの着てみたいんだけどねー……」

「過保護な茜くんが許さないと思うよ」

「うん。買ってみようとしたらダメって言われた」


 茜と二人で買い物に行って服を買うと、基本的に露出度の高すぎるものは却下される。この前も襟刳りの深いセクシー路線のミニワンピを買おうとしたら試着後即却下された。これなら似合うと思ったのだが。

 そんな陽花の本日の格好は、胸元と裾にレースがあしらわれたノースリーブのワンピースだ。白の上にふわりとした青の生地が重ねられていて、光の加減で幾何学模様が透けるようになっている。暑いので髪は高い位置で横に括った。……が、それでも今日は暑すぎる。アスファルトが熱を溜めて、じりじりと体を焼いているようだ。

 首筋に纏わりつく髪を後ろに流すと、髪留めがしゃらんと音を立てた。


「さてメグちゃん、今日のお目当ては確か」

「そう、水着です! 軍資金は大丈夫?」

「うん、ばっちり。この間ちょっとバイト……っていうかお手伝いしたから、いけるよ!」

「お手伝い?」

「茜のお父さんとお母さんが集めてきた資料の整理。SNSで写真とかメモとか送られてくるから、順番通り並べて読みやすくデータ化して返すの」

「そっか、ご両親考古学者だっけ?」

「そうそう」

「かっこいいなぁ、しかもあの茜くんのご両親なんだからやばいくらいの美形でしょ?」

「美形だよ~。微笑み一つで女五人はKOできる」

「それ人間か?」


 軽口と分かっていてもどきりとしてしまった。違うよ、なんて口が裂けても言えない。

 ……だが、もしかするとあの美しさも吸血鬼由来だったりするのだろうか。茜が帰ってきたら訊いてみよう。


 他愛ない話をしながら歩いていくと、目的地であるショッピングモールが見えてきた。夏休みに入ったとあって、同年代と思しき人々で賑わっている。

 中に入れば冷房で適度な温度になった空気が肌を撫でた。肌が冷やされていく心地よさに心が弾んでうんと伸びをすると、恵が残念な子を見るような目で陽花を見た。


「……ほんと、茜くんが過保護になる訳だよ」

「ん? どうしたのメグちゃん」

「あのね陽花。男っていう生き物は、みんながみんな茜くんみたいに我慢強くも健気でも重くもないんだからね?」

「……? うん」

「絶対分かってないでしょ……。あんまり無防備だと危ないんだから。そのうち茜くん胃痛めるよ」

「それは駄目だね」

「だったらもう少し周囲の視線ってものを気にすること。わかった?」

「はぁい」


 いまいちよくわかっていないが、茜の胃を守るためである。陽花は伸びの姿勢をやめて腕を下ろした。

 

 陽花たちがいるショッピングモールは様々な専門店が一堂に会するタイプのもので、特に服飾に関しては良い型落ち品が流れてくるために地元の女子高生御用達となっている。この季節需要が増える水着は、選びやすいように販売している各店舗ではなくまとめてイベントフロアに並べられていた。

 列をなすハンガーラックの間に入ると、色とりどりの水着が所狭しと掛かっている。陽花にとっては数年ぶりの水着購入なのでとりあえずざっと全体に目を通してみて、あまりの種類の多さに驚いた。いつもならここで茜が「これは?」と陽花の好みと似合う傾向を鑑みた絶妙なチョイスをしてくれるところだが、今日はそうはいかない。ほんの少しの不安とそれに倍するワクワクした気持ちが入り混じって、陽花は口元を綻ばせた。

 以前一緒に買い物をしたときに茜が言っていたが、陽花ははっきりした色のものを着る方がいいらしい。というのもパステルカラーだと髪色の重さに負けてしまい、色合いが目立たず地味に見えてしまうからだ。かつてなるほどと思ったその教え通り、なるべく鮮やかな発色のものを探す。

 オレンジや黄色、紫に黒に緑とある中じっくりと眺めていくと、ある一着が目に留まった。手に取って全体を見て━━一目惚れする。

 使われている色は、コバルトブルーと白。青と白という組み合わせはちょうど今着ているワンピースと同じだ。ビキニの上は青地が白で縁取られていて、真ん中には花の形をした金色のチャームが揺れている。下は腰のあたりに白でフリルが施されており、可愛さと大人っぽさの両立が実に陽花好みだった。ビキニは着たことがないが、これなら着てみたい。


「ねえメグちゃん、これどう?」

「お、かわいい。大人可愛いってかんじだね」

「一回試着してみようかな」

「あたしも行く。着替え終わったら見せっこね」

「りょーかいです」


 簡易的な試着室は奥に用意されていたので、恵と隣同士で入って着替え始める。壊れないよう髪留めを外して、ワンピースを裾から捲り上げた時のことだ。

 カーテンを動したような音が、背後から微かに聞こえた気がした。


「……?」


 勢いのまま首からワンピースを抜いて、後ろを振り向く。カーテンはちゃんと閉まっていて、金具も留められていた。どこかにぶつかったような感覚はなかったのだが、脱いだ拍子にワンピースが触れてしまったのだろうか。

 なんとなく不安になったのでカーテンを向いたまま着替えを済ませ、鏡を見てみるとやっぱり好みだ。色気が不足気味の陽花に適度な大人のセクシーさを与え、同時にほんのりとした甘さをも足してくれている。これなら陽花のご意見番も文句なしだろう。バランス的に胸も盛る必要はなさそうだ。

 でももう少しボリュームを出してみたくて肋辺りに若干ついているいらないお肉を上に上に集めてみたりしていると、隣とを隔てる壁がノックされた。


「陽花、終わったー?」

「終わったよー」


 カーテンを開けて隣を見ると、赤寄りのピンク色をしたビキニをばっちり着こなす恵がいた。彼女の金髪によく映える、快活そうな色合いだ。


「やっぱりメグちゃんは赤系が似合うね。かわいい」

「陽花もそれすごいいい! ……ちょっと育った?」

「そうかな? この辺のお肉も寄せたんだけど」

「ほぼ無いに等しいでしょうがそんなお肉」

「それがあるんだよ残念なことに」


 盛りながら、この水着を着て泳ぐまではちょっとお菓子を控えようと秘かに決意していた陽花である。

 ……ただし、茜が毎回帰省のお土産に買ってきてくれるおいしいスイーツは除く。




 二人して試着した水着を買った後は、そのままショッピングモールをぶらつく。途中雑貨屋や服屋に寄っているうちに何やかんやと買ったものは増えて、お昼頃になると陽花の手からはいくつもの袋が下がっていた。


「いっぱい買っちゃったねー」

「いい時間だし、そろそろお昼にしない?」

「うん。どこで食べる? やっぱりフードコート?」

「フードコートもいいけど、最近ここの近所にできたパスタの専門店が安くておいしいらしいからそこ行ってみない? 千円でパスタとドリンクとデザートだって」

「行くー。どこにあるか分かる?」

「ちょっと待って、今マップ開くから」


 恵は鞄からスマホを取り出すと、店名を入力して検索をかけた。これこれ、と見せてくれた液晶にはヨーロッパの古民家風の外観をした店が写っていた。続く写真には数々のおいしそうなメニューが写っていて、さっきまではあまり気にならなかった空腹が急に陽花を襲ってくる。それは恵も同じだったようで、アプリを道案内モードに切り替えると二人はいそいそとショッピングモールを出た。

 目的の店はどうやら駅の方面らしく、来た道を真っ直ぐ戻っていく。半ばほどまで戻ったところで、アプリが左折を指示した。行きには気づかなかったが、細い路地がある。ここを抜けるようだ。


「ここだよね?」

「うん、多分。抜けて信号渡ったところにあるみたい」

「あんまり並んでないといいね」

「まあ平日だし空いてる方だとは思うよ。会社勤めの人達のランチにはまだ早いし」

「何食べようかな」


 パスタはカルボナーラが好きだが、いかんせん暑いのでそれだと少々重い。新規開拓の店ということもあって、何にしようか着く前から悩んでしまう。……悩んだら空腹がひどくなってきた。

 お腹空いたねと話しながら二人並んでギリギリ通れる幅の路地を歩いていると、前から陽花達と同じように歩いてくる男性の二人組が見えた。公共のルールに則って右側一列になってすれ違おうとする━━が、近づいてくる彼らは全く避ける素振りを見せない。

 どういうつもりだと眉根を寄せて彼らの顔を見た、瞬間。


 陽花の全身を舐め回すように視線を注ぐ、そのくすんだ赤の瞳を見た、刹那。


 陽花は反射的に恵の手首を掴んで勢い良く踵を返した。


「ちょっ、陽花⁉」

「走って! あれはダメ!」


 違う。あれは茜や紅とは根本的に違う。危ない。怖い。逃げろ。本能がそう叫んでいる。

 だが、時は既に遅く。目の前に現れた他の男に行き先を阻まれ立ち止まった一瞬の隙に、背後から骨ばった指が無遠慮に陽花の首筋に伸びた。背筋がぞわりと総毛立つ。……喰われるのか、今から、あたしは。

 ━━せめて、何も知らない親友だけでも。


「……っメグちゃん逃げて!」


 掴んでいた手首を離して恵を放り投げた途端、背後の男に半ば持ち上げられるようにして抱え込まれ、首筋にひんやりとしたものが押し当てられた。チクッと鋭い痛みが走ったと思うと、次第に意識が朦朧としていく。茜と共に眠るときのあの暖かな睡魔とはまるで違う、思考回路がまとめて泥沼に引きずり込まれるような感覚だった。


 ━━嫌だ。

 茜に、まだ、ごめんなさいを言っていないのに。


 拒絶もむなしく、陽花の意識は白に落ちた。

不穏、です。

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