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短編小説集

消えたコーヒーカップ

作者:はじめ一号
 日常――それは繰り返すこと。
 日常――それは当たり前を作ること。
 日常――そこには、サスペンス映画に勝るとも劣らないサスペンスが潜んでいる。


 いつもと変わらぬ夜、外出から戻り、ふと食器用の水切りカゴを見れば愛用のコーヒーカップが無い。
 コーヒーカップとはいうものの、茶にしろジュースにしろ何を飲むにもそれを使っていた。毎日ほとんど四六時中そのコーヒーカップを使用していた。使用しないのは外出中くらいのものだった。外出するときはたいてい台所の水切りカゴに置いていた。外出から戻ると食器棚には仕舞わずに水切りカゴから取ってまたすぐ使った。

 それがいったいいつどうして消えたのか。

 最後に使ったのは今朝、外出前に洗って水切りカゴに置いた、はずだった。が記憶がはっきりしない。毎日の習慣になっていたから無意識だったのかもしれない。
 水切りカゴに置いたのではないとすれば、まず考えつくのは何かの拍子に誤ってゴミ箱へ放り込んだか。それは容易に確認できる。今日はゴミの日ではなかったのでゴミ袋は今朝のまま台所に置いてある。中身を出して確認するが、コーヒーカップは無い。
 念のため玄関から部屋の中の導線のありとあらゆる場所を探すが見つからない。

 まさか、泥棒?

 エントランスやオートロックなど無い古いアパートのこと、可能性は無くはない。だとしたらいったいどうやって。
 鍵は閉めていた。外出から戻ったとき確かに鍵を開けて入ったのだからそれは確かだ。
 ピッキング? その可能性は低い。ここの鍵はピッキングされにくいタイプのものだと不動産屋に聞いたし一応自分で鍵の種類を調べもしたのだ。もちろん可能性としてはゼロではないが。
 いや待て。それ以前にコーヒーカップだけを盗る泥棒がいるものだろうか。
 念のため通帳、ハンコ、その他貴重品を確認する。変わったところはない。泥棒ではないのか。
 だとしたら、まさかとは思うが、あのコーヒーカップはただのコーヒーカップではなかった。私の愛用・・のコーヒーカップだったのだ。

 もしや、ストーカー?

 私の愛用するコーヒーカップ欲しさに何らかの工作をして部屋に侵入を果たしたのか。
 待て、冷静になろう。何らかの工作っていったい何だ。ストーカーはあのコーヒーカップをいつ私の愛用だと知ったのか。
 まずどうやって愛用だと知ったのかだが、私はずぼらな質なのでカーテンはめったに開けない。閉め切ったまま触ってすらいない。外から覗かれる線はない。
 例えば何らかの工作で部屋に侵入したとして、ストーカーは台所の水切りカゴに入っていたコーヒーカップを見て、水切りカゴに入っているということはつい最近使ったのだと考えた。加えて水切りカゴの中には他のコップ類が見当たらなかったからつまりそれは私の愛用のコーヒーカップだろうと考えた、としよう。
 では何らかの工作とは? 合鍵? 外出時は鍵は常に携帯しているし家にいるときはもちろん中から施錠してチェーンも掛けている。こっそり合鍵を作るタイミングなど無いはずだ。
 私はずぼらなのでこの部屋の鍵は不動産屋から預かったオリジナルの鍵一本のみでスペアを作ることはしなかった。悪徳合鍵屋の線も無いだろう。
 窓もめったに開けない。カーテンを触っていないのだからもちろん窓にも触れていない。鍵は通常のクレセント錠とサッシ部分のスライド式の補助錠の二つ。どちらもしっかり閉められている。ここからの侵入も無いだろう。
 ならばどうやって? 私の思いもよらない方法なのか。考えれば考えるほど背筋に冷たいものが走った。

 縁もゆかりもない者がはたしてそう易々と他人の部屋に入り込めるものだろうか。

 まさか、知り合いの犯行?

 あれこれと思考を巡らすうちに私はもよおした。
 用を足すべくトイレのドアを開けて私は戦慄した。トイレのタンクの上方に付けた突っ張り式の棚の上に、コーヒーカップがちょこんと乗っかっていたからだ。

 私は思い出した。今朝のことを。
 コーヒーカップを洗おうと流しに立った拍子にもよおしたずぼらな私は、コーヒーカップを流しに置くのも面倒でそのままトイレに入ったのだ。そしてとりあえず、と突っ張り式の棚の上にコーヒーカップを置き、さっぱり用を足してコーヒーカップのこともさっぱり忘れたのだ。

 げに恐ろしきは己のずぼらをするという当たり前の性分と、いいかげんな己の記憶力。そして想像力。
 謎が解ければとたんに本気で侵入者などの可能性を考えていた自分が恥ずかしくなる。特に、「あのコーヒーカップはただのコーヒーカップではなかった。私の愛用・・のコーヒーカップだったのだ」のあたりなど。

 自らの行いにリアルすぎる戦慄と恐怖と危機感を覚えた私は、手に馴染むコーヒーカップの感触を愛でながら、パソコンを開き、検索窓に「脳トレ」と入力した。










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