09
「!」
俺の後ろを何かがついてきたように思えたのだ。
目をこすって見てみるが、そこには何もいないようだった。
ただ、暗く、何かが居てもわからないだけかもしれなかった。
正面のオートドアの前に立つが、開かない。
「ありゃ、ホテル閉まっちゃったかな?」
酔っ払っているせいか、考えたことを声に出してしまう。
やはり何かがいるように思える。立ち止まって見回すが、何もいない。
俺は脇の夜間用のインターフォンを見つけ、フロントの人と会話し、横にあった入口からホテルに入ることが出来た。
フロントで鍵を受け取ると、ホテルの廊下を進む。
薄暗いなかをゆっくりと歩くと、エレベータを呼び出した。
やってきたエレベータに乗ったとき、気配の正体に気付いた。
「すみれちゃん……」
「おじさん」
「すみれちゃん、こんなところ付いて来ちゃダメだよ」
「しっ……」
そう言って、すみれちゃんは口の前に人差し指を立てる。
「お願いだから…… 朝までおじさんのところに」
俺は昼間の事を思い出していた。頬を叩かれ、赤くしていた。
誰にも助けを求められないでいるに違いない。
どのみちこのままこの子を外に出すわけにもいかない。
朝になったら、小学校に送り届けるか、スナックに電話してみればいい。
酔っているせいか、俺はそんなことを考えた。
「わかった。朝になったらちゃんと小学校に行くんだよ。約束ね」
「うん」
と言って、すみれはうなずいた。
誰にも見られないように、と俺は回りに注意しながら、そっとすみれを部屋に入れた。
押し入れから布団を取り出し、すみれの為に用意すると、そこに寝かせた。
俺は寝顔を見てから、自分の布団へ戻って眠りについた。
その晩俺は寝ていると、奇妙な声が聞こえてきた。
『おにいさん』
『あやめさん?』
『原発に近づいてはダメ。原発は再稼働させないと困るひとがいるの。あなたが近づけば再稼働が遠のく』
あやめは、何故かそう言いながら服を脱いでいく。
白い肌が見え、胸の膨らみが露わになる。
『あやめさん?』
『抱いて』
ああ、これはいつもの願望を夢に見てしまう奴だ、と思い返事を言わずに俺は飛びかかっていた。思春期から見ている安定のパターンだ。
俺はあやめの、美しくつやのある唇に、自分の唇を重ねる。
触ったり、触れたことのない柔らかな感覚が、手や足や股間に感じられる。
強い快楽であるがゆえ、ああ、これは夢だ、と俺は確証した。
夢ならば、もっと求めてしまえ。
『すみれ、すみれもこっちへ来なさい』
あやめの次に、俺はすみれを抱っこしていた。
『おじさん』
すみれをおもちゃのように扱っている。
『気持ちいいよ…… すごく気持ちいい』
俺は耐えきれずに事を終えてしまった。
『お、おじさん……』
すみれはそう言って甘えるように体をあずけてくる。
夢だ。夢。これは夢……
夢の相手なら、いくらなんでも捕まらない。それにこの県では条例がないかも知れないから大丈夫だ。
俺は酔っているせいか、そんなことを考えていた。
いや、ここだって条例があるはずだ、調べもせずに捕まらないなんて考えは危険だ。あやめさんにしたのは良いにしても、すみれにした事はまずかった。ものすごい不安感に押しつぶされそうになりながら、そのまま俺は意識がなくなった。
『おじさん』
呼びかけられるとともに、目の細い、色の黒い子が、匂いで俺を探している。
『おじさん、さよなら』
その黒い顔が俺の顔にすり寄ってくる。少し開いた口から見える鋭い歯…… も、もぐら?
齧られる、という恐怖が頭を過ぎる。
布団をはねのけ、俺は飛び起きた。枕元のスマフォを見ると、アラームをセットした前の時間だった。
上体を起こすと、浴衣に着替えず、昨日の服のまま寝ていることに気がついた。
そして、慌てて股間を確認した。
夢精しているのでは、と思ったからだ。
酔っていたせいか、昨日の夢はあまりに気持ちが良かった。
下着にも何もそれらしい形跡もない。
「あっ」
俺は慌てて起きて、隣の部屋を見た。
布団がしいてある。
「……」
すみれを泊めてしまった。そうだ。
しかし何か様子がおかしい。ふとんの膨らみがないのだ。
俺は布団のはしから、ゆっくり持ち上げて、すみれがいるかを確認する。
いない……
起きたのか? 俺より早く? だとして、一体どこへ行った?
「まずい」
俺は部屋の中を探した。
押入れ、タンス、トイレ、浴室、そのどこにもいない。
ホテルを出られてしまったらもう探しようがない。
俺は服を整えてから、フロントまで行って、小さな女の子を見かけなかったか、と言いかけて止めた。
この県で未成年者と関係をしたら捕まるだろうか……
慌ててスマフォで条例があるかないかを確かめる。
俺はたとえしていなくても、他人の子を無断で部屋に泊めたのなら何かしら嫌疑がかけられてしまう。そう思った。俺はフロントから引き返した。
部屋に戻ると、昨日の約束通り朝食が運ばれていた。
「ありがとう」
と言うと仲居さんは会釈をして部屋を出ていった。
俺は食事をとりながら、すみれの事をどうするか考えた。あやめがすみれに虐待をしているのだとしたら、すみれのことをあやめに言うのはまずい。かと言って騒ぎになるのもまずい。昨日のタクシーの運転手がすみれが乗るところを見ていたとしたら、すぐに俺に嫌疑がかけられる。
とにかく誰にも何も言わないでおくしか無い。
それとも、ふとんをしいたのは俺の幻覚か何かのせいで、本当は誰もいなかったのか。それが一番都合のいい内容だった。何も残っていないのだとしたら、そう思い込んで忘れてしまうべきだ。
食事を終えると、俺は出かける支度をした。