08
「じゃあ、それでお願いします」
「かしこまりました」
ホテルの従業員はチラチラと回りを見ながら、俺の部屋の鍵を用意した。
俺が鍵を受け取った時には、ロビーの小田さんは居なくなっていたし、奥から反原発団体の声もしなかった。
部屋に戻ると、ブログのネタを考えた。
今日の行動をそのままブログに載せるか、ストックしてあったネタにするか、さっきみたネットニュースから記事にするかだ。ふと、今日のことを思い返してあの団体のせいでこっちの行動が制限されるのに腹が立ってきた。
「くそっ」
キーボードで箇条書きに話しを出すのを止め、仰向けになって横になった。
夕食の後ですみれの母のスナックに行って飲むか、と思った。
ぼんやりと思い出すだけでもいい女だ。
うん、気晴らしだ。名前を聞き出すためとか、もしかしていいコトがあるかも、とかは考えてもいない。
もちろんアレばウエルカムだが……
早い時間に行けば、またすみれにも会えるかもしれないし。
俺は少し気分が持ち直して来て、原発の写真をチョイスして、今日の原発を見たこととを少し脚色を加えてブログにアップした。パソコンを片付けしている時に夕飯が運ばれてきた。
俺は、仲居さんにそのスナックのことを知っているか聞いてみた。
「あんまり原発方面にはいくことないからなぁ。あっちに行くひとぁ、電力会社の人か、これもんのひとか、そんな感じだからなぁ。何があったのかしらないけど、あんましかかわらない方がいいとおもうがぁ」
「そ、そうですか」
「いや、知り合いになったんだったら、楽しいと思いますけどね。何もなしに行くんだったらいかねぇ方がいいんじゃなかって」
仲居さんは笑った。
こっちももう行く気満々でこの話をしているので、少々ディスられても気持ちは変わらなかった。
「ではごゆっくり。あ、もし行くんならタクシー呼んどきましょうか。食事終わりぐらいにホテル付くようにしときますから」
「ああ…… そうですね。お願いします」
用意された食事を食べ終えると、片付けに来た仲居さんにタクシーが来ていることを聞き、俺はスナックへ向かった。
昼間通った道を走っているはずだったが、曲がりくねった細い道で、北に向かったのか、西に向かったのかよくわからなくなっていた。
店の看板が薄暗く照らされていて、スナック和子、と書いてあるのを確認して、ようやく目的地についたことを確認した。
「何時くらいにお迎えに来ましょ」
俺はスマフォを見て、
「二時間ぐらいかな?」
と伝え、行きの分のお金を払った。
あまりに暗く、静かだったため果たして店がやっているのか不安だった。
タクシーは狭い道を切り返している。視線をタクシーに送るが、気付くわけもなく去ってしまった。
これで店が閉まっていたら二時間待ちぼうけだ。
俺は思い切って扉を引いた。
「……いらっしゃい。来ると思ってた」
カウンターの奥から、すみれの母はやわらかい笑顔で迎えてくれた。
回りを見ると、他には客も居なかった。
その時点で俺はいい気分になって、酒を頼んだ。
途中ですみれもやってきて、お酌をしてくれたりした。
「小学生にお酌してもらうなんてな。考えてもいなかったよ」
「親戚の家に来たみたい?」
「そんな感じかな」
俺はそんな経験は無かったが、とにかく酔っ払っていた。
嫌なことを忘れたかった。
すみれは、ほんの一瞬店に顔を出しただけで、奥に戻ってしまった。
宿題をやって、寝なければいけないのだ、と言っていた。
俺はすみれの母の作るつまみと、出される酒ですぐにすみれのことを忘れた。
「で、ママの名前は? まだ聞けてないけど」
「……ああ、まだそんなこと覚えてた? せっかく二人っきりだからさ、当ててみなさいな」
「ええ? わからないよ。ヒントはないの」
俺はグラスを突き出しながらそう訪ねた。
「あの子の名前を覚えてる?」
「おぼえて、ん、よ。すみれ、っちゃんだろ、す・み・れ」
「そうよ。それがヒント」
頬杖をついて、流し目でみられるとゾクッとする。
俺は思いつくまま花の名前を上げた。
「ひまわり、チューリップ、さくら、たんぽぽ、きく、うめ……」
「ちょっと、名前でチューリップってどうなのよ。きく、とか、うめもばあちゃんじゃないんだし」
「バラとか、パンジーとか」
笑いを取るどころか、呆れられた。
「本気で言ってるの?」
「……いや、本当に花ってよくしらなくて」
「あやめ。森道あやめ、ほら、お兄さんかなり酔ってるみたいだし、そろそろタクシーが迎えにくるころよ」
俺はスマフォを見た。確かに二時間経ってしまっている。
外から車のエンジン音が聞こえる。
「あやめさんか。あやめさん」
「はい」
言った後、あやめはフッと笑う。
「お勘定」
「はいはい」
「最後にすみれちゃんに会えないの?」
「小学生はもう寝ました。閉店です。はい、お釣り」
扉が開いて、タクシーの運転手が入ってくる。
「お客さん、もう帰るかね」
「あ! ああ、帰る帰る。お金も払ったし。小学生は閉店らしいし」
「まだしばらく泊まっていかれるんでしょ? またいらしてくださいね」
店を出ると、運転手は肩を貸してくれた。運転手に後部座席に乗せてもらった。
「寒いよ。ドアしめて……」
「お客さん、足ちゃんと入れて」
俺は変だ、と思いながらも体を座席の奥へずらした。
バタン、と扉が閉まった。
「?」
俺は足元に影のようなものを感じた。
「出発しますよ」
「ああ、やってくれ」
そとであやめさんが手を振ってくれていた。
俺は子どものように後部の窓を向き、手を振り続けた。
「きれいな人だな。こんなところにもったいない」
「……そうですね」
そんなやりとりの後、俺は酔っ払っていたせいか、軽く寝てしまった。
ホテルに着くと、フロントやロビーの灯りがかなり暗くなっていた。
俺は運賃を支払うと、車を下りた。