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もぐら人  作者: ゆずさくら
7/25

07

 船の運航会社の前にはまだ反原発団体の連中が溜まっていた。

 シャトルバスの乗り場には誰もない。

 俺は乗り場につくと、どこかで待機していたかのようにマイクロバスが走ってきた。

 俺が部屋番号と名前を言って乗り込んだとたん、バスの入り口に影ができた。

 大男がやってきたのだった。

 同じホテルの宿泊者だし、さっき見かけていたので乗り込んでくるは不思議ではないのだが、まるで俺をつけているかのような気がしていい気分はしなかった。

 大男とは目を合わせないように窓際に移る。

 大男が部屋番号と名前を告げた。

「303号、小田です」

 グッと背もたれが動いたと思うと、大男は俺の横に立っていた。

「隣よろしいですか?」

「……」

 座った途端、座席の合皮が張り、こっちは天井に届くかという勢いで腰が浮いた。

「あの、ちょっといいですか」

 俺はずっと窓の外を見ていたが、そう呼びかけられ、ようやく小田の方を向いた。

「……なんでしょう?」

「あなたは、反原発団体の方ではないんですか?」

「ちがいます」

「そうですか、ずいぶんとハッキリ言い切りますね。原発の再稼働に賛成というわけですか」

 何が言いたいのだろう。大男はじっとこちらを見ているわけではなかった。

「再稼働は、微妙ですね。今日、原発の近くまで行ったんですが、かなり近くまで民家が立っています。安全性が証明できない段階で、再稼働するのはどうなんですかね」

本来、俺は再稼働に賛成だった、しかし、こう再稼働を急ぐ人間に対すると、反対したくなるのだ。

 大男は言った。

「停止する前は、安全性、なんて一言も話題にでなかったのに、安全性に問題がって言うんですか? あなた、周辺に住んでいるわけでもないんでしょう?」

「まあ、そうですが。住んでいる人の立場からすれば、ですよ」

 今日会った『すみれ』のことを思い出していた。

「それはどうかな。地元の人だって、元に戻ってほしい、って思っているはずですよ」

 たしかに、すみれの母はそんな感じだった。

 稼働しないと周囲に住んでいる人は仕事が減ってしまうようだった。

「けど……」

「何か、あなたはジャーナリストのような感じがするんですが、お仕事を訊いてもいいですか?」

「いえ、そう言った仕事はしていません。俺はジャーナリストとかじゃないです」

 俺は職業については黙っておくことに決めた。ジャーナリスト…… 実際の自分のしごとより格好いい響きだ。本当は会社の営業サポートが仕事で、趣味でブログをやっていますとは言えなかった。

 その時、急に外が騒がしくなった。

 大男の隙間からマイクロバスの外を見ると、どうやら、反原発団体の連中のようだった。

「あっ、あの男」

「朝も文句言ってきたんだ、あの男」

「さっきも睨んでた」

「同じホテルの、大男」

 様々な言葉が耳に入ってくる。

 横を見ると、小田と名乗っていた大男は、まっすぐ正面を向いて、まるで聞こえないかのように黙っていた。

 マイクロバスに次々に乗り込んでくる。

 こっちを睨みつけてくる者、小さい声でブツブツと文句を言いながら通り過ぎていく者。

 さまざまな反応があったが、反原発団体の誰もが、俺と大男を仲間のように見ていた。

 マズイな、と俺は思った。

 反原発団体の写真を撮りたかったのだ。敵対するとなると、近寄って撮ることは出来ないだろう。

 この状態で大男とは仲間じゃありません、と言えば、今度はこの大男から何かされるだろう。

 小田という大男がどこかに行ったところを見計らって、団体の連中へ説明しなければならない。

「全員乗ったかな?」

 運転手がそう言うと、原発団体が勝手に「全員いる」と答えた。

 車は走り出し、港を見ながら坂を上ると、ホテル正面のロータリーに車を止めた。

 マイクロバスの扉が開くと、また反原発団体が先に下りていくが、こちらをジロジロとみて、ブツブツと文句を言っていく。大男は動じない。俺は視線を避けながらも内心ムカついている。

 ガツン、と大きな音を立てて団体の一人が転ぶ。

「おい、どうした」

「てめぇ、足出しやがったな」

「なんだ、どうした」

 俺が見るからに小田は一ミリたりとも動いていない。

 反原発団体の方がわざと足を引っ掛けてきたのだ。

「気に入らないことがあるなら言葉で言えよ。体が大きいからっていばってんじゃないぞ」

「……」

 反原発の全員が全員悪いヤツだとは思わないが、さっきの港で船会社と争ってきたせいで、集団で気が立っているような雰囲気だった。

「ほら、表へでろ」

 大男の胸ぐらを掴んだ。

「ま、待ってください。見ていた状況からすれば、あなたが勝手に小田さんの足に引っかかったように見えましたが」

「なんだって、こっちがウソ付いているみたいな言い方だな」

「正直に言えばそういうことです、暴れたいからわざところんだみたいに思えます」

「お前が代わりになるってのか、大男の影に隠れてないで、お前がこっちに出てこい」

 確かに通路側に小田が座っていて、俺は窓際。

 コバンザメのように大型魚の腹の下についているような感じだった。

「わかりました。すみません、小田さんちょっとどいてください」

「……」

 小田は立ち上がると同時にマイクロバスの外にでた。

 俺もついていくかのようにマイクロバスを下りた。

 運転手がホテル側に連絡したのか、ホテルのフロントから三人程走ってやってきた。

「あのすみません、他の客様もいらっしゃいますので」

「ホテルは関係ない。この男と俺の問題だ」

「わかります、私どもでお話させてください」

 直接本人同士を話させないように、一人一人を分離する。

 大騒ぎをしている団体の男を捕まえてホテルの奥へ、大男はロビーの椅子へ、俺はフロントの前へ、それぞれ連れて行かれた。

「本当に申し訳ありません。ドライバーから報告受けまして」

「あの団体が突っかかってきてるんですから、こっちに全く非はありませんよ」

「いやぁ…… そうですか。あの、もし不都合がありましたら、お部屋を替えますが、どういたしますか」

「部屋替えるって言ったって」

「当ホテルには別館がございまして、そちらはあまりお客様を入れておりませんので」

「……」

 俺はホテルの奥から聞こえてくる原発団体の声、ロビーで大人しく話している大男の様子を見た。

「あ、大丈夫ですよ。あちらの団体様に別館をご案内することはございませんから」

 あっちの大男が来てもあまり気持ちが良いものではない。だが、あの男もこっちにいたら反原発団体にいちゃもんを付けられるだろう。朝なんか大男の方からトラブルをもらいに行っているわけだし。

「別館というのは朝食は向こうで食べれますか? いや、いいです。朝食を部屋で食べれるようにしていただければ大丈夫なんですが」

 俺はそもそも団体の顔を見なければ、トラブルにならない、そう考えた。

「バイキング形式、というわけにはいきませんが、それでよろしければ朝食をお持ちします」

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