06
「……どんなひとですか?」
「偉そうに『許可なく写真とるんじゃない』みたいなこと言ってませんでした?」
あの老人だろうか、と俺は思った。
「ああ、なんかそんな感じのことを言ってました」
「あの人ならわかるかもね。下手すればお家一軒づつの原発とのかかわりを喋れるかもね」
こっちはうなずくしかなかった。
すみれの母はにっこりと笑って
「つまらない話しちゃった」
と言った。
サラダとピラフを食べ終えると、俺はごちそうさま、と言い立ち上がった。
メニューにはないから、たぶん言い値、と言っても大した金額ではないが、代金を支払った。
「おじさんもう帰るの?」
すみれが袖を引いた。
俺もこれが心残りだ。しかし、もうこっちに見る所はない。
「どうされるんですか?」
別に決め手はいなかったが、そろそろここからは離れたかった。
「東側の港の方でお土産でも見ようかと」
口から出まかせだった。
「こっち側は観光らしいところはなにもないからね」
すみれちゃんがふと、右側の顔を見せた。
「!」
「すみれ、何したの? おにいさん驚いているじゃない」
カウンターから出てくるすみれの母。
おそらく右ほおを見せるなと母親から言われていたに違いない。だから俺の右側に座ってずっと左側だけを見せていた。
「おかあさん、なんでもないですよ」
「そ、そうですか?」
「ごちそうさまでした。失礼します」
「本当に、名前が知りたければ、今晩遊びに来てくださいね!」
日本酒のコマーシャルに出れるほど魅力的な笑顔だった。色気もたっぷりあった。
そんな風に、すこし後ろ髪引かれるところもあったが、俺は慌てて店を出た。
店を出ると、スーツの男がタバコを吸っていた。
かなりお腹が出ていて、貫禄のある感じの『おじさん』だった。
こっちの顔をちらっと見て、すみれが入って行ったスナックの勝手口の方へ消えていった。
俺は行き方が分からなかった為、『車の道』へ出て、その通りにそって、小学校の前のバス停まで戻った。
港行きのバスが来ると、それに乗って考えた。
スナックを出る間際、すみれの右頬を見てしまった。
赤く腫れあがっていた。おそらく大人の手で叩かれたのだろう。
あんなに跡がいつまで残るほど強く叩くとは…… 初めはすみれの母かと思ったが、もしかするとあのスーツの男が中にいたのかもしれない。すみれの母と良いところだったのに、すみれが俺を連れてきたせいで、思い切りあの男に叩かれたとか。
男のスーツにバッチがあったかまでは見なかった。ヤクザか議員か、そういう類の人間なんだろう。スナックのママと昼間からしっぽりといい雰囲気なところに子供が帰ってきたら、ましてや余計な仕事も持ってきたとしたら。
俺はそういう立場にはならないだろうが、なったら子供を殴りはしないにしろ、しかるかもしれない。
「ああ……」
つい声が出てしまい、前に座っているおばあさんに振り向かれた。
「なんでもないです」
おばあさんは黙って前に向き直った。
港の観光センターと言われる建物の前がバスの終点だった。
たしか、ホテルの人に聞いたのもここだった。
新しく出来たばかりのビルで、お土産や、特産品、港で取れたばかりの海産物など、観光客が喜びそうなものが沢山置いてあった。配送の窓口も整然と並んでおり、買ったらすぐ冷凍宅配出来るようになっている。
「へぇ」
お土産や特産品を一通り見て回ったら、展望所から港の様子を見た。
華やかな観光船や端の方にはタンカーまで見渡せる。
港の景色に飽きた頃、ビルの下の方から大きな声で怒鳴る声が聞こえる。しかも、一人二人じゃない。
俺は興味がある半分、巻き込まれたら嫌だと思ってエレベータで降りた。
ビル出ると、その叫び声の出処が分かった。
集団を前に、制服をきた人間が頭を下げて対応している。
「今日、今日だせるって」
「金はどうなるんだ」
「乗せろよ、船を出せ」
集団の後ろに回って、制服の人たちの方を見る。
どうやら、観光船の乗り場前のようだ。この辺りを観光する船のコースや、値段、時刻表が張ってある。
「私どもの手違いでございまして、もうしわけありません」
帽子を脱いで、深々と頭を下げる。
「一般のお客さまのご迷惑になりますので、もう少しこちら寄っていただけますか」
「俺たちはいっぱんのお客様じゃないっていうのか」
「ご迷惑ってか」
集団は三十人ぐらいはいるだろうか、ゼッケンのようなものを付けていて、そこに『再稼働反対』、『原発廃止』など、いろんな内容が書かれていた。
少し横に回って、顔を見ると、何人かホテルで見かけた人物を見つけた。
原発再稼働反対の運動は、どうやら船にのって海上から抗議する予定だったようだ。だとしたら、もう一度原発に行って、原発と船がとれるような位置を探さなければ、と俺は思った。
「明後日、明後日までには船を用意しますので」
「だから、今日はどうするんだ。明後日まで残れっていうのか。ホテル代とかどうするつもりだ」
「その点に関しましては、今弊社内で……」
運行会社の人が当然口を閉じた。
呆然とするその視線の先を追うと、集団の後ろ、というか、俺の後ろにあの大男が立っていた。
大男は全員の視線を浴びて、その大きさに睨み返されるたせいか、皆静かになってしまった。
「?」
「何か?」
集団の先頭に立っていた男が、後ろに回って大男にそういった。
「我々の行動に問題でも?」
「……別に」
大男はぼそっとそう言うと、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んで土産物屋の方へ歩いて行ってしまった。
リーダーらしきその男はハチマキをしており、俺を睨みつけた。
何か言われるか、と思って身構えたが、リーダーらしき男はそれきり何もせずまた運行会社の人の前に戻った。
「それで、ホテル代とかそう言った費用はどうしてくれるのかな」
「……」
すると、また集団に喧噪が戻ってきた。
リーダーが俺を見たせいか、集団の何人かが、一定間隔ごとにこっちをチラチラと確認するようになった。変に覚えられたらやっかいだ、と思い、それとなく反原発団体から離れた。
俺は疲れたのでカフェに入って、少し休みながら、ホテルへの帰り方をしらべた。どうやらこの港の観光センターまでホテルのシャトルバスが動いているらしい。
外の案内版を見て、大体の位置を把握する。
カフェの無料Wi-Fiを利用して、ネットで今日のニュースをチェックする。
自分の行動からブログのネタにするものがなかった場合、こういうニュースにコメントするような記事を書くこともあるからだ。しばらくチェックをした後、カフェを出てシャトルバスの乗り場に向かった。