05
「あ、いいよ、俺、コンビニまで行くから」
「すみれちゃんの家、お店なの」
黒い子がそう言った。
「お店?」
少女が言った。
「そうそう、お酒とか出すお店なの」
俺はまた子どもたちに袖を引っ張られた。
車の道ではなく、村の道と言っている農道のようなところを歩いていくと、何軒か家が集まっていた。入っていくと、確かにスナック『和子』と書かれた看板があった。
「あそこ」
他にも店があるのかと思ったが、店はなく後は普通の民家だった。
スナックの横に止まっている車は、黒塗りの外国製高級車で、家の大きさや古さに比較して、りっぱすぎるのが気になった。
「誰か来ているのかな?」
「うん……」
「お客さん?」
「うん……」
分かっているような、分かっていないような返事をする。
「ちょっと待ってて」
少女は急いでスナックの裏に回る。
家の角から、ちら、っと顔を出し、もう一度念を押す。
「待っててね」
何かよっぽど厳しく母親から言われているのだろう、と俺は思った。
黒い子と一緒に落ちていたボールを投げあって遊んでいた。
しばらくすると、少女は戻ってきた。
「すみれちゃん、ボールであそんでたの。混ざる?」
「用意できるって……」
すみれは横目でこっちを見ながら言った。
「すみれちゃん、どうしたの?」
確かに、少女は家の角からこっちに戻ってこようとしない。
スナックの扉が開いて、髪の長い女性が出てきた。
大きめの緩い服に、薄いダウンジャケットを引っかけている。
「どうぞお入りください…… 簡単なものしかできませんけど」
うつむいていた女性はそう言ってからゆっくり顔を上げる。
「ああ…… すみれが、おじさんって言ってたから…… ごめんなさい。寒いでしょう。中に入っていください」
急に明るい表情を浮かべ、垂らしていた長い髪を後ろでしばった。
「あんたも入りなさい」
黒い子は体をちぢ込めるようにして、後ろについて店に入った。
場末のスナック…… ドラマで見るぐらいで、入ったことはなかったが、まさにそんな感じだった。
四人席が一つ、二つにカウンターが四つ、五つ。薄暗い明かりと、赤、黒を基調にした内装。
カウンターに入ると、女性は小さなテレビの電源を入れる。
「なんにしましょう」
俺はメニューらしいものを探してキョロキョロしていると、女性が付け加えた。
「そうか、えっと作れるメニューを言った方がいいわね。ピラフとかラーメンならすぐ出来るわね。あっ、カレーも出せますよ、レトルトだけど、業務用のだから味は保証するわ」
すみれの母であるその女性は、自分が人生で出会った中で一番美人だった。テレビや動画ではこういう美人を目にしたことがあるが、電車や駅や、街中で見たりする中で、というところだ。すみれちゃんが美人で小学生なのに色気があるのも、この母から受け継いだのだ、と考えると納得してしまう。
「じゃあ、ピラフをもらえますか」
「はい、じゃあよういしますね」
店の奥から、すみれが入ってくる。
まだ、横を向いたままだった。
「お礼が遅れてしまいましたけど、すみれが助けてもらったそうで…… ほら、すみれ?」
少女はうつむいて黙っている。
「いいんですよ、お礼に道案内してもらいましたから」
「すみれ…… いいかげんにしなさいよ」
少女に手を上げそうな勢いだった。俺は止めようと思った。
「和子さん、そんなに怒らないでください」
「カズコ? ああ、スナックの名前?」
女性はすみれをしかるのを止め、カウンターへ戻ってきた。
「あれは店の名前で私の名前じゃないんですよ。常連さんでも、そうだと思っている人も多いですけど」
「そうなんですか。じゃあ、お名前はなんておっしゃるんですか」
「……えっとね、どうしようかな。じゃ、今晩、お店に来たら教えてあげます」
いや、口説くとか、そういうつもりじゃなかったんだが。
少女がもごもごと口を動かした。
「すみれも言っちゃだめだよ」
最後に、俺の横にちょこんと座っている黒い子を指さして、口止めした。
「あんたも」
黒い子は黙ってうなずいた。
「あんたたちは給食食べたんだろ?」
すみれちゃんも店側に出てきて、俺の逆側に座った。
「おにいさんモテるね。両手に花だね」
その言葉にすこし違和感があったが、深く考えずに微笑み返した。
エビやらの素材をフライパンで炒めてから、冷蔵庫から出した冷たいご飯を加えた。
そんな風に、すみれのママが作っている間、俺はテレビを見ていた。
ちょうど、ここの原発の再稼働の特集をやっていた。
この原発は数年前、国中の原発を停止する事態が発生する前にも、なんどか臨界事故を起こしており、二つあるうちの一号炉は停止処分になっていたようだ。一度目の臨界事故は隠蔽されており、公表されていないがかなりの放射性物質がばらまかれた、と番組が伝えている。
「これ、ご存知でした?」
さらにピラフをもり、冷蔵庫から小さいサラダを出してきて、ドレッシングをかけた。
俺の前に皿とスプーン、フォークを並べ、サラダを置いた。
「いただきます」
俺は出されたピラフを口に入れた。
いい意味の喫茶店レベルの味だった。
「知らなかったけど、ああ、あれか、っていうのはありますよ。漁師が毎晩飲みに来てましたから。普通あんな金の使い方指ないからね。きっと、放射性物質が流れ出ていて、漁にも出れなかったんでしょう。金もバラまいたんだと思いますよ」
「へぇ。ニュースにはならなかったのに」
「これだけ近いと、原発の警報音は聞こえますからね」
「再稼働するのはどうです?」
「どっちでもいいわ」
と言った後、すみれの母は、黒い子の方を見て、
「この子にとっては死活問題なんでしょうけど」
「?」
左隣で黒い子は頬を膨らませていた。
「どうしたの?」
「お客さん、私うまく説明できないし、知らない方がいいわ」
「お父さんお母さんのお仕事が原子力発電所だから、とか?」
その子の様子を見るが、うなずいたのか、首を振ったのか分からない。
「あ、そうだ、原発の近くに行ったんだったらへんなおじいさんいなかったかしら?」