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もぐら人  作者: ゆずさくら
4/25

04

 原発の建物が完全に見えるほど近くにくると、黒い子が指さした。

 さした先には綺麗な一軒家が立っていた。

「お家」

 こんなに近くに家を立ててもいいのだろうか。

 家には表札があったが、文字が入っていなかった。

「綺麗なお家だね」

 黒い子の目がよくわからなかったが、口元が微笑んでいるのが分かった。

「そうなの、新しいからだよ。あたしん家はね、古いから小さくて汚いの」

 少女が少し寂しそうにそういう。

「そうなんだ」

 返事をしながら、俺は正面に見える原発をじっくりと眺めた。こんな海に近くて、低いところでは、津波がきたら停止してしまうのは間違いない。再稼働を反対するのも無理ないな、と思った。

「原発、気になるの?」

「えっ、そうだね。君のお家にあまりに近すぎるしね」

「この子の家は、原発の人が立ててくれたのよ。お母さん言ってた」

 少女は威張ったように言った。おそらく、補助金とかがでる、ということなのだろう。

「そうだ。君たち、原発のさ、裏に回れないかな?」

「裏って?」

「ここを写真に撮りたいんだ。原発のあっち側から」

 と言って、俺は原発の中の方を指さす。

 少女はすぐに言った。

「原発の中には入れないよ」

「そうか……」

 黒い子が俺の袖を引く。

「あそこ」

 指さす方向を見ると、海を挟んで向こう側の岬があった。

「おじさん、こういうの持ってないの?」

 手をひろげて言った。

 俺は望遠レンズのことか、と思った。

「望遠レンズのこと?」

「望遠鏡のことでしょ」

 少女がまた物知りぶってそういった。

「まあ、同じようなもんんだけど。持ってないんだ、さすがにあそこまで周り込めないし」

「もっと近づけるよ」

 少女が言って、黒い子とは違う方の袖を引っ張った。

 黒い子も一緒になって袖を引くので、二人に引きずられるような形で、原発の方へ進んだ。

「おっきいでしょ」

 入り口の端には検問のように警備の詰め所があり、周りは高い壁が覆っている。

 高い壁の上には螺旋を描いた有刺鉄線と、一定間隔で監視カメラが突き出ていた。

 俺は周囲を回りながら、原発の写真を撮った。

 発電を停止しているはずなのに、原発からはものすごい量の蒸気が出ていて、漠然とした不安を与える。

 原発の壁の周りをまわり、写真を撮っていると、突然少女が言った。

「おじさん、私も写真撮って?」

「ああ、いいよ」

 俺は少女の写真を撮った。

「いっしょにとろう」

 黒い子、少女、俺の二人のペアを作って、互いで写真を撮りあった。

 どの写真も背景は原発か、冬の海だった。

 写真を撮った後、子供たちは急に興味を失ったように二人でじゃんけんをして、勝った分だけの歩数をあるく遊びを始めた。俺は子供たちを放ってどこから取れば再稼働反対派と原発が撮れるか、位置を探していた。

「こら」

 背後から声をかけられた。

「なんの写真を撮るんだ。許可はあるのか?」

 あからさまにいちゃもんつけに来ている、と俺は思って、無視をしていた。

「聞こえんのか」

 何かに押されたような格好で、俺は倒れてしまった。

「何するんです」

 俺は、何かが触れた感覚があった訳でもないのに、後ろから声をかけてきた者の仕業として、そう言った。

「何もしとらんが」

「……」

 振り向くと、その者が俺を転ばすには距離がありすぎた。

 しかもその人物は白髪の老人で、杖をついている。

「勝手に写真を撮ると、陸電から人が来るで」

「陸電?」

「ここらの電力会社のことじゃ」

 老人の顔には黒いしみがあちこちあり、皺なのか目なのかわからないほど目元は複雑だった。

 老人は杖で黒い子供をさした。

「もぐら人の子。お前さん、知っててこんなところにおるのか」

 二人は遊びをやめて、老人を睨みつけた。

「おじいちゃん、嫌い」

「お友達なのよ」

「あんた!」

 老人は今度は俺を杖でさした。

「都会の人じゃろ。恰好でわかる。悪いことはいわん。原発には関わらん方がええ」

「おじさんは原発の写真撮りに来たんだもん」

 いや違うが……

「あと、この子らにもな」

「……」

 老人はその皺だらけで細い腕からは想像ができないような、強い力で俺の腕を引いた。

「もぐらの子とあいじんの子だ。ここは部落なんだよ」

 俺にしか聞こえない声でそう言った。

 子供たちはずっと睨みつけている。

「お前が知りたければ見せてやる。明日の午前中にここへ来い」

「じじいあっちいけ!」

 少女が走ってきて俺の腕を引っ張っている老人の腕を叩いた。

 黒い子もしばらく震えたように立っていたが、走って近づくと、同じように老人の腕を叩いた。

「痛い痛い! くそがきどもが」

 老人はそう言って、子供たちの言う『車の道』の方へ逃げて行った。

 俺は老人の言った事が気になっていた。

 ありえないくらい原発に近いこの家は、あの老人の言ったことと関係しているのではないか、と。

 しかし、満足げは子どもたちの顔を見て、俺はこう言った。

「助けてくれてありがとう」

「あのおじいちゃん変なのよ」

 俺は老人が去っていった方向を見つめた。

「……」

 明日、ここに来い、か。

「……お腹すいた」

「?」

 少女が首をかしげる。

「どうしたの?」

「おじさん今なんて言ったの?」

「あっ…… お腹すいたって」

「まだご飯食べてないの? ならおじさんすみれのお家来なよ、ご飯食べれるよ」

 俺は手を振って遠慮した。

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