03
断じてロリコンではない、はずなのにだ。
瞳が大きくて二重。白い肌に、黒く長い髪。そこはかとなく、色気まである。
その女の子が、ちらっと俺を見た。
「……」
俺は女の子を助けることが出来るだろうか。
いや、助けないで去る、ことが出来るだろうか。
「こら。いじめはダメだ」
「……」
「おじさんなんな?」
「誰のパパな?」
「もぐらなんかきもいんじゃ」
俺は思い切り拳を握って振り上げた。
叩くことは出来ない。しかし、叩く気持ちで振り上げる。
「なんのまねな?」
「こたえな? 誰のパパね?」
「……糞ガキ。いじめなんかしていると、ホントに殴るぞ」
振り下ろすフリをして、拳を頭上で止める。
「やってみろや」
「やれんやろ」
イラッとして、その五センチ、十センチのところから、ゆっくり、ちょん、と拳を下ろす。
「痛い、叩きよった」
「変質者や、変質者に注意や」
「もぐらのなかまや」
回りを取り囲んでいた数人の子供らが走って去ってしまった。
俺は、しゃがんでいる美少女に手をふれていいのか悩んだ。
だが、決断して、ちょっと近づいた。
少女はすくっと立ち上がると、俺の顔を見上げた。
「ありがとう」
その子の目には涙が溜まっていた。
不謹慎だが、それを可愛い、美しい、と思ってしまう。
「もう大丈夫だよ」
女の子がそう言うと、路肩の雪を固めただけところから、黒い影が飛び出してきた。
「えっ?」
影は、女の子と同じぐらいの身長で、髪は短かった。
肌が黒く、まぶたは腫れぼったかった。細く開いた目は、見えているのかどうか分からないほど細かった。
何故見えているかどうか分からない、と思ったのかは、すぐわかった。
鼻を頼りに前に進んでいるようにみえるのだ。人の形はしているが、口先を右に左に動かし、進む方向を決めている。そんな感じだった。
だから『もぐら』って言ってたんだ。
「こんな雪の中に入れられたの?」
「……」
「大丈夫?」
俺の問いかけに黒い子は何も答えない。俺の位置がわかったようで、少女の後ろに隠れるように移動する。
「大丈夫です。この子自分であそこに隠れたの」
『もぐら』に代わって、少女がそう答えた。
「この子もいじめられたのかな?」
二人はうなずいた。
この子達はそれぞれの意味で異質なのだ。だから集団と対立して、いじめられる。
極端に綺麗だったり、汚かったりするのは、特に見つけやすい違いだ。
「おじさん、これからどうするの?」
「えっ、ちょっとこの先の建物に用があるんだけどね」
「原発?」
「えっ、なんでわかったの? すごいね」
少女は自慢げに胸を張って、人差し指を立てて説明を始めた。
「この先に『建物』は原発しかないのよ。後はお家しかない。小学校に来るんだったら、後ろだからここへは来ないでしょ?」
「へぇ。そうなんだ」
「この子、原発の近くだから、一緒に行きましょう」
ランドセルに振り回されそうな感じで振り返ると、黒い子の背中を押した。
黒い子は、鼻と口をもぐもぐさせながら、俺に近づいてきた。
「案内できるよ」
「ああ、けど……」
俺は原発反対派の写真を撮るため、原発の中かそれに近い側まで行かなければならない。この子らの家が、原発のすぐ近くにあるわけがない。そんな近くに家があって、事故や放射能漏れがあったらどうするんだ。
「わるいから、遠慮しておくよ。おじさん、お仕事だし」
「そお……」
少女の顔は寂しげだった。
「さようなら」
手を振ると、俺は原発の方へ向き直った。
その子達をおいていく勢いで、道を急いだ。
美少女の写真を撮っておけば良かったとか、名前を聞いておけば、とか後悔した。
曲がりくねった道を、道なりに進んでいると、右わきの角から声が聞こえた。
なんだろう、と思ってそっちを見ると、さっきの二人がこっちを見ていた。
「さようなら」
子供たちは走って先回りしたのだろう。俺はそう思ってそのまま道を進んだ。
二三分歩いた後、また子供たちの声がする。
その角か、と思ってみるといない。
後ろをついてきているのか、と思うとそこにもいない。
子供たちを見つけよう、追いつこうとして歩くスピードを上げるが、まったく姿は見えてこない。
道の先に原発の丸い屋根が見えた時、再びことども達と会った。
「どうしたの、君たち走って帰ってるの?」
見ると、女の子が背負っていたランドセルがなくなっている。
「走ってないよ。おじさん。こっちの道は、歩くみちじゃないよ。車で通る道」
「?」
確かに、地図で見た時にずいぶん曲がった道だ、と思ってはいた。
子供たちが通っているだろう右側には道らしきものが何も描かれていなかった。
「私なんか、もうお家帰って、遊びにきているのよ」
黒い子が近寄ってきて、俺のそでを引いた。
「こっち、近道」
「そうよ、こっち近道よ。おじさんもこっちくるといいよ」
「ちょっとまって。君ら、ここら辺でコンビにしらない?」
「コンビニ知ってるよ」
「道を教えて」
少女は「うん」と言って原発と反対方向に走り出す。
「おじさん車運転できる? 出来るんだったら、家の車使っていいよ。出来なかったらママに頼んでみる」
「車? 車でいかなきゃいけないの? そこらへんにはない?」
「うん。コンビニは車使わないといけないよ」
「……」
黒い子は背中を向けて、一人で歩き出した。
「あ、ごめん。そんなに遠いならいいや。帰りに行くよ」
黒い子が立ち止まってまた、俺のところに戻ってきた。
少女は俺がコンビニに行かない、車に乗らない、とわかると、またこっちへ戻ってきた。