24
「位置についた」
「わかった。こっちは、まだ聞こえない」
俺はスマフォを確認する。まだ約束まで一分三十秒はある。
「?」
急に船のスピードが落ちた。
そう思った瞬間、船体が左右にゆすぶられた。
「えっ?」
俺はスマフォを海へ落としてしまった。
まずい、時間が分からない。
「小田さん!」
「なんですか」
「スマフォを落とした。時間が分からない」
「まだ後、四十五秒ある」
「おろすタイミングで言ってください」
しばらく待っていると、小田さんがカウントダウンを始めた。
「十、九、八、七……」
俺は救助艇を下すボタンに手をかける。
「六、五、四、三……」
「あっ!」
俺は思わず声を上げた。
海面から銃弾のように素早く触手が飛び出してきて、おろそうとした救助艇を破壊してしまった。
飛び散る残骸に反応して、俺は腕で顔と頭を守った。
「爆破音が聞こえたぞ!」
「小田さん、こっちは救助艇を壊された」
「壊された? じゃあ、次の……」
俺はそれが意味をなさないと思った。
小田は次の艇を海面におろせと言いたかったのだろう。しかし、海面におとした瞬間、海面下の生物に壊されてしまうだろう。爆発と同時、が唯一救助艇で逃げるチャンスだったのだ。
小田の声が聞こえてくる。
「船長! 船長! 返事してくれ!」
俺は救助艇を一艇、素早く海面へ下げた。
乗って逃げる気はなかったが、考えが正しいのかを知りたかった。
救助艇が海面へ着水するなり、触手が時間差で三発叩き込まれ、破壊された。
「……」
それを見ていると、今度はきしむ金属音が、体を揺り動かすように聞こえてくる。
おそらく船の芯を伝って、船全体に伝わっているのだ。
俺は小田のところへ向かった。
「船長から返事はありましたか?」
小田は首を振る。
「この金属音…… 下からですよね?」
今度は頭を縦に振る。
「下、見に行きますか?」
迷っているようだったが、ゆっくりと縦にふった。
俺が先に立って、船底へとつながる階段を下り始めた。
パイプが折れたのか、排気が漏れるような音がしている。
「酸素がないかもしれない。何か火をつけて、それを持っていきましょう」
俺たちは一度船室まで上がって、ランタンを見つけた。
火をつけて、紐でつりさげた。
俺たちより下で、ランタンが先に空気の有り無しを判別してくれる。
ランタンが消えたら、それ以上下ってはいけない、ということだ。
自分たちが降りていく階に先にランタンを下ろし、問題なければ降りていく、という作業を始めた。
「俺は」
「なんですか、小田さん」
「俺はすみれという女の子を殺したことになっているが」
俺は立ち止まって小田の顔を見た。
「先を急ごう。この話は、歩きながら聞いてくれ」
俺はランタンにつけた紐を手繰りながら、その下の階へゆっくりおろしていく。
「すみれ、は人間じゃない。君ならわかるだろう?」
「……」
俺は敢えて振り返らなかった。
「君が原発村のスナックから帰るところを、俺はみているんだぞ」
ランタンが下についた。
炎は消えない。おそらく大丈夫だ。
急な角度なため、手すりを掴みながら階段を下りていく。
「スナックから帰るタクシーに、肌の黒い、小さな子が乗っていった。結局、最初に目を付けていたとおり、君は俺と同類だった」
小田の言葉に、引っかかるところがあって、階段の途中で俺は立ち止まった。
「最初に目をつけていた、というのはなんだ?」
「ブログさ」
「俺のブログ?」
俺は振り返った。
「君はアクセス解析とかしないのかい? 誰が読みに来ているか、とかそんなことはどうでもよかったのかい?」
小田の言葉に俺は苛ついていた。目をつけていた、というのはどういうことなのか。俺の、ブログ?
「君が反原発団体のことを調べるふうな流れだったから、追跡することにしたのさ」
もしかして俺のブログが消えてしまったのは……
「ブログ、残念だったね。君がいけないんだよ。『もぐら人』の写真なんか載せるから」
「!」
俺はフロアに立って、小田が降りてくるのを待った。
ブログの事を言われ、俺は怒り狂っていた。この男の胸ぐらでも掴んでやろうかと思ったが、体格ではとてもじゃないが敵わない。
何度も何度も頭の中でシミュレーションするが、小田に勝てるイメージはわかない。
ただこいつの前で歯ぎしりするしか無かった。
「……勘違いするなよ。俺が君のアカウントを削除したり消したりしたわけじゃないんだからな」
「ならなんでそんなことを知って……」
「ふふ、俺はすみれを殺したと言ったよな」
小田はニヤリ、と笑った。
こいつは本当の殺人鬼だ、と思うと、至近距離にいることにゾッとした。
「初めから話してやろう」
小田は、器用にハシゴのような階段に腰掛け話し始めた。
俺がこのホテルに着いた次の日、原発村に行ったとき、実は小田も原発村を見に来ていた。
小学校の前で、すみれ達がいじめられていた時だ。俺より前に、そこですみれを見かけたらしい。
「史上最大の発見だ。どの世界を探してもこんな美少女は見つかるまい。この出会いは運命だ、と思った。この娘しかいない、と」
人が来る、と思って身をひそめると、俺が来たのだ。
「のぼせ上がって善人面したただのブロガーが、世紀の美少女に目が眩んで騎士気取りでいじめを止めに入った」
いじめっ子を追い払ったせいか、すみれが俺のことを追いかけるように歩いているのが気に入らなかったらしい。
「俺は急にすみれを好きになりすぎた。そして、君が憎くなりすぎた」
スナックの娘であることを突き止めると、小田は観光港へ戻っていた。