23
「どうしましょう」
「船長!」
「まて。ここにいる限りまだ何か被害があるわけではない。船のコントロールがきかないだけだ。状況を見守るしかない」
「救命艇で」
「さっきのをみたろう?」
「ひっくり返っただけです。死んではいない」
「船を放棄して逃げろというのか?」
「しかし!」
操舵室から声が聞こえなくなった。
「分かった。行きたまえ」
船員達が出て来て、また救命艇を準備を始める。俺は慌てて船員達の前に出る。
「俺たちも載せてください」
「!」
「まだいたのか!早く乗りなさい」
「一人呼んできます」
「君以外にもいるのか?」
「はい」
俺は階下の船室へ走った。小田がいるはずだ。
「小田さん、救命艇が出ます。小田さん?」
船室を開けると、小田が震えていた。
「小田さん救命艇がでます。逃げないとこの船は危ない」
「そうなんですか」
「逃げましょう。救命艇は直ぐにひっくり返されると思いますが、それでもここに残っているより……」
「えっ!」
再び船が傾き、俺と小田は壁に重なるようにして打ちつけられた。
船のなかに、金属が軋むような音が響いている。
「しまった! 遅かったかも」
ドン、ドン、と繰り返し叩きつけるような音も聞こえてくる。傾きが元に戻ると、俺は急いで小田を連れて救命艇を下ろす方へ出た。
「えっ?」
救助艇が見えなかった。
「まさか、俺たちを残して先に出てしまったのか」
手すりにつかまり、身を乗り出して見るが、海上に船は見つからない。
「船長が残っている。船長に救助艇を出してもらおう」
操舵室は上のフロアだ。俺は小田に指示しながら上のフロアにいく。扉を叩く。
「船長! 船長!」
扉には鍵がかかっていなかった。俺は操舵室に入ると、船長を肩を叩いた。
「もうだめだ」
「救助艇を」
「もうダメだ……」
「船長、俺たちの為に救助艇を」
俺は船長を両肩を揺さぶった。
「見なかったのか!今、救助艇は海から伸びた触手が、救助艇を真っ二つに割ったんだ、そしてその下には……」
俺は、想像していた事が現実になったと感じた。もぐら人の洞窟でみた……
「幾重にも鋭い歯が生えた丸い口が待っていた。救助艇に乗っていた連中は全員……」
「……」
「小田さん。行こう。別の手を探そう」
「ああ」
「無駄だ。あんな生き物見た事がない。自衛隊でも呼ばなければ」
「呼んでください!そうですよ、無線機があるんでしょう?」
「自衛隊を呼びましょう。海上保安官庁でもいい」
「メーデーはさっきから出し続けているよ」
操舵室の機械を指さした。
船長は俺たちを見ていった。
「携帯電話を持っていれば見てみればいい」
スマフォを取り出してみると、アンテナ表示に『圏外』と書かれていた。
「小田さんのは?」
やはり圏外。
船長は俺たちの顔をみてうなずいた。
「船底にいる想像を絶する生命体が、通信を邪魔しているとしか思えん」
「……」
俺はブルっと震えた。
恐怖のせいだったか、気温の低下とともに降り出した雪のせいかはわからない。
だが、結果として震え、今の状況に恐怖を感じていた。
「この船底の怪物は船をどこに持っていこうと」
「……それは原発じゃないのか」
小田が指さした『原子力発電所』はもう目と鼻の先にあった。
あの岬…… 何かいる。
毛が生えたように、岬の山の輪郭にそって影が見えた。
「何かいる」
たぶん、もぐら人だ、と俺は思った。
俺を殺すために、この生命体を操っているのかもしれない。
小田が声を出して、俺の服を引っ張る。
「えっ……」
船長が操舵室から出てきた。
「私は船底を確認してくる」
船長は手に大きな箱抱えている。
「船長、それは」
「これか? 爆薬だよ。船底で爆破すれば、大きな生命体だってダメージを受けるだろう」
「ちょっと待って。誰が火をつけるんです?」
船長はニヤリと笑った。
「聞くまでもないだろう」
「自爆するつもりですか?」
船長は俺たちの視線をさけた。
「救助艇のおろし方を説明しておく。船底で爆破音がしたら、素早く艇を出して逃げるんだ。生命体も、どてっぱらで爆発したら、その時ぐらい救助艇を見逃してくれるだろう。来たまえ」
俺たちは船長について行き、救助艇のおろし方を教わった。
爆破音がするまではおろし始めないこと、爆破音がしたら全速力で乗り込んで逃げることを約束した。
「早くやれば艇を破壊される。遅ければ艇に気付いてひっくり返される」
「はい」
俺と小田さんがうなずくと、船長もうなずいた。
小田さんが言う。
「しかし、船長…… あなたは」
「船長というのは、船と運命をともにするものだ」
船長と時計を合わせ、大まかに二分後から爆発させることを確認する。
船長が階段を駆け下りていくのを見て、小田さんがそこで音を確認するため残り、俺が救助艇を下す装置へ向かった。