表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もぐら人  作者: ゆずさくら
22/25

22

 操舵室から何か不安なやり取りが聞こえる。

「舵がききません」

「どういうことだ?」

「舵がきかないんです…… それにエンジンも動いています」

 原発団体の連中が操舵室の扉を叩く。

「どうした、何があった?」

 大騒ぎしている割には、船は順調に航行している。原発団体が目指している方向へ。

 スピードは落ちているが……

 バン、と音をたてて操舵室の扉が開く。

 厳しい面持ちの船員が二人、急ぎ足で階段を降りていく。

 俺は船の回りに何かおかしなことがないのか、手すりに沿って船を一周してみることにした。

 船の後方に、大きな煙突があり、音とともにエンジンの排気が噴き上げている。

 黒くて、たくさんの煙。

 これだけの音と煙を出しているのに、これだけしかスピードが出ていないのはおかしい。

 どんより曇った空からは、雪が少し落ち始めた。

 回りの海は、もう船もいなくなっていた。船の真後ろには岬が見え、その近くに原子力発電所が見えていた。

 ぐるっと一周して戻ってくると、船底の方を見てきた二人が上がってきた。

 操舵室(ブリッジ)の扉が開かれて、中に入った。

 原発団体の連中は扉に耳を付けている。

「エンジンは順調に動いています」

 扉に耳を付けている男がそう言った。おそらく、中から聞こえたことを、伝えているのだ。

「舵はきかない、エンジンは動いている、しかし船は進まない。進まないどころか、バックしている」

「なにかきしむような音がしました。何かに捕まっているのかも」

「捕まっている? この船の大きさを考えてみろ? ゴジラか何かが船にしがみついているとでもいうのか?」

 原発団体のリーダーが、耳をつけて、こちらに伝えている男を一人剥がすようにどかし、自らが耳をつけた。

「そうとしか思えません」

「ゴジラ?」

 原発団体が大きな声を出してしまった。

「クジラのこと?」

 一番若い者がそう言うと、おじさんが、首を振った。

「違う。コジラってのがあるんだよ。……そうだな。原子力発電所とくればゴジラが出てきてもおかしくはないか」

 操舵室(ブリッジ)の外にいた反原発団体の連中が、大声で笑った。

「!」

 突然扉が開き、船長が出てきた。

「君たち。何が可笑しいのかね。船がかなり変な動きをしているんだぞ。ゴジラではないにしろ、何か船底にいるかもしれない」

 原発団体の一部が、後方に見える原発に向かって抗議の声を上げ始めた。

 船長の周囲にいた原発団体の連中は、それがきになるらしく、何も言わずに一人、一人と去っていく。

「船の喫水線をみろ」

 船員が船のヘリから、双眼鏡を持って確認する。

「おかしいです、船が持ち上がっているようです」

「ほらみろ。だから舵がきかんのだ」

 船長は自分の言ったことの不思議さに気がついた。

「喫水線が見えるというのか?」

「はい」

「どれくらい?」

「海面よりかなり持ち上がっているとしか……」

「ばかな」

 船長は双眼鏡を持ち、船の下部を確認した。

「さすがにこれだけ水についていれば舵は効く。しかし……」

 船長は姿勢を正し船員に向き直った。

「何かに乗り上げているぐらい持ち上がっているのは確かだ」

 俺は一瞬、もぐら人の洞窟でみた、浮き彫りに描かれた神ーー恐ろしい節足動物のような頭の怪物ーーがこの船の船底を捕まえている、そんな光景が頭に浮かんだ。

「避難ボートの用意をしろ。コントロールが効かない船はそのまま原子力発電所に突っ込むおそれがある。地上の連中に伝えるんだ」

「メーデー?」

 船長はうなずいた。

「避難しよう」

 そこに反原発団体はいなくなっていた。

 船員は船の内部に放送を流した。

『救助艇をおろします。速やかに避難してください。繰り返します……』

 船員が準備を始め、船の両脇につりさげられている小さな船をおろしていく。

 反原発団体が、何やらブツブツ言いながらも乗り込んでいく。

「全員乗ったか?」

「はい」

 切り離され、救命艇が離れていく。

 バシャッ、と大きな波しぶきを上げたかと思うと、船がひっくり返った。

「えっ?」

 俺は身体を乗り出して確認した。

「おかしい」

 何かいた。

 海の底に、何かいた。

 まるで指で弾くように簡単に救命艇をひっくり返してしまった。

「なんだ、何があった?」

 船員達が騒ぎ出した。

「とにかく、このままじゃ」

「もう一度救命艇を下ろそう。今日は定員に達してない。一艇ダメにしても他の船に載せられる。だから、次の奴には誰も載せるな」

 同じサイドにある救命艇を下ろし始める。

 誰も載せず、そのまま海へ切り離される。

 すーっと離れていった、かと思うと、何か海から伸びて来て、いとも簡単にひっくり返された。

「何か見えました」

「何かいる」

「……」

 俺もはっきり見てしまった。

 大きな動物の腕だ。いや、触手と言うものだろうか。この船自体の問題と、さっきの白波は、救命艇をひっくり返した生物と同じ可能性がある。

 また、もぐら人の洞窟でみた、浮き彫りの生き物を思い出した。もぐら人が神と崇めているとも思われる、頭に触手を持つ、巨大な生き物。

「もう一度、もう一度、舵をきって、エンジンを全開にしろ」

 操舵室へ船員達が戻り、大きな音がしたかと思うと、煙突から黒々とした煙が上がる。

 スピードが落ち、一瞬、船が止まった。

「やったか?」

 一瞬静まり返った後、エンジンから高い音が響き始めた。

 船はまたバックし始めた。さっきより動きが早くなっている。

「エンジン回転数が一定になってしまいました」

「スクリューが破損したかもしれません」

 船の底にいる怪物が、舵を、そしてスクリューまでも壊してしまった。見えないものの、状況からそう考えるしかない。外で聞いているだけの俺が考えても、そういう結論だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ