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「うわっ!」
「なんだ!」
あちこちでそんな声が聞こえてくる。俺は廊下の手すりにつかまって耐えていた。船はその後もゆっくり大きく揺れたが、次第に揺れは小さくなっていった。
「……なんの放送もないというのはどういうことだ」
部屋から出てくる。俺は廊下の突き当りまで戻って身を隠した。
「俺は船室??へ行ってくる」
「抗議してこい」
部屋から出て一人が操舵室へ向かった。
そいつをやり過ごして、もう一度廊下に戻ると、外からの声が聞こえた。
「何だあれは?」
「なんだ? 大きな影が?」
「クジラだ、クジラがいる」
大きな揺れはクジラにでも乗り上げたのか、と思ったが、この船の大きさから考えて、クジラ程度であんなに大きく傾くわけがなかった。
俺は外の様子を確かめようと思ったが、さっき操舵室へ行った一人が戻ってきた。俺はまた慌てて廊下の角に隠れた。
「ちょっときて話を聞いてくれ。もう船を引き返す、というんだ。危険だからと」
「なんだと? 原発の前まで行く約束で船を出しているのに」
大声で話しながら、船室から反原発団体が操舵室へと抗議に行った。
俺は周りを十分に確認しながら、船室の中を覗き込んだ。
「(小田さん)」
中からは俺の姿が見えない位置から、小さい声で呼びかけた。
小田が反応した。
「?」
「(一人ですか?)」
「ひとりです。同じホテルにとまっている…… 鎌田さんですね?」
俺は船室に入ろうとして立ち止まった。
「なぜ俺の名前を」
「送迎バスでご一緒しているはずです。ドライバーのかたが、あなたのお名前を確認してました」
嫌な予感がして俺は船室に入らず、そこから話をつづけた。
「小田さん、あんた騙されている」
「……」
「俺は聞いていたぞ。あんたが『すみれちゃん殺人事件』の犯人だって」
「……」
「奴らがもしあんたが犯人である決定的証拠をつかんでいるのだとしたら、オリジナルを渡すわけないだろう。もう何重にもコピーを取っている。あんたが捕まるまで金を搾り取られるぞ」
「……」
大声を上げながら、反原発団体の連中が廊下に戻ってきた。
「なんとしても原発まで行ってもらう」
「説明しておる通り、何か船底に当たった可能性があります。急ぎ港に戻らないと」
「現に問題なく航行している。原発の近くにも港はある。とにかく原発まで行け」
「心配なら、船底を確かめろ」
船長なのか、立派な帽子をかぶった男を、反原発団体が押したり引っ張ったりして歩いてくる。
俺は廊下の端でちょっとだけ顔を出してそれを見ていた。
「なにか水しぶきが上がったぞ!」
「魚雷じゃないのか?」
外からそんな声が聞こえる。
俺は階段を上がって、上の船室から外を見た。
高速で動く白波が、直線を描き船に向かってくる。確かに魚雷、としか思えなかった。
その白波が乗っている船と交錯した。
「うわっ!」
ドン、という音がして、船体が小刻みに揺れた。
さっきの傾いた揺れとは違う、早くて小さい揺れ。
「何か当たったぞ?」
「魚雷だ、穴が開くぞ?」
魚雷だとするなら、どこから撃った?
俺はまどからあたりを見回すが、何もない。反対側の窓から見ると、さっきとつながるような白波がまっすぐ進んでいくのが見えた。
「魚雷じゃない!? 船をかすめただけ?」
フロアにいた、反原発団体の人に見つかってしまった。
袖を引っ張られて、進んでいく白波を指さすと、
「あれ、なんです?」
と聞かれた。俺をメンバーだと思っているのだろうか。
「いや、私も知りません」
「魚雷、じゃないよね?」
「魚雷だったら、船底あたりで爆発したんじゃないですか?」
その男は納得したようにうなずいた。
「そうだよなぁ」
俺はずっと白波の行方を見ていると、それは急に消えてしまった。
「また何かぶつかったようです。もうこれ以上航行をつづけるのは危険です」
船長と反原発団体のリーダーらが階段を上がってきた。
俺は不自然にならないよう、廊下側から体を隠した。
「船長、近くの漁船からの情報で、ソナーに高速で動くクジラのような影あったとのこと」
反原発団体が答える。
「なんだって、あんなに早く動くくじらがいるか?」
「さっきの白波のことを言っているなら、クジラではないだろう。だが、最初に船が傾いたのはもしかするとクジラかもしれない」
海を見ていると、また白波が立ち、直線を描いて進んでくる。
「また来た!」
反原発団体にバレてはいけないはずだったが、思わず声に出してしまった。
船長から反原発団体のリーダーやらが、俺のいるまどの方へ走り込んできた。
「あれだ!」
「早いぞ。あれはクジラじゃない。魚雷だ」
「……」
船長は即断を避けて、そのままブリッジに戻りながら叫んだ。
「回避だ、回避! 面舵、面舵、全速で!」
何度も何度も叫ぶ。反原発団体のリーダーがついて行くが、操舵室に入る瞬間突き飛ばされ、扉が閉まると鍵がかかる音がした。
「船長! 必ず原発まで行くんだ。いいか!」
操舵室からはまだ『全速面舵いっぱい』の声が連呼されている。
船は曲がっていくが、不明の白波の方が速度が速く、アッというまに船と交錯した。
ゴン、と音がして船体が振動した。
俺はまた船の反対側へ向かう。
直線上の先に白波が現れるのではないか、と予想しているが、何も現れない。それより、みるみると船のスピードが落ちていく。
「どうした、転回して港を目指すぞ」
「……」
「船が後ろへ動いているぞ?」