20
「また当ててあげようか?」
あやめは、こたつの向こうに横たわり、こたつの両脇から頭と足が見えていた。こちらから見えないところで、こたつの中にいる子もぐらへ授乳しているようだ。
「私を殺そう、とか思ってるでしょ」
その言葉に、右手が引きつるように反応してしまった。
「図星ね」
あやめの、こたつの横から見える顔が、まるで作りものに見え、強い違和感をおぼえた。
「私はもぐら人かもしれないけど、人と同じ様に暮らしているの。私を殺せば、すみれを殺した犯人と同じよ。間違い無くワイドショーで騒ぐ様な事件になる。そうなれば、あなた、逃げ切れないわ。そもそもこんな事ぐらい、黙って見過ごせばなんてことないじゃない。大丈夫。あなたに養育費を払え、なんて言わないから。ただ、また気持ち良くしてあげる代わり、精液を頂くだけ。だから、しばらくこの近くで暮らすといいわ」
「お前らをつぶしてやる」
「私はあなたたちの法律で守られた人間よ。出来っこないわ」
「ネットを使って」
「ネットに『もぐら人』なんて情報はないわ」
俺は思わず舌打ちをしていた。
あやめは何かに気付いたようだった。
「ああ…… あなたが。林が死んだのは私のところにも情報が入ってるの。林と一緒にいて、写真を撮ったの、あなたなのね? ネットに載せようとしたんだって?」
本当に笑っているのかわからなかったが、俺はあやめの顔が笑っているように見えてしかたなかった。
無意識に拳を握り込んでいた。
「林も知らなかったことを教えてあげましょうか。どうして私達が国家から守られているのか」
その時、玄関のチャイムがなった。
「……」
『すみません、お約束していたXBSの佐藤ですが、お話を伺えますでしょうか』
「残念ね。テレビの取材が来たわ。その説明は今度会うことがあったらしてあげる。私達に協力する気がないなら、気づかれないように店側から出て行きなさい」
あやめは立ち上がってそう言った。
こたつの蠢きは止まり、静かになった。
「わかったわね? この子供達に手を出したら…… 細切れになるまで切り刻んで殺してやる」
俺はうなずくしかなかった。
原発村を出ると、俺はバスに乗って東の港に向かった。
港の観光センターを通り過ぎ、商店街の前をバスが通るとき、窓の外で小田があるいていた。
「えっ?」
俺は思わず声を上げた。なぜなら、小田の前後に例の反原発団体の二人もいたからだった。
興味を持った俺は、停車ボタンを押して次のバス停で下りた。
小田と反原発団体が向かっている方へと俺は戻った。
見かけたあたりにはもう三人の影はなく、首を振ってあたりを見回していると、通りの反対側に大きな体の小田が見えた。
小田と二人はどうやらATMブースから出てきたようだった。
小田の浮かない表情と対照的な反原発団体の表情。
三人とも何かを警戒するように周りを見て、急ぎ足に歩いている。
このままつけてみよう。俺はそう思った。
しばらくすると、港が見えてきた。そういえば、反原発団体は観光船の会社とトラブルになっていて、会社側は明後日なら船を出せる、と言っていた。つまり、それが今日だ。
どういうことで一緒にいるのかは分からないが、小田もその観光船に乗るのではないか。
三人より先に港に着くと、俺は反原発団体がいないか確認した。
観光船の待合室を覗くと、中央で大騒ぎしている連中が反原発団体だった。
俺は待合室の様子をみながら、お土産もの屋の店先に身を隠した。
そういえば、昨日、小田はかなり暗い表情でホテルに帰ってきた。あれは今日のこの反原発団体とのことが関係しているのかもしれない。
観光港に放送がかかり、船が出発するとアナウンスが流れた。
待合室の反原発団体が一斉に立ち上がって動き出す。小田もどうやら一緒に船に乗るようだった。俺は紛れて入るつもりで、連中の最高尾についていった。
船会社の人は人数を数えていたが、小田を入れる時に話をしていたせいか、すんなりと通してくれた。船に乗り込むと、立ち入り禁止と鎖が下がっている扉を飛び越え、船底側へ向かう階段を降りていった。そこで俺は身を潜めた。
息を殺して待っていると、エンジンの音が聞こえ始め、船が動いた。
動き出してから、俺は船が港を出るだけの時間を待って、階段を上がっていった。一旦、港から出てしまえば、俺を下すためだけに港に帰るわけもないだろう、と考えたからだ。
手すりにつかまりながら、足音を立てないように階段を上った。
立ち入り禁止の鎖をくぐって、船室の廊下をあるく。
「お前たちが知っている、という証拠を渡してくれ」
小田の声だった。
「声が大きいぞ」
この先の客室から聞こえるらしい。俺は怪しまれないよう、船酔いしたように壁の手すりをつかまり、うつむきながら部屋へ近づいた。
「すみれちゃんだっけ」
「!」
おそらく何か映像を見せているのだろう。俺は扉があかないか取っ手に触れてゆっくりと回してみた。
「原発村唯一のスナックの娘。散々テレビでやってる」
ガタッ。
しまった! 俺は体を低くして、階段の方へゆっくりと下がっていく
「誰かいるのか?」
部屋の中から声がして、カツン、と中から鍵を解く音がする。
俺は階段の所の壁に隠れて息を潜める。
扉が開き、一人が顔を出すと、左右を見渡す。
「誰もいない」
「船は貸し切りだ。聞かれたって大してこまることはない」
「……俺は困る」
小田の声だ。
「ああ、心配するな。他の連中に聞かれても、証拠をコピーしたりはしない」
「ほら、中に戻れ」
俺は音がしないように注意しながら、素早く戻る。
どんな映像かは分からないが、小田が『すみれちゃん殺人』の容疑者として、反原発団体に脅されているのは間違いない。
「この現金を渡せば、オリジナルをもらえるんだな」
「ああ、もうコピーはないからな。このメモリカードだけだ」
「本当だな」
俺は聞きながら呆れていた。コピーされたかどうかなんてわかるわけない。
おそらくもういくつもコピーされていて、この後、何度も何度も金をたかられるのだ。
「そして、この船を原発の港につけて、こっそりおろしてやる。この船が他の港に立ち寄るなんて情報はどこにもないから、警察の裏をかいて逃げることができるはずだ」
「大丈夫なんだろうな」
「ただし、反原発の抗議活動の後だ。それまではこの船で我々のいう事に従ってもらう」
「分かっている。反原発、と叫べがいいだけだろう」
「簡単に言えばそうだが」
「!」
その時、船が大きく傾き始めた。
九十度、とはいかないものの、船首が大きく上がった瞬間、ゴン、と低い音が響いた。