02
確かに俺はギリギリで降りたが、あの人が乗っていたら気付くだろうし、駅内を歩いている時に気づいたろう。
「汽車は一時間に一本ぐれぇなんで、前の汽車ってことはないとおもいますけど」
「そうですか」
ということは、あの大男は、本当に同じ列車に乗っていたか、駅近辺で『俺を待っていた』ことになる。
俺を待つ理由とは何か。俺はブログを書いてはいる。今回はたまたま原発再稼働のことを書くが、普段から政治的なことを書いているわけじゃない。それ以上に、PVが酷い。誰も見向きもしないブログ主を待ち伏せする意味がないだろう。PVイコール影響力だ。つまり俺の影響力などゼロに等しいと言うことだ。そんな人間を『待つ』だろうか。
俺は無駄なことを考えるのをやめた。
「こちらがお部屋です」
窓の外は冬の景色だった。
松の向こうには海も見えた。
「すごい……」
俺の表情を見て、ホテルの人はうれしそうな顔をした。
「緑茶とほうじ茶があります。おゆはここい入っています。足りなかったら、水を足してこのスイッチで沸かしてください。あと、これは地元のお菓子になります。結構評判いいので、美味しかったら、ぜひこちらで買って帰ってください」
「わかりました」
「夕食のお時間です、いかがいたしますか」
「じゃあ、七時ぐらいに持ってきてもらえますか」
「承知しました。大浴場は2階に降りていただいて、向かって左です。時間は一時までで、朝は七時から九時となっています。朝食は同じく二階に降りていただいて、右になります。テーブルごとに部屋番号をおいていますので、そちらにいらしてください。朝食は六時半から八時となっています。ごゆっくりおくろぎください」
「どうも」
ホテルの人が出ていくと、カバンからパソコンやらスマフォの充電器やらをごそごそと出して、コンセントに接続した。
パソコンを立ち上げると、今日取った写真からどれを載せるか選び始めた。
写真に合わせて下書きを入れた。明日のことを考えて、周辺の地図を確認した。
ホテルを下っていくと、小さな漁港がある。入り組んだ岬がいくつかあり、東側に行くと、大きな港がある。観光船や外国へ行く船などもそこから出ている。
反対に西側に行くと、別の半島があって、その根元には原子力発電所がある。このホテルにも泊まっている連中は、その原子力発電所の再稼働を阻止するデモをするのだという。
「デモって言ったって、この雪の中でやるのか?」
誰に言うでもなく、パソコン画面に向かってそう言った。俺はひと月前、この近辺であったデモの様子を調べた。
写真が何枚か見つかる。ひと月前はまだ雪は積もっていない。
しかもデモしたのは新幹線が止まる大きな街で行ったことだ。
こっちの半島の方まできてやったわけではない。
「人が住んでいないところでデモなんかしたってな……」
都心でやるならともかく、こんな田舎町でやったって、なんのアピールにもならない。
いや、だから、今回は直接原発の前に行くのだろう。
俺は畳の上に横になった。
明日は、原発の前に行ってみよう。どんな場所なのか知らないと、写真も撮れないだろう。
もちろん、原発側から撮れば一番良いのだが、入れるわけもなし。いや、入れなくとも回り込むことが出来るかもしれない。確認してみよう。
俺はパソコンで地図をよく見て、何度も想像してみた。
今日の分のブログを更新し終えた頃、ちょうど食事を運んできてくれた。
地元の魚や、名産を食べ、風呂に入って寝た。
翌朝、朝食を食べに二階の部屋に入ると、メガネをかけた男女が集まって何かを見ていた。
「やっぱり、あの情報の通り、明後日、再稼働するみたいだ」
「絶対そんなことさせないぞ」
「某電のやることは内部から筒抜けだからな」
どうやら新聞を見ているらしい。
俺は自分の部屋番号の席を探し、その横をすり抜けると、視角の隅に大きな影が見えた。
「!」
例の大男だった。
思わず声が出そうになったが、大男は原発反対の活動家達の方をじっと見ている。
俺の視線に気付くと、おひつを開けてご飯を盛った。
「……」
男の後ろの席が、俺の席だった。
まるで隠れるようにそこに座ると、ホテルの人がやってきてご飯を持ってくれた。
「おかわりはこちらにありますから、今おみおつけをもってきます」
おひつを置いていった。
俺は、味噌汁を待たずに食事を始めた。
再稼働反対の連中は、まだ騒いでいる。
まったく、うるさ……
「うるさいぞ!」
と、大男がじっと自らのお茶碗を見つめながら言った。
「すみません」
一人が謝って席に座ると、新聞に集まっていた連中は、あっちこっちに視線をそらしながら、自分の席に戻っていった。
ただでさえ大きな男が、どなってしまったら、目を付けられてしまうのではないか、と心配になった。原発再稼働反対のグループと変ないざこざをおこさないで欲しい。ホテルにいるときぐらい、静かにしていて欲しい、と俺は思った。
食事を終えて部屋に戻り、支度をして外に出た。
ホテルの人に、観光の話を聞くと東側の大きな港の周囲の食べ物ややお土産の話ばかりだった。
しかし朝食を終えたばかりだったし、他に興味を引く話も無かったので、まっすぐ下りていき小さな漁港を見て回ることにした。
昨日降っていた雪は止んでいたが、空は曇ったままだった。
道は凍ってはいなかったが、何度か雪に足を取られて転びそうになった。
港はもう漁も終わったのか、船が揺れているだけで人はいなかった。
何枚か風景写真をとったものの、これをブログに載せようという気持ちにはならなかった。
「やっぱり原発の下見が先か」
そのまま海沿いの道を進めばつくはず。
俺は原発のある、西の半島へ歩いていくことにした。
冬だったし、陽が照っているわけでも無かったが、ずっと歩いていると体が暖かくなった。
国道ぞいに坂を下っていくと、山側の方に小さな小学校があった。
校庭には屋根のついた土俵が見えた。
「へぇ」
この地方では学校で相撲を教えるのかもしれない、と思い写真を撮った。
さらに国道沿いに進んでいくと、バス停があった。
「?」
バス停の近く、道ではない少し広い場所に小学生の男の子が数人、しゃがんでいる女の子を囲って立っている。
「こら、たて」
「きもいんじゃ、たってどっかいけ」
「もぐらなんかきもいんじゃ」
なんでいじめられているんだ、と思い道を外れてすこし小学生に近づく。
しゃがんでいる子の顔を見て、俺はドキッとしてしまった。