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もぐら人  作者: ゆずさくら
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「だからあんな有名なアナウンサーまでくるのよ」

「……」

 俺は頭を下げてその場を離れた。

 テレビ局が来て、何か犯人らしき人物からインタビューでも取ろうというのか。

 ホテルの監視カメラからははっきりと確認できなかったが、俺がすみれちゃんぐらいの子どもをホテルにつれて入ったことは事実だ。あの映像を見られたら、俺に容疑がかかってしまう。

 かといって、今からホテルに帰って監視カメラにアクセスしてデータを消したとして、その消した端末のIPアドレスから俺だとばれたら余計に疑われてしまう。

 何か俺と分からないところから画像を消しに行くしか無い。

「……」

 いや、俺はここに何しに来たんだ。

 もぐら人を叩き殺す為に来たはずじゃなかったか?

 しかし、そんなことをしたら……

 俺は村の中に入り、スナック和子へ向かった。

 店の前につくと、慌てて書いたような紙がドアに張ってある。

『臨時休業』

 俺が眺めていると、キャップを被ったダウンジャケットの男が後ろから現れ、言った。

「臨時休業だって? そうか母親はまだ病院か」

 そう言いながらメモに書き入れ、カメラを構えた。

 俺のことが分かると、「ちょっと写真をとるからどいて」と言ってきた。

 俺が下がると男は角度を変えながら何枚か写真を撮って、村の外へ行ってしまった。 

 この店の写真を撮っていった。つまり俺の知っている、このスナックの娘の『すみれ』が殺されたのだ。

 自分は殺していないが、殺したと疑われるようなことはしている。

 俺は顔を見られないように、下を向いて歩くようにした。

 しかし、これからもぐら人を殺しに行くのとは別の話だ。

 殺ろう。

 原発の近くの、新しい家。

 黒い子の住んでいる、何人も同じ顔の子どもが寝ていた部屋。

 林老人の話なら、あれは俺の子供。

 写真をネットに上げればすぐに消されてしまうなら、現実から消しても文句はあるまい。

 だからもぐら人を殺しても罪にならない。

 頭の中では何度もそんなことを考えていた。俺のブログを消した。

 俺の情報を削除した。つまり現実にそんなことは無かった。

 なかったのなら、この目で見たあれはなんなのだ。

 原発の下の地下空間。

 人とは思えぬものが描かれた浮き彫り(レリーフ)、烏賊のような頭に描かれた彼らの神。

 何故人に知られないようにしなければならないのか。

 何故俺のアカウントが消されるのか。

 いつのまにか、原発近くの新しい家についていた。

 扉へ近づいていく。

「!」

 後ろに誰かがいる。

 ゆっくりと振り返る。

 誰もいない。いや、足元に……

「うわっ」

 俺の足元に、もぐら人がいた。

 もう学校の前でいじめられていた黒い子ぐらいの身長になっている。 

 お…… 俺の顔で。何人も。

「こ、殺してや……」

 俺は慌てていたのか、ケースに入れたままバットを握って振り上げた。

「逃げて」

「父は逃げて」

「ここは危険。逃げて」

 もぐら人はそう言いながら、俺を家から遠ざける。

 チラチラと原発の方を振り返っている。

「地下から抜け出しているから、父は逃げて」

「殺されちゃう」

 その言葉と、色を黒くした自分そっくりのもぐら人の顔を見ると、俺はバットを振り下ろすことができなかった。

「逃げて」

「早く逃げて」

 俺は原発方向を凝視する。

 壁の奥へ進んでいくと、岬の方へ通じる道がある。

 何も気配はない。

「違う! 海から来るの」

 防波堤側から声が聞こえる。

 防波堤の上部に、黒い影が一つ、二つ…… と上って来た。

「来た! 父逃げて」

「逃げて」

 体がビクッと反応し、振り上げていたバットを抱えなおして俺は走り始めた。

「あっ!」

 道の端の凍った雪に足を取られ、俺は転んでしまった。

「いっ……」

 まったく受け身が取れず、俺は顎を地面に打ちつけてしまった。

「父!」

「父が危ない」

 俺の顔をしたもぐら人が、近づいて俺を起こそうとする。

 もぐら人の手を振り払いながら、自力で起き上がろうとするが、膝が震えて立ち上がれない。

「なっ……」

 防波堤を滑り下りてくる黒いもぐら人は、四つん這いになって俺の周りを囲み始める。

 四つん這い連中の手足には、鋭く長い爪が見えた。あれで()られるんだ…… 俺は恐怖した。

 ゆらっと黒い影が動いた。

「!」

 腕で顔を覆った瞬間、俺の顔をしたもぐら人が、防波堤を越えてきたヤツを止めた。

「逃げて……」

「た、立てないんだ」

 もう一体が素早く突っ込んできて、止めていたもぐら人に体当たりした。

 飛ばされたもぐら人を、俺は避けることができなかった。




 いつからか、俺は天井を見つめていた。その前のことはあまりよく覚えていない。ここは、ホテルの部屋だろうか。

 生きている。防波堤を超えてやって来たもぐら人に殺されずに済んだんだ、と思った。誰が助けてくれたのか。

 やけに体が疲れていて、周りも確認できないまま、また目を閉じてしまった。

 再び気付いた時、おでこの上にタオルを誰かが取り換えているのに気付いた。

 ぼんやりと見える人影には、見覚えがあった。

「あやめさん?」

 俺はそう言ったつもりだった。

 自分の声が耳に入ってこない。

「あやめさん」

 もう一度いうが、やはり自分の耳では聞こえない。

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