17
そして、自分がされたことを改めて考え直した。
ブログがアカウントごと削除された。
いままで書き溜めてきて、少しPV(※ページビュー。簡単に言うと何回そのブログを見てもらえたか、という数)もとれるようになってきたのに、たった一回のしくじりで、アカウントごとばっさり失ってしまった。
ブログの為に、こんな原発のある地方までやってきたのに……
俺の生きがいになりつつあるブログがあっさり、しかも別に積極的には載せたくもなかった『もぐら人』のことでこんなことでこんなことになるなんて。
「くそっ!」
俺は仰向けに寝転がった。
また元の状態に戻ってしまった。
誰からも認められない、知られていない、ちっぽけな存在。
俺がすることなんて、だれにも必要とされていないんだ。
天井を突き抜けて、ホテルを超え、雲の高さ、星の高さから見下ろしているところを想像する。
自分はいないに等しい、ちっぽけなそんざい。
いなくなっても、だれも探さない。
「ああ……」
涙が耳に流れてきた。
なんで泣いているのか、頭ではよくわかっていなかった。
けれど、この広い世界のなかで、自分が一人きりなのが寂しいのはわかっていた。
「!」
俺は起き上がって、ノートパソコンを見た。
もぐら人の映像があった。
こいつだ。
こいつらのせいだ。
こいつらは人間じゃない。
……なら殺しても捕まらないだろう。
俺は金属バットを振りかぶって、あの黒い子に振り下ろすところを想像した。
十分な手ごたえ。
黒い肌から、血が流れ、手足がぴくぴくと痙攣している。
もぐらだ。
こいつらはもぐら人だ。
だから何匹ころしても罪にはならないんだ。
やってやる。そういう気持ちが激しく湧き出してくるのを感じる。
ぶっ殺してやる。
あのフロアにいた俺の顔をしたもぐら人全部を……
「!」
自分の両腕が気になって、そでをめくってみる。
「鳥肌?」
俺は恐ろしくなった。
自分の顔をした生き物をバットで殴り殺す?
正気か? 俺と言葉で理解し合うものを殺すだって?
いや、戦争とかテロとかいくらでも人を殺しているじゃないか…… そうだ、原発の事故だって……
腕を手のひらでさすると、鳥肌がたっている感触が手のひらに伝わってくる。
俺は…… どうしたら……
ろくに眠れないまま、夜が明けた。
フロントに電話して、朝食を早く運んでもらうように告げる。
本当は二階のフロアで食べなければならないが、反原発の連中と騒ぎをおこさないように、運んでくれることになっているのだ。
朝食を運んでくれた仲居さんが、怯えたような顔をして部屋を出ていった。
俺は手を洗おうと洗面所に入ると、仲居さんが怖がった理由がわかった。
鏡に映る自分の顔は、怒ったままガチガチに固まっていた。
ほおをつまんでみたが、緩むことは無かった。
「ほおがこけたのか」
それに髭も伸びてきた。
これが『怖い』感じを与えたのかもしれない。
手を洗って、朝食を済ませると、ホテルにあるカミソリで髭をあたった。
慣れないカミソリを使ったせいで、喉の近くを少し切ってしまって、ヒリヒリと痛い。
ホテルのフロントに出ると、昨日の警察の人が立っていた。
俺は林老人の家が焼けたことの容疑をかけられていることを思いだした。もしかしたら、火事に見せかけた物取りと思われているのかもしれない。
俺は警察の人の方に近づいていった。
「そうだ、俺出かけますけど」
「?」
俺を知っているはずだ。それは俺の思い込みだったのだろうか。
「ああ、どうぞ」
「……」
腑に落ちない。
昨日の家が焼けた時には病院で検査のあと、警察に事情を聞かれた。あれは明らかに俺が放火したとか、物取りの事を疑っていたからに違いない。なのに、今はどうだ。全く無関心だ。バットを買いに港の街まで行き、もぐら人の家に乗り込もうとしているのに。
俺は睨みつけそうになりながらも感情を押さえてホテルを出た。
何も両手を差し出して捕まえてください、とする意味はない。俺は犯罪者ではない。これから犯罪者になるかも知れないだけの人間だ。
もし、何かの力がWebに『もぐら人』を記録させないなら、現実を書き換えてやる。もぐら人がいなかったことになれば、俺はブログに『もぐら人』を載せようとも思わないし、そうすれば今後、二度とブログを消されずに済む。論理がメチャメチャだが、それで良いと思った。やらなきゃいけない、と思った。
俺はホテルの送迎バスで港街へ向かった。
港の観光センターのところまで行き、そこから街へと歩いていった。
スポーツ用品店でバットを購入し、ケースも合わせて買うことにした。むき出しのバットを持って歩こうというのは、少し無謀だと思ったからだ。
少し待ったが、街からバスで原発村へ向かった。
殆どの乗客が途中のバス停で下りていってしまい、原発村まで乗る乗客は俺一人になった。
小学校が見えてくると、大きなアンテナを付けたテレビ局の車が数台見えた。
様子が気になったので、少し歩くことになるが、小学校前のバス停で降りて小学校の様子を見に行った。
「何があったんです?」
テレビスタッフは機材を持って走り回ったり、アナウンサーが話すのをカメラで追ったりしていて何も答えない。野次馬だろうか、おばさんが近づいてくる。
「あんたテレビみていないのかい? 例の幼女惨殺事件」
「へぇ。被害者がここの生徒なんですか?」
「そうよ。ここらじゃ皆知ってるぐらい可愛い子で、すみれちゃんていうんだけどね」
「すみれ……」
なんだって? なるべく顔色を変えないようにしよう、と思った。
「一昨日の夜から行方不明でね。みんな心配してたんだけど、木に吊るされているのが見つかったのよ」
「木に?」
おばさんが、俺の泊まっているホテルの方向を指す。
「あの山の方に観光ホテルあるの知ってる?」
「ええ」
「そっちの方に登っていく途中の坂に、吊るされていたって」
俺はその方向を見上げる。
今もそこに吊り下げられているわけもなく、もう警察や消防がすべて処理を終えているはずだった。