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「今日、おじいさんと知り合いになって、遊びに伺うことになっていたんです」
俺はとっさにその嘘を思いつき、それで言い切ることにした。
林の老人の死体は見つからないだろう。だとすれば、俺のいうことが嘘だとはバレない。確かに今日の昼間老人と私が一緒にいたことを証言出来る人はいない。いや、原発の壁についている監視カメラに俺と林のおじいさんが映っているかもしれない。林老人と原発付近をあるいたことを話し、夜になったらもう一度遊びにいくことになっていた、と警察に言う。
一通りその内容を話すと、納得してくれたようだった。
「どこのホテルにお泊りでしたか?」
警察に泊まっているホテルを告げると、送ってもらった。
「また話を訊くかもしれませんので、ホテルから外出する場合は連絡いただいていいですか」
連絡先を書いたメモを渡され、俺は「そうします」と答えた。
フロントで鍵を受け取ると、「大変でしたね」と言われた。
「食事なんですが、時間が時間なので用意はできないんですが…… 事情は伺っておりますので、レストランで簡単なものならお出しできますがどういたしましょう?」
「そうですか。ありがとうございます。お腹は減ってるんで、いただきます」
フロントの人が何やら内線で話をすると、ホテルの人がレストランの方からやってきて
「こちらへ」
と案内してくれた。
そこで軽食をとると、やっと落ち着いてものが考えられるようになった。
気が付いたのは靴だ。
林の家に上がるときに脱いでしまった。ベランダに出た時に、そこにあったサンダルを履いて、そのままここまで来てしまった。帰るまでに靴を買わなければ。
そして昼過ぎにここで食べたことを思い出した。その時の、あの大男…… 小田の様子も思い出された。何か尋常じゃない問題を抱えたような、そんな顔。こちらに気付きもしなかった。
それらのこまごまとしたことを思い出した後、もぐら人のことを考えた。
やつらに殺されそうになった事実。
これを誰かに伝えなくていいのだろうか。
そんな危険な生物が、村に住んでいる。協定があって出てこれない、と林老人は言っていたが、原発地下にはもっと多くのもぐら人が存在する。
俺はレストランを出て部屋に戻った。
目の前の人に伝えようとすればバカにされるだけのことでも、ブログなら、SNSなら誰か見てくれる。もともと、そんな気持ちで始めたはずだった。今利用しない手はない。
俺はありったけの写真資料をつけて、ブログにアップした。
アクセス解析のページを開いて、誰か見てくれないか確認する。
「そんなすぐに反応あるわけないか」
俺はノートパソコンを閉じて仰向けになった。
しばらく目を閉じてそうしているうち、眠くなってきた。
布団に入って、タブレットでいつも見ているサイトを巡回する。
ふと、気になって自分のブログを見に行くと、404 Not Foundと表示される。
「えっ?」
俺は慌ててモバイルルータの電源表示を見た。半分を切っていたので、USBで接続して充電してみる。
布団に戻ってタブレットでページを更新する。表示は変わらずNot Found。
「あれ?」
モバイルルーターではなく、さっきもらってきたWi-Fi設定を入れて、ホテルの設備に接続してみた。
検索サイトは表示出来る。ネットの問題じゃない。
もう一度自分のページを表示させるが、404表示のまま。
慌てて部屋の灯りをつけて、ノートパソコンでブログの管理ページを開く。
「えっ、ログインエラー?」
削除されている。ブログ管理会社のページから、俺のページとアカウントが、まるごと。
何の通告もなく一方的に削除されるものか、と思いメールを開いてみる。
管理会社からは何のメールも来ていない。
ブログ管理会社が実行したのではないのだ。とすると、アカウントを乗っ取られて削除されたに違いない。
「そんなバカな……」
俺は改めて今回の『もぐら人』のことをブログにするため、別のブログ管理会社にアカウントを作った。
そしてノートパソコンに取ってあった下書きを使って、もう一度もぐら人のエントリーを書き、アップロードした。
そして、閲覧の確認をした。
「よし」
念の為、タブレットを使ってブログの表示を確認する。
よし、見えている。
その瞬間、リロードを表示するサークルがグルグルと回り始めた。
「えっ?」
タブレットが固まったように反応しない。
一度画面を戻して、もう一度ブログへアクセスする。
なかなか表示されない。
「まさか……」
表示された、と思うと再び404 Not Foundとなる。指定されたホームページは見つかりません、というやつだった。
「なんで?」
数分も掲載されていない。
もう一度ノートパソコンに戻って、新しく作ったばかりのアカウントで新しいブログの管理ページに向かう。
『指定されたアカウントが存在しないか、パスワードが間違っています』
また、同じ。
あっという間にハッキングされた?
それとも…… 載せようとしている画像や、単語、そういったものが、監視されているのか。
俺は試しに、つぶやくために使っているショートメッセージサービスを開いた。
「一つ一つ試したほうがいいな」
ノートパソコンにメモを開き、キーワードになりそうなものを一つづつ書き出してみる。
これを上からショートメッセージサービスに流してみれば、どこで引っかかるか分かるかもしれない。
『原子力発電所』
ノートパソコンで送信して、タブレットで確認する。問題ない。
順番に試していくが、特に問題にならない。
何個かを飛ばして、俺はやばそうな方の確認に移った。
『もぐら』
……問題ない。
『もぐら人』
これか? 俺はこれだと思って反応を待つ。
問題ない。だとしたら、画像か。
縄梯子で下りた先にあった、洞窟の浮彫の画像を付けて、ショートメッセージサービスに流してみる。
タブレットに吐いている別アカウントで、表示されるか確認する。
……問題ない。
じゃあ、やはり、これか。
俺は原発地下最深部で撮ったもぐら人の写真を付け、メッセージを流した。
すぐにタブレットで確認する。
「……やっぱり」
タブレットでは表示されなかった。
ただ表示されないだけではない。アカウントが存在しない、という表示になっていた。
この画像は、国のレベルなのか世界のレベルなのか、どこかで監視されていて、徹底的に排除されている情報なのだ。
俺は恐ろしくなった。




