13
もう一度写真を眺めてみる。
「もぐら人、と聞かされて見ればそう見えるかもしれないが、普通に汚い恰好の人だ、と言われれば……」
出来の悪い心霊写真、メイクが下手なゾンビ映画のワンシーン。自分にはリアルなのだが、他人がこれを見てなにを考えるかは想像に容易い。
とにかく、この場から逃げることを考えないと。協定でこの鳥居より外に出ないと言っていたが、原発再稼働をしていないのだし、人間側から協定を破っているんだとしたら、もぐら人が協定を破ってくることもあり得るわけだ。
原発の壁にそった小道を戻りながら、真下から何か声が響くような気がしていた。
原発を抜け、近くの村に付くと、小学生らしい子供が一人の子供を囲んでいた。
また、いじめか。
俺は無視するつもりだったが、一人が俺の顔を見て何か言った。
「あの時のおじさんだ」
「やべぇ」
「にげろ」
子供たちはぱぁーっと走り出し、絶対に追いつかれないと確信すると、こっちに向かって舌を出した。
「ばーか!」
力を振り絞って手を上げると、ビクッとして全員走り去っていった。
囲んでいた中心には、子供が一人残されていた。
俺はうずくまっていたその子に声をかけた。
「大丈夫かい?」
その子が顔を上げる。あからさまに肌の色が違った。すみれと一緒にいた子?
「あれ、君、すみれちゃんと一緒にいた子?」
顔の特徴はそっくりだった。俺が今朝見た夢にも、まったく同じ顔が現れていた。
子供は首を振る。
確かに体格から考えると、以前見た子の半分ぐらいしかなかった。
「立てる?」
俺の場所が分からないらしく、クンクンと鼻を動かす。林老人曰く、これは『もぐら人』なのだ。
けれど、あの地下で見たおぞましい姿とは違う者のように思えて仕方なかった。この子は、人と同じ服を着ているせいなのかも知れないが。
俺の足元を嗅いで、その子が上を見上げる。
「お、おとうさん?」
何か、その声にゾッとした。『おとうさん』なんだろうか、この感覚は……
「違うよ。おとうさんじゃない。君、お家はどこ? 帰れるかな?」
「かえれるけど、かえれない」
「?」
「またあいつらがくるから」
またあの子らにいじめられるから、帰れないというのか。帰り道で待ち伏せしているのだろうか。
「じゃあ、おじさんがついていくから、お家帰ろうか」
俺は体の痛みに耐えながら、その子について行った。
村の中の道を進むと、昨日見た、黒い子の家についてしまった。
「ここなのかい?」
あの子の弟なのだろうか。
俺の手を握ったまま、その子は呼び鈴を鳴らす。
「さな子?」
中から、昨日の黒い子が出てくる。
その子に向かって、
「お母さん」
と呼んだ。
「……」
なんだろう。俺がこの子の親と、昨日の子供を区別できてないだけなろうだろう、かと思いじっと顔を見つめるが昨日の子との違いが判らなかった。
家から出てくる母も目は良く見えていないらしく、俺に近づいてから、鼻を動かし始めた。
「おじさん? 昨日のおじさん?」
「君、昨日の? お母さんって?」
背徳的な記憶と、相反する真実に背筋が寒くなった。もしかしたら、俺は昨日の晩……
俺はスマフォを取り出して、写真を見直した。
俺はさっきの考えを改めた。原発の地下に溜まっている毛むくじゃらの生物と、今の目の前で服を着ているこの二人は、まったく同じもの、つまり『もぐら人』だった。
原発の地下に住むか、人間社会に住むか、の違いだけ。
この子らがもぐら人だとして、なぜここに住むことを許されているのか。
二人に引っ張られて、その子のの玄関を開けた。
数歩入って、床に寝転がる二十人はいるであろう子供らを見て、俺は足を止めた。
「ご、ごめん。用事を思い出した」
俺の顔……
「傷の手当だけでもさせてください」
お母さんと呼ばれていた昨日の黒い子がそう言った。
「いや、すみません」
俺の顔……
「用事があるんで、ごめんなさい」
会釈をして俺は逃げるようにその家を離れた。
あの床に寝転がっている小さなもぐら人たちの顔が頭に浮かぶ。
「!」
脇の溝に足を落としそうになって、前がまともに見えていなかったことに気付く。
「そんなの嘘だ!」
俺は必死になって頭の中に浮かぶ思いを否定した。
とにかくホテルに戻ろう。体の傷も、なんとかしなければいけない。
俺は歩き始めた。村の中の道は複雑だったから、『車の道』に出た。
何度も後ろを振り返りながら、小学校の前のバス停に付くとしばらくしてバスがやってきた。
ホテル近くのバス停で降りて、少し坂を上るとホテルに入った。
「酷い怪我ですね」
「ああ、大したことありませんよ……」
「いや、それにしても血だらけですし」
そうか、ホテルを汚してしまうな、と俺は思った。
「部屋のカバンに着替えが入っているんです。持ってきてもらえませんか」
ホテルの事務室に入って、汚れているところは消毒してもらい、かさぶたになっていないところには絆創膏を張ってもらった。
「どこかから落ちたとかですか? 本当に怪我はありませんか?」
「大丈夫です。すり傷だけなんで」
俺は血だらけの服を、ホテルの人からもらったビニール袋に入れ、新しい服に着替えた。
「落ちるかわかりませんが、洗ってからお部屋に戻しておきます」
「ありがとうございます」
事務所の隅にモニタが二台ほどあり、分割された画面でホテルの様子が映しだされていた。
俺は昨日の出来事を思い出していた。
酔って、タクシーでホテルに戻り、すみれを部屋に入れた。
もしかしたら、これに映っているかも知れない。
「まだどこか痛みますか?」
俺はカメラの映像を見せてもらおう、と頼もうと思ったが止めた。まず見せてくれないだろうし、見せてくれ、ということで怪しまれてしまう。万一、一緒に見ましょうか、となって、昨日の晩のことが夢ではなく事実としてカメラに映っていたとしたら、取り返しがつかない。
「いえ別に」