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もぐら人  作者: ゆずさくら
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 そうだ。何か、見覚えのある姿…… もしかして……

「分かるか? これは、ここにくる前に言った黒い子と同じ人種、もぐら人」

「もぐらじん?」

「人の姿をしているから、人のように社会に紛れ込んでるが、あいつらは人じゃない」

 何を言っているんだ。

 老人は俺の顔を照らした。

「疑っておるな。見せてやる」

 釣り梯子を下りた空間の端にライトを向けて、老人はさらに進んでいく。

 すると、しっかりしたコンクリートで作った階段が見えた。手すりは下塗りの塗料までめくれあがっているが、しっかりしたものだった。老人は何も臆することなく進んでいく。

 それについて階段を下りた時、眼下に深い闇が広がった。

「ほれ、ここはちょうど原発の真下じゃ。こんな風に大きな鉄筋コンクリート製の柱がいくつも立っておる」

 近くの柱を懐中電灯で照らす。

 都心の地下スペースに水害対策で巨大な空間があるという。ここは、まるでそのような規模だった。

「この下はもぐら人の居住スペースになっている。それこそ這って生きている」

 柱の下へ懐中電灯の光を当てていくが、光量が足りず何があるのか分からない。

「もっとくだってみればはっきりわかる」

 階段をおりていくと、踊り場があり階段が折り返されている。壁はすこし斜めになっていて、その壁の傾斜沿いに階段が付けられているようだ。

「うぁ、まだあるのか……」

「原発は、もぐら人たちの電力を作っている。もぐら人の労働力を使って原子力発電所をつくったんじゃから当然じゃな」

 この下に何か生き物がいるかどうかは別にして、老人の話が全てうそという気もしなくなっていた。

「原発を作るのに協力した代わりに電力を供給しているってこと?」

「そもそも原発のあった地下は、もぐら人のすみかだった。あの浮彫があったような空間がたくさんあって、そこに住んでいた。一部のもぐら人は光につよく、地上にもいくつか家を作っていた」

 それがあの黒い子の事?

 今朝のことを思い出していた。

 黒い子が俺の部屋にやってきて、顔をなめて言った『おじさん、さようなら』と。

 なんだろう、あれは夢、だったのだろうか。

「今の村にも住んでいるぞ。それがあの黒い子なんじゃがの」

「……」

「地上に出てこないもぐら人は、さらに深く地下を開拓したいんじゃ。じゃが、奴らは鋭い爪があるとはいえ、岩をくだくことは出来ん」

「どういうことですか」

 老人は懐中電灯を上に向けた。光はとどかない。

「原発からの大電力を使って、重機を使って掘っている」

「重機? この地下に?」

「このままずっと再稼働しなければ、奴らは上に上がってくるだろう。話が違う、とな」

 ここまで階段をくだるだけだったのに、かなり足が痛くなってきた。

 スマフォの明かりを上に向けて降りてきた階段の長さを確認する。

「かなり下ってきましたけど、まだですか」

「まだ踊り場は二つあるな…… ちょっと待て」

 老人は俺の胸の辺りを照らす。

「お前、そのカメラでもぐら人の写真をとるなよ?」

「……もしあなたの言う通りなら写真を撮りますよ。だってそうしなければ他の人に伝えられない」

 懐中電灯を俺の顔面に照らす。

「そんなもんを周りの人に見せたら、お前もこの中じゃぞ」

 階段下の闇を指差す。

「わからんか? 生きては帰れん、ということじゃ。早くしまえ」

 俺はカメラをバッグに戻した。

「これでいいですか」

 いざとなればこのスマフォで撮れる、と俺は思った。

「……いいじゃろう」

 さらにおりて行き、疲労で話す気力もなくなって来た。

 老人の持っていた懐中電灯の光が床を照らし始めた。

「もうすぐじゃ」

 階段を下りきった先が少し広くなっていて、金網のフェンスが二重に作られていた。

 もぐら人と我々の世界を分断するための仕切り、壁だった。

「ほら、見えるだろう」

 老人がフェンスを近くまで行き、向こう側を照らす。

 動くものの姿が見える。

「……」

 あれが、もぐら人?

 黒い影が見える。俺はスマフォのライトを向けてみる。

「もぐら人は性別がない。全部雌じゃ」

 何か、臭いに反応しているのか、金網に鼻先を近づけてくる。そして叫ぶ。

「林のじじい!」

 暗い空間にその言葉が響く。金網近くに来たもぐら人が一斉に騒がしくなる。

「林だ、林のじじいが来た」

「じじい、てめぇくたばれ、死に損ない」

 と、開いた口の中は、真っ白い歯と、対比するように舌や口内は綺麗に赤い。

 ぞっと寒気がした。

「おくびょうもん、こっちに来やがれ」

 金網の向こうから浴びせられる汚らしい言葉。彼らの口はとても人間のものとは思えない。前歯や、大きな犬歯がある。そんな口から流暢な言葉が聞こえてくる。ものすごく奇妙な感じがした。テレビや、映画の中にいるような、そんな感じ。

 俺はとっさに、これは写真に撮らなければ、と思い、スマフォのシャッターを切る。

 パパッと、閃光が広がる。

 数人に見えていた背後に、山のように重なったもぐら人の姿が見えた。

「馬鹿者!」

 林老人が怒鳴る。

 老人に怒られたからではなく、金網の向こうにいる存在から発せられるうなり声におびえ、俺は震えた。

「逃げるぞ」

 ガシャ、ガシャ、ガシャ、と金網が揺すられる音がする。

 あっという間に一つ目の柵が切られてしまう。

「なにやってる、逃げるぞ」

 俺は恐怖ともっと写真が撮りたいという未練で、ゆっくり後ずさりしていた。

 ババッ、と青白い火花が飛び散る。

 焦げ臭い臭いが広がる。

 もぐら人が嘆くような声を上げる。

「写真を撮ったやつを捕まえろ」

「殺せ、なぶり殺せ」

 俺はようやくこの恐怖に対してどう対処していいかを決めた。

 老人の懐中電灯の光はもう最初の踊り場の手前まで上がっている。

 必死にその後を追いかける。

 踊り場まで着くと、息が切れている。心臓が飛び出しそうだ。

 下に青白い火花が散っているの見える。あの電圧の掛かった金網を、破ろうとしているのだ。

 大電流を使って重機で地下を掘り進んでいる彼女らからすれば、電圧がかかっているとはいえ金網を切るのは容易いだろう。そうなるとアドバンテージはこの一つめの踊り場までの階段分しかない。

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