01
旅に出る動機は簡単なものだった。
自分が書いていたブログに新しく開通した新幹線の写真を入れたかったのと、最近流行りだった原子力発電所の再稼働反対運動をこの目でみてやろう、ブログに記録してやろう、と言うものだった。
原子力発電所が再稼働するかどうかは、俺にとってはどうでもいいことだった。
ただ、原子力発電所がこれだけあるのに、今殆ど動いていないのはもったいない。
万一壊れたら、なんて考えても、どれもこれも同じ条件だ。停止状態だからといって被害が小さくなるわけでもあるまい。
正しい安全対策をして稼働させるべきだ、と思っていた。
そんなことを考えながら、最寄りの駅に付き、新幹線に乗る為に大きな駅へ向かった。
お土産やさんがいっぱいあり、華やかで明るい駅だった。
自分の乗る列車の二本程前の列車の先頭を人が入らないように撮影し、もう一つは自分を入れて撮影した。
乗る電車が入線してくるところも撮影し、自分の座席についた。
となりにも誰も座らず、一つ空けて後ろに人が座っていたぐらいだった。
発車時刻の頃には、もう少し人が入ってきたが、自分の周辺が埋まることはなかった。
最初は通勤とかで見慣れた風景を、新幹線からの見慣れないアングルから見るので、楽しかった。
次第にトンネルが多くなってくると、外の風景が見えなくなったので、買ってきたお弁当を食べ始めた。
いくつかのトンネルを抜け、お弁当を食べ終わったころ、辺りは雪景色だった。
そうか雪国へ行くような路線だったと、そこで初めて思い出した。
しっかりカバンの中にはダウンも用意しているし、着ているのは厚手のセータだったが、実際に景色を見るまではそんなものだと言うことは忘れていたのだ。
しばらくは窓の外の雪景色を見ていたが、やがてそれにも慣れてしまい、うとうとと眠っていた。
すると、今度は海が見えてきた。
雪景色、波打ち際が黒く見える。
いつの間にか雪が降り出していた。
白い雪は黒い海へ降り注いで消えていく。
陸地の白と海の黒、空のグレー、降ってくる雪の白さ。
俺は、ふと、この海に放り出されたらどうなるか、と考えた。
まるで、周りが海になったかのようにイメージが膨らむ。
荒くうねる波、冷たい海に何度も揉まれて、体がねじれ、回る。やがてどっちが上か下かも、わからなくなる。
苦しい……誰か助けてくれ……
死ぬ…… 息が出来ない……
パッと、風景が新幹線のものに戻る。何がきっかけだったのだろう。
「……」
俺は自分の手のひらを見つめなおした。動かした指が、その通りに見える。何も不思議なことはなかった。
また窓の外に視線を移す。トンネル、海岸、またトンネルと続き、トンネルを出ると、別の海岸にでる為、しばらくはその移り変わる景色を見ていたが、新幹線が少し内陸側に線路が進んでしまうと、海岸の景色もワンパターンに見えてくる。
車内の暖房のせいなのか、眠気が襲ってくる。
だが、そのまま眠ることは無かった。
列車が俺の目的の駅であり終点の駅についたのだった。
駅を出ると、通りに雪はなかった。
空にはグレーの雲が低く垂れこめていた。
宿泊先はもっと半島の方まで行った先だが、すこし歩きたくなった。
しばらく歩いて、地元のお酒を売っている店で幻の酒のいくつかや、有名なお寿司屋さんを外からスマフォで写真にとると、今日のネタはこれでいいか、という気になった。
新幹線、幻の酒、すし屋。そんな写真がいっぱい。
本当に実感したのは新幹線だけ。酒もすし屋も見て、通りすぎただけ。けど今日のブログはこれで事足りる。
別にリア充自慢する必要はない。
見た、というネタで文書を書ければそれでいい。
そこから在来線の駅に行き、半島行きの列車に乗る。
平日の昼間だからなのか、新幹線より酷い乗車率だった。
二両編成の列車は、ガラガラというディーゼルエンジンの音を時折響かせながら、雪で埋まっている以外、何もない田園風景の中をのんびりと走っていく。
目的地に近づいてくると、今度は山道で、トンネルと小さい橋、山にそってくねくねと曲がって走った。
車両の性能なのか、カーブが急すぎるのか、距離としては大してないのに、非常にゆっくりと進んでいた。
山あいの道が終わると、小さな町に入って列車は止まった。
「ここか」
列車が止まってから慌てて降りる準備をする。
なんとか出発までに列車を降りると、強い風が吹いて体が震えた。
俺は切符をボックスに入れると、無人の改札を通過した。
いや、左には人がいたような気がするが、他の客の対応をして切符をチェックするどころではなかったようだ。
本当に何もないロータリーに、一台、ワンボックスの車が止まっていた。
その車に今日泊まるホテルの名前が入っており、ああ、これが無料送迎車か、と思った。
助手席側の窓が開き、ドライバーが顔を出した。
「鎌田様ですか? 後ろの扉、扉を横に開けて乗ってください」
白髪の、皺の多いおじさんだった。
「はい。よろしくお願いします」
「はいはい。乗ったら出発しますよ」
「すみません」
俺は後ろのスライドドアを開けて、まっすぐ入ったところに席があった。
そこに座ろうとした。
「!」
雪景色から、暗い車の室内に入ったせいか、右手の後部座席が良く見えなかったが、人の気配がした。
あまり目線を向けるのも失礼だと思い、車のルームミラーなどを使いながら後部座席の人物を確認した。
ガン見出来ないので、何回かチラチラとみた感じから特徴的なことがあった。
後部座席に座っている人物は男のようだということ。
相当に大きな体格であること。まるでレスラーかなにか…… いや、レスラーを実際に見たことがないからどれくらい大きければレスラー並と言って良いのかのかわからなかったが、おそらくそう表現するのが正しいだろう、というくらい大きかった。
送迎の車が止まると、私は「ありがとうございました」と言い車からさっさと出てしまった。
座ったまま後部座席の人が通りすぎるのを待てば、ジロジロとその大きな体を確認出来たかもしれないが、同じホテルに泊まるのだから確認するチャンスはいくらでもあるだろう、と思った。
ホテルのオートドアの先には、黒い札に白い文字で今日の宿泊予定者が書いてあった。
そう言えばホテルを予約するときに色々と約款のようなものが色々かいてあったのはこれか、とあらためて思い出す。
俺はその札を見て、このホテルに原発再稼働反対の団体が宿泊しているのを知った。
オートドアを入ると、外の寒さを忘れてしまうほど暖かかった。
フロントで名前を書く前には上着を二つ程脱いでしまっていた。
鍵を渡され、ホテルの人が荷物をもって案内してくれる時、入口のオートドアが開いた。
さっきの後部座席の人物だった。
服装は休日のお父さん、といったカジュアルな服だったが、真っ黒いサングラスをしていて表情は分からない。俺を案内してくれる人も、すこし動揺しているようだった。
エレベータに乗ると、ホテルの人が言う。
「大きい人ですねぇ。色んな人がいらっしゃいますけど、初めて見るぐらい大きいですよ」
「一緒に車に乗っていたんですが、気づきませんでしたよ」
「同じ汽車でいらしたんですね」
「えっ、同じ列車じゃなかったと思います。さすがにあんな大きな人が乗ってたら気づきますよ。多分一本前とかじゃないですか」