第3節:ナイアたんはお人好しです。
ナイアが踏み込むと同時に、ナイア自身の三倍はあろうかというボーンドラゴンが死霊にあるまじき速度で左腕を振るった。
上位の死霊は、不死者へと変じる事もある凶悪な死霊であり、その力はモンスターの中でも上位に達する。
しかしそんなボーンドラゴンの一撃を、ナイアは苦もなく右腕で受け止める。
「温いですわ」
ズシン、と重い音が響くと共に、眼前で動きを止めたボーンドラゴンにホテプが掴みかかった。
『ふはは。みっちりと詰まった良い骨である! 肉付きのないのが惜しくもあるがな!』
ホテプの青い光を帯びた手が、咄嗟に振るわれた傘骨のような翼で防がれる。
しかしホテプの手が触れた途端、ボーンドラゴンの翼骨が、じゅわぁ、と音を立てて黒く染まり、ボロボロと崩れ落ちていった。
「なんだと!?」
焦った声を上げる黒いローブの男に、ナイアは巨大なボーンドラゴンの腕を払い、聖布を巻いた両腕を腰だめに構える。
「哈ァァ……」
ナイアが呼気を吐くと同時に、その体がホテプと同様の青い光に包まれ、急速に両腕へと収束していった。
輝きを増す両腕の光が、その漏れでた輝きだけでボーンドラゴンの動きを止め、苦しむように鳴き声を上げさせる。
「貴様、貴様ぁ! 何が死霊術士だ! たばかりおって! 貴様……聖女だったのかァ!!」
「わたくしは、聖女などではございません……」
輝きを安定させた拳を、ゆらりと軽く開いたナイアは。
掌底を打つ形に掌を広げ、大きく腰を落とす。
スリットからなまめかしく覗く太ももは力を込められて薄桃色に張り、美しい切れ長の目を細めた彼女は。
「わたくしは、魔王軍死霊団所属の肉弾系死霊術士……ナイア・メイリア・アウターですわ!」
宣言と同時に、ナイアは―――両手の掌底を腰から真っすぐに突き出して、ボーンドラゴンの胸郭に叩き込んだ。
「制・裁ィ!」
穿たれ、破壊された胸郭の中心に青い輝きが生まれ、周囲を真昼のように明るく染めながら炸裂した。
「ぎ、ぎぃやぁああああああああああ!!」
輝きに目を射られ、爆風を伴う青い光の爆発に巻き込まれた黒いローブの男が、その肉体を崩壊させて消滅して行く。
「どうやら、禁術によって不死者となりかけておったのがアダになったようじゃの」
「あん? ただの人間じゃなかったって事か?」
「うむ。邪悪な存在が、聖なる浄化を間近に受ければああなるのも必定よ」
のんびりと答えるルラト自身は、青い光を照り返しながらも浄化される気配がない。
そしてあぐらを掻いてその様子を見ていた俺にも、何の影響もなかった。
「お前は何で無事なんだ、骨野郎」
「我は死霊ではないと言っておるじゃろうが。カラッカラの脳ミソを少しは使ったらどうじゃ」
「ぐごぉうぁあ……!!」
スコン、とつむじに振り下ろされたルラトの爪先に、俺の意識も痛みと共に昇天しかける。
てゆーか、今ちょっと食い込んだぞ! ザクッて!
凶器過ぎんだろあの爪の先ぃ!
「手加減ってモンを知らねーのか、この骸骨ジジイ!」
「ほ、何度か突かれて少しは語彙が増えたかの?」
我の教育指導も大したもんじゃ、と言いながら、ルラトはナイアに目を向けた。
「少しは気が済んだかの?」
「元々、気分を害してなどおりませんわ。ただ、身の程を分からせて差し上げただけです」
ツン、と明らかに拗ねた様子でそっぽを向くナイアの後ろで、ホテプが今度はサイドチェスト―――左腕を右手で握って胸筋を強調するポーズ―――を取って、勝利と筋肉を誇示している。
『朕の筋肉を前に、肉もついていないナーガ如きでは、道端の石ころよりも脅威度が低いのである!』
「ま、何はともあれ、任務は完了したの。次は小僧の事じゃが」
ルラトが俺に目を向けると、シャリシャリと音を立てて顎骨を指先で撫でる。
「どうする気じゃ? このままアジトに乗り込むのかの?」
「んー、あんま時間を掛けたら逃げられそうな気もするけど……普通に考えたら俺が負けるとは思わねーだろうしな」
俺はバリバリと、額当てを巻いた自分のボサボサ頭を掻く。
「ナイアも疲れてるだろうし、一回、マンサの街に行こうぜ」
「なら、後はナイア嬢次第じゃな」
「コープ様もこう言っておられますし、一度街へ向かいましょう。疲れてはおりませんが、ちょっとお腹が空きましたわ」
ナイアが恥ずかしそうにお腹をさすると、小さく、くぅ、と可愛らしい音が鳴った。
俺はニヤリと笑い、ナイアに向かって言う。
「任せとけ。マンサの街は俺の庭だ。とびっきり旨い飯をゴチソウしてやるよ」
「まぁ、本当ですの!?」
キラキラと目を輝かせるナイアに、俺はふと、思いついた事を彼女に伝えた。
「なぁ、ナイア」
「なんですの?」
「旨い飯をごちそうする代わりって訳じゃねーんだけどさ」
俺が思いついた事をボソボソと彼女に伝えると、彼女は軽く微笑んで首を傾げた。
「何だ、そんな事ですの? お安い御用ですわ! でも、貴方と違って完全に健康なゾンビには出来ないと思いますけれど」
「だからな、ナイア嬢。おぬしの作ったのはゾンビではむぐ」
俺は余計な事を言うルラトの口を手で塞いで、ナイアに頷いた。
「別にそれで良いよ。だからさ、やってくんない?」
俺のお願いを聞き入れたナイアは、術を行使した。
なんだかんだ言いつつお人好しなんだろうな、と俺は思う。
そんなお人好しなナイアに感謝しつつ、俺は街に戻って彼女にたくさんの飯を喰わせると。
一晩明けて自分達のアジトへと、ナイア達を案内したのだった。