第35節:ナイアたんは絶望します。
「オォォォオオオオオ……」
セクメトの槍に核となる部分を貫かれたファントムが消え去り。
「ぎゃあああああああ……」
ジャンヌの剣に両断されたバンシィが、血を振り撒きながら絶命する。
「どうやら、儂らが手を出すまでもなく終わったようじゃの」
「ああ。後はドラコンのみダ」
現れた死霊の群れを八割がた二人で殲滅したケルドゥとキングズが、二人の危なげない戦闘を見て頷きあう。
邪龍とナイア死霊団も、生きている連中が多少負傷したようだが死者もなく無事なようだ。
全滅した自分の師団を見回して、呆れたように呟くドラコン。
「やれやれ……それで、これからどうする気?」
「決まっているでしょう。貴方を滅ぼすのです」
ドラコンは、後方で見ているしかなかった俺を指差した。
「俺を殺したら、コープも死ぬんだってば。それとも、俺から彼の魂を剥がして再び自分のものにしてみる? 言っとくけど、俺、全力で蘇生の邪魔するからね。魂が昇天したら、聖霊でもない、英傑でもない彼くらいの格じゃこっちには戻ってこれないよ。それに、蘇りなんて言うけどさ」
ドラコンは、ナイアから目を外してルラトを見た。
「ルラトは暗黒剣封印の為にこの世に魂を留め続けていたから、君でも召喚成功したんでしょ? 一度昇天した魂は普通は輪廻の波に呑まれる。この世で、真の蘇りなんて、いないんだ」
「……ッ!」
ナイアが歯噛みし、ドラコンは相変わらず気に障るへらへら笑いを浮かべながら、彼女に対して告げた。
「俺の不死師団を壊滅させてくれた。君たちには俺に手を出す術がない。もう君以外皆殺しでも良いんだけど、やり過ぎるとアブホース伯爵が怖い。だから……」
ス、とドラコンは表情を消して、ルラトを指差す。
「ルラトさえ殺せば大人しく引き下がるよ。彼を昇天させてくれないかな?」
「そんな条件を……」
「呑まないなら皆殺しだ。正直、今となっては君の軍団において、本気のルラト以外は脅威じゃない。だから、彼の魂一つで手を打とう。良いかい、これは最後の譲歩だ。俺も死にたくないからね」
巨神の力を邪気として取り込んだドラコンには、確かにもう、地上で相手になるのは闇の夫妻かルラトくらいなんだろう。
「……仕方がないの」
「ルラト!?」
差し出せと言われた本人の承諾に、ナイアが声を上げる。
暗黒剣から邪気を納めたルラトは、鉄仮面の奥からナイアを見る。
「ナイア嬢。一度望んで生を手放した我よ。……おぬしは小僧と共に生きよ」
「嫌ですわ! 許しませんわ、ルラト!」
幼子のように首を横に振るナイアに構わず、ルラトはトラペゾ・ケースを鞘の形に戻すと、ゴストンの姿に戻ってそのまま崩れ落ちた。
「……小僧」
カタカタと手の中で骨が鳴り、俺がマントの結び目を慌てて解くと、ルラトの骨が継ぎ合わさって立ち上がる。
自分の骨に再憑依したルラトは、そのままナイア達の元へ向かおうとしたが、俺はその背中に声を掛けた。
「ルラト」
「小僧。……いや、コープ」
「……!」
ルラトが、初めて俺の名前を呼んだ。
「ナイア嬢を、守り抜かねば、許さぬぞ」
「……ふざけんなよ……」
俺も納得いかねぇ。
あんな物言いに、みすみす従うようなルラトだとは思っていなかった。
「何か、手があるんじゃねーのか」
しかしその問いかけに、ルラトは答えなかった。
歩むルラトに、どう問いかけて良いか分からないままついていく。
ルラトは仲間たちの顔を見回し、目の中の鬼火をチラチラと揺らがせた後、一番前に進み出てドラコンを見上げた。
「ナイア嬢が嫌がる事をさせる訳にはいかぬでの。おぬしがやるのじゃ、ドラコン」
ルラトの呼びかけに、ドラコンが歓喜の笑みを浮かべて宙から降りてくる。
「潔いね。俺、そういうお前が大っ嫌いだったよ。だから、すっげー嬉しい」
ギラギラとした目は、ドラコンのルラトに対する恨みの深さ故か。
「ルラ……」
『ナイア。もう、やめるのである』
受け入れられない。
そう言わんばかりの、泣きそうな顔のナイアの声をホテプが遮った。
『ルラトが覚悟を決めたのである。……朕らが大切に想う、ナイアの願いを、叶える為に、であるぞ。諸共に死すが、望みであるか」
ホテプの声は、常とは違う本当の威厳に満ちた声音で。
今まで全然信じられなかったが―――ホテプが王だった、というのは、案外本当なのかも知れなかった。
「……わたくしは」
ホテプの言葉に、胸元を手で押さえるナイアからこぼれた涙を見て、俺はルラトに目を移した。
お前、本当にそれで良いのかよ、ルラト。
ナイア、泣いてんだぞ……!!
しかし、猶予はない。
ドラコンが鋭く伸ばした爪を持つ手を、突きを放つように引き。
「……死ねぇ!」
奴が歓喜と共に放った一撃は。
「……コープ様!!」
ダッシュで二人の間に体を滑り込ませた、俺の土手っ腹を、貫いた。