第34節:ナイアたんは連携制裁します。
「ホテプ!」
『うむ! あの卑劣なる小物を、朕の筋肉によって叩き直してくれるのである!』
ナイアが横に腕を振るうと、ホテプが魂の尾をナイアの背中に突き立てた。
軽く体を硬直させた後、ホテプがリラックスの姿勢を取り、仮面の瞳をナイアのルビーの瞳と共に輝かせる。
「今回ばかりは、最初から全開ですわあああああああ!!」
ナイアが、ゲルミル・ゾンビに挑みかかった。
おんぎゃああああああ! と泣き声を上げる四つ這いの異形の頭上へ一気に跳ね上がると、その頭部にフライング・ニー・ドロップを浴びせかける。
頭を地面に叩きつけられたゲルミル・ゾンビの前に着地すると、ホテプが両手を握り込んだ。
『実体化!』
ホテプが宣言すると同時に、彼の両腕が実体化した。
『オラオラオラでああああああああああるッ!』
顔を上げた瞬間に、顎に一撃を叩き込まれて上体が直立する程に頭を弾かれるゲルミル・ゾンビ。
胸元へ、凄まじいラッシュが轟音と共に叩き込まれて行く。
腐れた肉がへしゃげ、布のように垂れ下がった皮が踊り、一撃ごとに陥没する肉が、骨が、聖気に焼かれて白い煙を上げる。
ラッシュの終わりに、細い石を乱雑に叩いたような外見と化したゲルミル・ゾンビに、溜めを作って待っていたナイアが、両腰に構えた掌底を一気呵成に叩き込む。
「流星の如く……勢ッ!!」
ボ、と冗談のように胸に大穴を空けるゲルミル・ゾンビだが、一瞬の静止の後に即座に再生した。
「!?」
『ぬぅ!?』
「無駄だよ。ゲルミル・ゾンビのコアは俺が取り込んでる。その肉塊は不死身さ」
飛び離れたナイアにドラコンが言い、揶揄するように声を上げる。
「聖女ナイア。頼むから大人しくしててくれないかな? 君を殺さないようにするの、正直手間だしさ」
「ドラコン=ストーカー……!」
忿怒の顔でドラコンを睨みつけるナイアは、自分の胸に手を当てて背筋を伸ばした。
「わたくしは聖女ではありません! ネクロの都に住むアブホース・アウター伯爵の娘の一人……G級死霊術士、ナイア・メイリア・アウターですわ!」
「へぇ、まだそんな戯言を言う余裕があるんだ……」
「必ず貴方を、その肉体だけでなく腐り切った性根ごと、叩き潰して差し上げますわ!」
「どうやって? 俺を殺せば、コープも死ぬって言ってるのに! いでよ、不死師団よ!」
ドラコンの周囲に幾つかの召喚魔法陣が浮かび上がり、そこからゾロゾロと死霊たちが現れた。
ゾンビ、スケルトン、スペクター……その他諸々の妖魔達。
そこに、周囲の巨人達を倒し尽くしたらしいゴストン率いるナイア死霊団が駆けつけてきた。
「ナイア様! 助太刀致します!」
「ゴストン! 貴方の肉体をルラトに!」
ナイアが、今度は襲いかかってきたゲルミル・ゾンビの攻撃を受け止めながらゴストンに鋭く命じる。
ゴストンは頷き、即座にルラトに向き直った。
「ルラト様。どうぞお使い下さい」
「……良いのかの?」
躊躇う様子のないゴストンに、ルラトが低く訊ねると、ゴストンは表情も変えずに頷いた。
襲い来る死霊達とゲルミル・ゾンビと交戦するナイアに目を向けながら、小さく答える。
「残念ですが、私では最早この場で盾以上の役には立ちませんので……」
「よし。……憑依」
それ以上、ルラトは躊躇わずにゴストンへ手をかざした。
グルン、とゴストン白目を剥き、こちらに背を向けたルラトの体が崩れ落ちた。
白目を剥いたゴストンがそのルラトのマントの端を掴んで骨を散らばる前に支え、口からルラトの声を漏らす。
「纏われ、『トラペゾ・ケース』」
暗黒剣の鞘が闇の塊と化してゴストンの体に纏わり付き、肉を貫く音を立てて漆黒の鎧騎士へと変貌する。
暗黒剣ダークネス・トラペゾヘドロンを携えた騎士、ネフレン・カルラートだが、鉄仮面は変わらないものの鎧は軽装鎧へと変化し、暗黒剣が両手剣からブロードソード程度の長さに変化していた。
「ふむ。然程の力は使えんの。小僧の肉は随分我と相性が良かったのじゃな」
ルラトは、自分の元々の肉体をマントで包み込むと、俺に向かって放り投げた。
「おわ!?」
「持っておれ、小僧。そして下がれ」
「何でだよ! 俺も……」
いやそりゃ戦うのは嫌いだけど流石にこの状況は、と言いかける俺の言葉を、ルラトは遮った。
「今死ねば、そのまま昇天するぞ。おぬしの今の主人はドラコンじゃ。この状況で、奴がおぬしを蘇生すると思うか」
「……!」
そうだ。俺の命を握っているのは今はドラコン。
多分、奴にとって価値があるから生かされているが、歯向かったら殺そうとする可能性があるのだ。
「いや、でもさ」
「ナイア嬢の戦う意味を奪う事は、我が許さぬ」
それだけを言い置いて、ルラトは自分も戦場へと駆け出した。
「なんだよ、ちきしょう……」
俺は、歯噛みしながら仲間達の戦いを見守った。
※※※
ナイア死霊団が交戦を始めると同時に、少し離れた場所で見守っていたらしいケルドゥ達も動き始めた。
「怨念剥離……」
ケルドゥが杖を構えて怨霊の群れを放つと、呑まれたスケルトンの軍団が魂を食われたのかバラバラとその場に崩れ落ちる。
「ひぇっひぇ。仮にも呪詛師団の長であった儂と……」
続いてキングズが、別の方向から迫っていたゾンビの群れへと突っ込み、両手の斧を振るって嵐のように突き抜け、力任せにゾンビを肉塊に変えた。
「魔獣師団の長だったオレを相手に、雑魚を幾ら産んだところで無駄ダ」
タッグを組んだ元師団長の二人は、ケルドゥが雑魚を怨霊によって食い荒らし、残ったドラゴン・ゾンビや死霊騎士を相手にキングズが取っ組み合いを挑む様相を呈し始めた。
また別の場所では、セクメトとジャンヌがルラトに体を貸し与えたゴストンを見送った後に、ナイア死霊団と邪龍を率いて戦い始めている。
「どうでも良いけど、元部下がああも簡単に師団長に蹂躙されているとあんまり気分が良くないわねぇ」
「意思なき操り人形だろう?」
「あら、上位の連中はそれなりに自我を保ってるわよぉ」
セクメトの言葉に、ジャンヌは鼻を鳴らした。
「なら、付く側を見誤ったという事だ」
槍を構えるセクメトに、戦乙女と成ったジャンヌが直剣と小楯を構える。
「スペクターは邪龍どもにやらせよう。元々盗賊団の連中では精神抵抗出来まい」
「そうねぇ。ん?」
それぞれに駆け出そうとした二人の前に、同じく二つの影が立ちふさがった。
一人は半透明な骸骨の魔道士、もう一人は両目の下に血の色の筋を描いた鬼女だ。
「不死師団の裏切り者、セクメト」
「やっぱり、所詮は人間だったねぇ! アタシらが殺してやるよぉ!」
「……何だ、こいつらは」
「怨邪霊隊長ファントムと、妖魔鬼隊長バンシィよぉ。ドラコンに特に忠誠の厚い奴ら」
「強いのか?」
「然程でもないわよぉ」
「「ほざけ!!」」
セクメトに襲いかかったファントムは、ゆらりと姿を揺らめかせて背後から爪で彼女を襲うが、あっさりと槍で受けられる。
ジャンヌに対峙したバンシィも、硬直の叫びを口にしようとした瞬間に距離を詰められ、顔に小楯を叩きつけられて攻撃を中断させられた。
「なるほど、大した事がない」
「でしょぉ?」
そのまま、二人はそれぞれにファントムとバンシィを相手にし始めた。
そして、ナイア達は。
「セィイ!!」
ゴッ! と炸裂風を巻き起こして四つ這いの姿勢で頭突きを敢行したゲルミル・ゾンビの額に拳を打ち付けて拮抗し、ゲルミル・ゾンビの動きが止まったところでルラトが脇から攻撃を加える。
「吸気」
一息に無数の剣撃、細切れになった脇腹の肉がボトボトと地面の落ちるが、滴る腐汁と血液が宙に止まったかと思うと、巻き戻すように脇腹が再生する。
『ぬぅん!』
ホテプが、ナイアに止められたゲルミル・ゾンビの頭に指を組んで鉄槌を振り下ろすが、そうしてへしゃげた頭も即座に再生した。
「堕ちたりとはいえ、神の肉体は厄介じゃの」
「それでも、倒すのです! ドラコンからコープ様を取り戻す為に!」
引く意思を見せないナイアに、ルラトが助言する。
「ならば、ナイア嬢。我が留める故、聖気を溜めるのじゃ」
「どのくらいですの?」
「そうさの……」
ルラトはちらりと宙に逃れたドラコンに目を向けてから、答えを口にする。
「ゲルミル・ゾンビの肉体を丸ごと吹き飛ばせる程度じゃ。やれるかの?」
「やれるかやれないかではなく……やるのですわ!」
「良いじゃろ。全て塵にすれば、再生までは少し間があく。その間に、ドラコンを潰す」
二人のやり取りを聞いて、ドラコンは肩を竦めた。
「出来っこないよ。今の君じゃーね」
「あまり我を舐めぬ事じゃ」
ナイアが下がり、ルラトが軽く力を抜いた姿勢で剣を構える。
そこからの死闘は、正直俺如きじゃ何が起こってるのかあんまり分かんなかったけど。
あれだけ強いルラトが、全力で体の各部を切り刻みながら基本的に防戦に徹していた事からも、ゲルミル・ゾンビの凄まじさくらいは感じられた。
息を呑んで見守っていると、すげぇ長く感じた時間も、やがて終わりを告げる。
「ルラト」
ナイアの呼びかけに、タイミングを計ってルラトが退き。
ナイアとホテプが、両手がそのまま光と化したかのような聖気を纏って突撃する。
『朕が頭を。ナイアは腹を狙うのである!』
「心得ましたわ!」
ゲルミル・ゾンビの片腕はルラトによって刻まれて再生中、もう片方の手を振り上げるが、それはナイアの頬を掠めて外れた。
『行くぞ! 筋肉二連撃!』
ホテプの一撃目はゲルミル・ゾンビの顔を貫き、二撃目は胸元へ。
宙吊り状態の、ゲルミル・ゾンビの腹に、ナイアの両掌底による必殺の一撃が叩き込まれる。
『「制ィ、裁!」』
ナイアとホテプ、二人の声が重なり、カッ、と閃光が草原を覆い尽くした。
光が治ると、そこには、黒焦げになったゲルミル・ゾンビの肉体と、動きを止めた二人の姿があり。
ゲルミル・ゾンビの肉体全てが、一呼吸置いて塵と化し、崩れ去った。