第30節:ナイアたんは期待しています。
「うえぇ……マジでか……」
邪龍に乗ってひとっ飛び、街道の先に広がる平野に降りようとした時に、遠くから平野へ入ろうとしている巨人の一団が見えた。
人間の三倍はある腹の出っ張った集団は棍棒系の武器を持って鎧を着込み、整然と動いている。
「それで、これからどうするんダ?」
平野の端に降り立った俺は、キングズの問いかけにナイアに従う者達の全容を見た。
巨人に勝てそうなのは、S級のナイアと、それにタメ張るルラト・ホテプ。
……肉を与えればルラト一人でも行けそうなんだけど、そのつもりはないらしい。
ナイアとホテプは、死霊相手じゃない限りただの肉弾コンビだから全部を殺すのは時間が掛かるだろうし、その間に奴らが襲ってこない保証もない。
次に多分A級くらいの、キングズ・ケルドゥの魔王軍幹部級。
同じ巨体を誇る邪龍達。
ちなみに、先代に蹴散らされたキングズ配下のコング種含む魔獣師団は、邪龍に乗せ切れないので置いてきていた。
一段下がって、ジャンヌとセクメト。
そんで俺と同じ位の強さのゴストン。
他、ナイア死霊団の生きてる方と死んでる奴ら。
「……逃げるか」
「小僧」
「ごぶぁ! 何しやがる骨野郎!」
いきなり額を突いて来たルラトに、俺は歯を剥いた。
「逃げてどーするんじゃ。蹴散らす為に来たんじゃろが」
「っざけんなよ! あぶねー事はしねーってむぐっ!」
俺はいきなりルラトの手で喉を握られた。
あれ? なんかすっげー怒ってる?
目が笑ってない……って骸骨の表情が分かるようになってる自分が嫌だ!
ルラトは、背後で様子を見ているナイア達に聞こえない、低い声で告げる。
「……言ったじゃろ? ミンチにしてやるとの」
ナイアの足を見ただけで!?
ちょっと今までマトモに見れなかった内太ももをじっくりと眺めただけなのに!!
混乱していると、ルラトはトン、と俺の胸に指を立てた。
「小僧。おぬしには他にない武器があるじゃろうが。一人でも十分な武器がの」
武器? と一瞬疑問を感じて、即座に気付く。
ルラト……この骨野郎、貴様、まさか―――!
「胸の爆弾と一緒に、突っ込んで来るんじゃ」
「鬼かてめぇはあああああああああああああああああ!!!」
マジで俺に肉片になれってのか!?
見た目と一緒で血も涙もねぇな!!
「小僧。……拒否権があると思わん事じゃ」
ルラトが、コンコン、と喉を掴んでいるのと逆の手で暗黒剣の柄を叩く。
「肉片になると同時に永劫の苦しみに魂を呑まれるのとどっちが良いのじゃ?」
「どっちも嫌に決まってんだろうがああああああ!!!」
「『どちらかと言えば』、どっちが良いのじゃ?」
グハァ!! マジで拒否権がねぇ……ッ!!
「そりゃ、どっちがって聞かれりゃ……」
「なら、行く事じゃ」
カタカタカタと笑いながら、ルラトが手を離す。
「大体おぬし、今まで一個も賑やかし以上の役に立っとらんではないか」
「そりゃ役に立つとか言ってねーし」
賑やかしてるつもりもねぇ!
俺はただ、ついていくっつっただけだ。
ホントなんでこんな事になってんだ?
「ゴストン」
「 ハッ!」
それでも渋る俺に、パチン、とルラトが指を鳴らすと、シュバッとゴストンが近づいて来た。
お前ら、一体いつからそんな関係になりやがった。
「分かっておるの?」
「心得まして」
ゴストンは耳打ちしたルラトに生真面目な顔で頷くと、ひどく芝居掛かった仕草で大声を張り上げる。
「ナンダッテーーーーーーーッ! ナイア様、コープが貴女様の為に巨人師団を一人で倒してみせると言っておりますぞーーーー!!」
「この腹黒がアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
阿吽の呼吸で退路を塞ぎに来やがったァ!!
前に巨人兵団、後ろにルラトの脅し、左右の堀をゴストンに埋められて……。
「まぁ、コープ様がついにゾンビアタックを見せて下さいますの!?」
「ンな訳が……」
「あるのう、小僧?」
反射的に言い返そうとする俺に、背中を揺すって暗黒剣の重い音を鳴らすルラト。
押し黙る俺を、キラキラとナイアが期待に満ちた目で見る。
やめろ! そんな目で俺を見るなッ!
「コープの坊やがぁ?」
「あまり期待出来んと思うが……」
セクメト、ジャンヌのハーレムコンビが眉をひそめ。
「強いのかのう、あのフレッシュゴーレムは」
「そうは見えないんダが」
ケルドゥとキングズの新入りコンビが首を傾げるのに、ホテプが腕組みをして頷く。
『うむ。あの小僧は筋肉美得ておらぬ雑魚である!』
「雑魚って言うな! お前らが規格外なんだろうが!」
まぁC級だけどな! ぶっちゃけこんな人外戦闘に参加出来るようなレベルじゃねーよ!!
つい一ヶ月前までただの盗賊だぞ!?
「ま、死なぬし良いじゃろ?」
「ですわね」
『死す事でますます筋肉を鍛え上げるのである! 朕のように!』
「ダメで元々だろう」
「まぁ、誰も損はしないわねぇ」
「邪悪な死霊団の尖兵にはゾンビが相応しいしな」
「ふむ、余興らしいぞよ、キングズ」
「昔オレが、あの男のせいで喰い逃した獲物ダ。他に喰われるなよ」
……どいつもこいつも!! と肩を震わせていると、ナイア死霊団の連中も調子に乗り始める。
「さぁっすがコープぅ!」
「俺たちにゃ出来ねー事だー!!」
囃し立てる連中の内、死んでる方の頭に黙って投げナイフを打ち込んだ俺は、ナイア達に背を向けてヤケクソで叫んだ。
「やってやらぁ! やりゃいいんだろやりゃァ!」
睨み据えた先には、こちらに気付いたのか部隊ごとに分かれて半円の陣形を組んだ巨人師団が存在している。
草原の端にいるのに、その巨大さで凄まじい重圧を感じる。
人数も多い向こうは、こちらを包み込んで潰そうとしているのだろう。
それが仇になるようにしてやるわ!
「おお、小僧がようやく覚悟を決めたの」
「昔から土壇場のクソ度胸だけはありますので」
「素敵ですわ……」
『む。ナイアが筋肉美と死霊以外に反応するのは珍しいのである』
好き勝手言いやがって、追い詰めたのはお前らだろうが!
俺は、ナイフすら抜かないまま走り出した。
「デカい図体のウスノロどもぉ!!」
あらん限りの声で叫ぶと、聞こえたのか巨人達が反応を見せた。
昔からそれだけはデカいと先代に言われていた大声を、さらに巨人師団に叩きつける。
「お前らなんか俺一人で十分だあああああああああッ!!!」
そんな俺の、安い挑発に乗ったのか、別の理由か、一際デカイ巨人……巨人師団長のゲルミルが、ス、と手を挙げる。
「突撃!」
声と共に、巨人達が進軍を開始した。
見る見るうちに巨大な兵士たちが俺の視界の中で大きくなっていき、前と左右が肉の壁に覆われて周囲が見えなくなる。
それでも真正面の巨人に向かって走る足を止めなかった俺は、ついに先頭の巨人が棍棒を振り上げたところで。
胸元から取り出した宝玉を、思いっきり地面に叩きつけた。