第29節:ナイアたんは無理強いしません。
気付いた時には、全身が硬直したように動かなかった。
ちょっと混乱したが、すぐに再生した目が光を感じるようになって、眉をしかめた。
眩しっ……!
と、思った瞬間、俺は凄まじい力で引っぱられた。
何だよ!? ってか痛ぇ!!
腕の肉がブチブチと音を立てたが声を上げる事すら出来ず、俺はようやく眩しさに慣れて周りが見え始めた視界に、ぼんやりと映る髭面の男を眺めた。
「先、代」
口が痺れたみたいにろれつが回らないけど、どうにか言葉を口にする。
多分、今俺の体は瓦礫に押し潰されて再生している最中なんだろう。
先代に腕を掴まれて、ぶらんと宙にぶら下げられてるのに気付いた俺は、首を曲げて下を見た。
血まみれの瓦礫の山があり、俺の真下の瓦礫が退かされてそこにぽっかり穴が開いている。
どうやら、俺は崩れた崖下から先代に救出されたらしい。
ぶら下げた俺をねめつけながら逆の手でジョリジョリとヒゲをさすった先代は、口を曲げて問いかけた。
「……生きてるかぁ?」
「とっくの昔に死んどるわ! 今も一回死んだけどな!!」
完全に上半身が再生した俺は吼えた。
足にも痺れたような感覚が戻り始め、何ヶ所か破れたズボンの中でペタンコになっていた下半身が形を取り戻していくと、痺れたような熱い感覚がじんわりと戻ってくる。
「てめぇコラ! やり過ぎちまったとかじゃねーだろコレ!!」
俺は崖が崩れる前の先代の言葉にツッコミながら、遥か頭上に見える森を指差した。
崖の後ろに広がっていた森の手前から全てが瓦礫の斜面になっていて、ちゃっかり森に避難していたらしい闇の夫妻と、ナイア死霊団の内の生きている連中がこちらを見下ろしている。
「他の連中はどうした!?」
「あん? 邪龍は飛んでる。別嬪さんと骨の奴、それにゴストンとツレもその上だ」
崖よりもさらに上を見上げると、確かに邪竜達が空を舞っていた。
「ああ、ちっこい女の子はゴストンが掬い上げて邪龍にぶら下がったな。落っこちたのはお前と他の死んでる連中だな」
「いや助けろよ!」
どうせ再生するからとか見捨てやがって!
「実際ピンピンしてるんだからどうでも良いじゃねぇか」
「痛ぇもんは痛いんだよ!」
実際は痛みを感じる暇もなくペッタンコになってたみたいだが。
埋まった他の連中はキングズが鼻を利かせているようで、次々と斜面を飛び回る彼に掘り出されてはそこら辺に放り出されている。
そこに邪龍の一匹が舞い降りてきて、背中に乗ったルラトが言った。
「小僧。さっさと元に戻らんか」
「見捨てといて一番に言う事がそれか!」
骨野郎め、いつか覚えてやがれ!
「ケルドゥの話では、巨人師団はおそらく山を迂回する道を辿っているようじゃ」
ルラトは俺を無視して、聖王国の方角を指差した。
同じ邪龍の背にいるナイアが小さく頷く。
……うん、背中に跨ってるから足が完全に見えてる。
内太腿の白さが太陽の光受けて、芸術のように輝いている。
こう、邪龍の黒い体を背景にすらっと長く伸びたそれは、膝頭もふんわりと柔らかく折れ、ピンと張りのあるふくらはぎからブーツに包まれた足までの曲線は思わず息を呑む程だ。
凄まじく眼福なのに、ルラトがスッとマントを広げて視界を遮った。
「おい、何しやがる骨野郎」
「後でミンチにしてやるぞ、小僧。完膚なきまでにの」
ぐぉぉぉ、何だこのプレッシャーは!
普段から不気味な目が、あまりの殺意に真っ赤に染まってやがる!!
しかしそんな俺たちのやり取りが何を意味するのか気付いていない様子のナイアが、きょとんとしてから話を先に進めた。
「街道を辿っているのなら巨人の体では山を抜けるより進軍が速いでしょうし、聖王国に着くまでに追いつきたいですわね」
「理由は?」
どーせしょうもないんだろ、と思って問いかけると、ナイアは真剣な顔で言った。
「聖域は聖なる気配が強過ぎて気分が悪くなってしまいますもの」
「お前は自分が身に纏ってる『それ』が何なのかもう一回考えろ」
何だ、普段から青白いのはそれが理由か?
ナイアは、そんな俺に対して訝しげに俺を見下ろした。
「え? わたくしが纏っているのは邪気ですわよ?」
「まだ言うか!!」
な訳ねーだろ! 妄想も大概にしやがれ!!
「じゃ、後は頑張れよぉ」
ポイっと俺を放り出した先代が、ハンマーを肩に乗せてヒラヒラと手を振る。
「え? 来てくんねーの?」
「何ぁんで俺っちがお前らの遊びに付き合わなきゃなんねーんだよ。そろそろ寝ぐらに帰って飯だ」
……こっからワンサイート山までどんな速度で帰る気だこのおっさん。
「お父様とお母様も帰るとおっしゃっていましたわ」
ナイアがのほほんと言うが、戦力ダウンも甚だしいな。
「めっちゃ強そうな巨人相手に、ルラト一人か……」
「何じゃ、また肉を剥いで良いのかの?」
「ゴストンにしとけよ!!」
何でわざわざ俺から剥ぐんだよ!
あの強さなら片腕無くても余裕だろうが!
「大体ナイア、先代を配下に加えるとかいう話はどうなった!!」
戦力ダウンは極力避けたい!
危険が増す!!
「え? そんな、嫌がっているものを無理強いは良くないですわ」
「お前どの口がああああああああああああ!!! 最初に、嫌がる俺を縛り付けて逃げようとしたのを防いだのお前だったよな!?」
「だってコープ様はわたくしのゾンビですし」
「俺がいつお前の所有物になった!?」
「生き返らせた時だと思いますけれど……」
「違う!! なんか論理的に感じるけど違う気がするうううう!!!」
何だ、まるで殺された俺が悪いみたいじゃねーか!!
「小僧。つべこべ文句言わずにさっさとせい」
ルラトの合図でふわりと宙に浮いた邪龍が、爪先で俺を引っ掛けて空高く飛び上がった。
「うぉおおおお!? 怖ぇ! 俺も背中に乗せろよ!」
「残念ながら定員オーバーじゃ。諦めい」
眼下で、残りの邪龍に乗り込んだナイア死霊団次々と追従し、それを先代と闇の夫妻が手を振って見送るのが見える。
「ちょ、頼むから来いって! 次の相手巨人なんだろ!?」
『大丈夫である!! デカい図体にかまけて腹の出っ張った巨人如き、朕とは筋肉美を比べるべくもないのである!』
「お前は黙ってろこの脳筋がああああああ!!!」
しかし俺の絶叫は、誰の心も動かさなかったようだった。