第2節:ナイアたんは、地獄級です。
「ふむ、獲物が自分から倒されに来たかの?」
ルラトの言葉に、黒いローブの男が陰気な声で答えた。
「ゾンビどもが倒された気配を感じてな。たかが盗賊団相手におかしいと思ったら案の定だ」
黒いローブの男はナイアに言った後でルラトとホテプに目を向け、鼻を鳴らした。
「スケルトンにスペクター……貴様、我が同類か?」
男の問いかけに、ナイアが一歩前に出る。
「わたくしは魔王軍死霊団所属の死霊術士にしてアブホース・アウター伯爵の娘の一人、ナイア・メイリア・アウターですわ」
またしても裾を広げて優雅に一礼するナイアの後ろから、俺が座り込んだままスリットを覗きこむと、ルラトに頭を蹴られた。
「いってーな! 何すんだよ!」
「堂々と覗いとるからじゃろうが、エロ小僧」
「いや、ぜってーわざとだろアレ!」
自分から見せてるもんを見て何が悪い!
そんな俺達のやり取りを聞いて、ほんのり耳を染めながら楚々と裾を下ろすナイア。
くっ、骨野郎、俺の眼福タイムを邪魔しやがって……と俺が歯を鳴らす間にも、黒ローブの男はなんかシリアスに話を進める。
「魔王軍……それにしては闇の気配が薄いようだが、貴様、等級は?」
偉そうな黒ローブの男に、ナイアが大きく胸を張って答える。
「G級ですわ!」
「G級だと……? 私もナメられたものだな。たかがスペクターを憑依させられるだけの見習い以下の相手を寄越すとは」
等級とは、正式には職業等級と呼ばれるものだ。
人間がその魂に刻まれた適性をどれだけ伸ばしているかを、魂の情報を読み取る特殊な才能を持つ『等級鑑定士』が測り、ランクを決める。
G級と言うのは、SからFまであるランクのさらに下……『適正なし』のランクである。
大体、人間の才能というのは八割G級で二割がF級、そこから一つに特化して才能を伸ばしてB級が限度と言われている。
AだのSだのはバケモノの領域だ。
それでも、最初の適性検査でG級と判断された才能を伸ばそうなんて奴はフツーいない。
相手にナメられても仕方がないが、ナイアはピクリと眉を震わせた。
「ゴミ……? それは聞き捨てならないですわね」
『朕をスペクター呼ばわりとは、無礼千万である』
二人が怒ったのか、と思った俺だったが、そうではなかった。
二人は、凶悪に笑っていた。
「おしおきが必要ですわ」
『同感である! 朕の筋肉美の素晴らしさを見るがよい!』
ナイアの後ろに踏ん反り返るホテプの巨体にナイアから何の力が流れ込むのが見え、ズゴゴゴ、とホテプの巨体が膨れて、同時に存在感が増す。
「な、なんだぁ?」
「『聖魂共鳴』だの。どうやらナイア嬢とホテプは本気になったようじゃの。奴は言ってはならん事を口にした」
「何だ聖魂共鳴って」
「聖剣と勇者、あるいは聖なる者同士が結ぶ絆の力により、聖なる力が増大する現象の事じゃ」
聖なる力の増幅って、どう見ても魔神がマッソーポーズを取りながら魔女を加護してるようにしか見えないんだけど。
「わたくしのG級を、そんじょそこらのG級と一緒にしないでくださいませ! わたくしは断じてガベージではございませんわ!」
ナイアが猛り、再びホテプが魂の尾をナイアの背中に突き立てる。
「は、何が違うと言うのかね!? いでよ、ボーンドラゴン!」
黒ローブの男が馬鹿にしたように告げ、彼の周囲に邪悪な魔法陣が描かれたかと思うと、次の瞬間に巨大な骨の龍が出現した。
「うげ!」
「ガベージ級の分際で、C級である俺の邪魔をした事を後悔しろ!」
ボーンドラゴンは上位の死霊だ。
流石に分が悪いんじゃ、と心配する俺をよそに、ナイアが優雅に自分の胸元に手を添えた。
「そちらこそ、命乞いをしても許しませんわよ? わたくしは無能級ではなく……」
そのままナイアは拳を握り込み、体の脇に向けて払った。
「ーーー地獄級の死霊術士、ですわ!」
ナイアは宣告と同時に、ボーンドラゴンへ向けて躍り掛かった。