第27節:ナイアたんは再会します。
「こんなモンかの。他の師団もこの場に現れるなら楽で良いのじゃが」
俺に肉を返して元のスケルトンに戻ったルラトが首を鳴らすのに、ナイアが唇を尖らせて顎先に指を当てる。
「移動力を考えると、魔獣師団くらいは来てもおかしくないですわね」
なんか全身にモノスゲー違和感があるが、動けない訳でもないので無視して俺も会話に参加する。
「残ってるのは、他に巨人師団と不死師団か」
死霊で構成された不死師団はともかく、巨人とか移動力早そうだけど。
歩幅的な意味で。
そんな俺の内心を見透かしたように、ルラトが肩を竦めた。
「我の知る限り、巨人師団長のゲルミルは慎重派じゃ。最短の山越えでなく迂回路をとっておるやも知れぬ」
「 あり得る話ですの」
ルラトの言葉に、ケルドゥが同意を示した。
「しかし魔獣師団は邪龍師団よりも先に出た筈なのじゃが」
「え、そうなの?」
じゃあ入れ違ったんだろうか。
「でも魔獣師団が抜けたっつーと、聖王国の方がマズいんじゃね?」
「まぁ、聖王国の事はどうでも良いのですけれど……」
「いや、どうでも良くはねーだろ!?」
トボけた顔で何言い出すんだこの女。
するとナイアは、驚いたようにこっちを向いて、きょとんとまばたきをした。
「え? どうでも良くないのですか?」
「お前が魔王軍倒すっつったんだろ!?」
「倒しますけれど、別に聖王国をどこかの師団が滅ぼした後に倒しても良いですし、聖王国に倒されるなら楽じゃないですの。もう既に三つ師団を潰している訳ですし」
「お前ほぼ何もしてないけどな!!」
俺から肉を奪ってルラトにペタペタしたくらいで、後は眺めていただけだ。
「些細な事ですわ、コープ様。お父様とお母様がいらっしゃるのに、わたくしが出て行くなんて無駄ですもの」
「身も蓋もねぇ!!」
確かに地上で相手になりそうな連中なんてあの夫妻にはいないだろうが、と二人を見ると、お茶の時間が終わったのかテーブルを片付けていた。
そこで不意に、遠くから音が聞こえて来た。
なんか炸裂音っぽい。
崖方を見ると、一つ向こうの山に砂煙が立っているのが見えて、同時にそこから豆粒みたいな何かが飛び出して来た。
「なんだありゃ?」
「魔物に見えますわね」
太陽の光に反射すると金の光沢を放つ真っ白な毛並みを持つそれは、すぐに眼下の森に消えると、続いてもう少し小さいものが飛び出してそれを追いかけ始めた。
ドン、ドン、ドン、と連続で炸裂音が響くと、おそらく小さい方の影の進路と思われる場所から次々に砂煙が上がり、バキバキと木が倒れて行く。
「おいおい……」
いきなり起こっている謎の騒動に崖に近づくと、ナイア達もくっついて来た。
闇の夫妻もゾロゾロナイア死霊団や従えた邪龍と共に側に来て、一緒にそれを見始める。
……おい、邪龍。重量で崖が崩れないようにしろよ。
そんな風に祈りながら目を戻すと、白金の毛並みの何かがこちらに向かって跳ね上がって来た。
「うおぁ!!」
思わず仰け反る俺と、平然とした奴らの頭上を飛び越えて白金の何かが着地し、すぐさま森を破壊しながら現れた影も飛び上がって来る。
振り返ると、そこに居たのは白い鎧を着込んだ巨大な猿。
怯えているように見える猿は……どう見ても魔獣師団長のキングズだった。
そして俺たちとキングズの間に着地したのは。
「頭領!?」
「あん?」
俺の問いかけに振り向いた自分より巨大なハンマーを担いだ筋骨隆々の大男は、紛れもなくゴルバチョフ盗賊団の先代頭領、ガイ・ゴルバチョフだった。
「おお、コー坊。何ぁにしてんだ、こんなトコでよ」
「先代こそ何してんの!? ワンサイート山に住んでるんじゃねーのかよ!」
「あん? ここ、何処だ?」
言われて首を傾げた先代に、俺は自分たちのいる場所を伝えた。
聖王国とカヨムー南領の間にある、ダークエルフの里に近い湖。
そのすぐ側にホーコー山という山があり、そこに連なる山脈の一つに、俺たちはいる。
「いや、たまーにこの辺にゃ日帰りで狩りに来るんだよ。リトルべへモスの群生地があってな」
「日帰りで来る距離じゃねーだろ!!」
ワンサイート山とこの場所は、ネクロの都を挟んで真反対だ。
普通に歩いたら半月は掛かる。
「余裕だろ。いやー、べへモス鍋が食いたくてなぁ」
「魔物を食うんじゃねぇ!!」
そんな奴はこの世界でお前だけだ!!
しかしニカッと笑う先代を見て、俺以外の奴らが口にした感想は全く別のもので。
「相変わらず素晴らしい筋肉ですわねぇ……ダンディですわぁ」
『全くである。うぬぬ、朕が自らと同等以上と認めるのはかの御仁のみかも知れぬ……!』
ナイアとホテプは、うっとりとした顔で震え。
「ふむ。魔獣師団長を一蹴するか。何故弱小盗賊団の頭で満足しておるのか良く分からんの」
「……何者かの、あれは」
ルラトとケルドゥが、別々の理由で首を傾げ。
「あれは、コープの前に俺たちの頭領だったゴルバチョフだ。親父がわりだな」
「なるほどねぇ。なら、ご挨拶が必要かしらぁ?」
「ぬ、ちょっと待て野生女。何故貴様が挨拶をするんだ。ここは私が!」
ゴストンの説明に、ハーレム要員二人が睨み合いを始め。
「あははー、凄いね彼。ルラトと同じくらい強そうだよ」
「どういう方なのかが気になる所ですことよ。ルラト、何者なのですこと?」
「敵ではないの。気持ちの良い男故、害にはならんと放っておいたのじゃが」
闇の夫妻すら先代を認めている。
……いや先代、あんた本当に何者だよ。
「で、それが何で魔獣師団長と戦ってんだよ!?」
「あん? おいエテ公、お前さん魔王軍に入ったのかぁ? 偉くなったなぁ」
なんかスゲー親しげにキングズに先代が話しかけている。
「ワワワ、ワンサイート山からは、約束通り消えタだろう!? そそ、それからどうしようとオレの勝手ダろうがァ!」
凶悪な最上級コング種、コング・オブ・ダークネスが完全に先代に怯えている。
「何だぁ、エテ公。随分流暢に喋れるようになってんじゃねぇか」
「先代。コイツ知り合いなのか?」
ワンサイート山にこんな奴がいるって話、聞いた事なかったけど。
首を傾げた俺に、先代が呆れ声で答えた。
「コー坊。お前さんの頭ン中は、相変わらずなーんも詰まってねーなぁ。見て分かんねーか?」
「何が見て分かるんだよ。実は先代の兄弟とかか?」
「誰が猿だぁ?」
似たようなもんだろが。
するとゴストンが、ふと気付いたように先代に問いかけた。
「……もしかして、あの時のエンペラーコングですか?」
「お、ゴス坊、ご名答だ。いやー、懐かしい顔見て声掛けたらいきなり逃げたからよ。ちらっと追っかけてみたら小猿どもが邪魔すっから」
それがさっきの騒動の理由か。
「小猿……魔獣師団にいるコング族は、大体コングロード以上の筈なのじゃが」
「ま、ゴルバチョフ殿にとっては小物じゃろうな」
しかしエンペラーコングと言われて思い当たるのは一匹しかいない。
ゴストンが頬の怪我を負った時に遭遇して、先代に片手であしらわれたエンペラーコングだ。
「……よく魔物の見分けなんかつくな」
「あん? つくだろ、普通」
「つかねーよ!」
キングズは、逃げるタイミングを図っているが、先代に隙が見えないようで動けないまか冷や汗を流している。
「で、お前さんらは何してんだよ?」
先代に言われて説明すると、先代はあっさり頷いた。
「ほー、別嬪さんが魔王に。良いなぁ、じゃ、今夜は猿鍋にするか!」
「だから食うなっつーんだよ!!」
先代の言葉に、ビクリと肩を震わせたキングズは、両手を上げて首をブンブンと横に振った。
……なんか、スゲー哀れだな。
「こここここ 、降参するゥ! だから殺すのダけは……!!」
「何だよエテ公。命乞いかよ」
つまらなそうに鼻を鳴らした先代は、眉をしかめて顎のヒゲをジャリジャリと撫でて、再びニカッと笑う。
「うっし、こうしようぜ!」
先代はひょいっとハンマーをキングズに向けて、もう片方の手の人差し指をクイクイ、と動かした。
「お前さんが俺っちと戦って、満足させれたら、助けてやるよ!」
まるで、死刑宣告を受けたように絶望的な表情を浮かべたキングズは。
やがて覚悟を決めたように背負っていた二本の斧を手にして、牙を剥いた。
「そんな……また別嬪だなんて……」
お前は、良いからそんな当たり前の褒め言葉でまたくねくねすんのやめろ!




