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第25節:ナイアたんは肉を剥ぎます。


「では、自己紹介をなさいませ」


 元の貴婦人姿に戻ったヴーア夫人が、伴って戻ってきた幼女に告げた。

 彼女は、全ての瘴気を使い果たしたからか不遜な様子はまるでなく、おずおずと頭を下げる。


「ケルドゥ・マトリホじゃ……ナイア死霊団の傘下に入った故、宜しくお願いする……」


 不安げにそう口にしたマトリホ……改めケルドゥに、ナイアはにっこりと微笑んだ。


「歓迎致しますわ!」

「即答かよ!」


 ついさっきまで敵の幹部の一人だった奴にどれだけ寛大なんだ!


「セクメトの時も即答だったがな」


 森から戻ったゴストンが俺のツッコミに対してさらにツッコミを入れた。

 言われてみりゃ、セクメトも元は不死師団の隊長だったっけか。


 残念ながらゴストンはいつも通りで、セクメトとジャンヌは奴の左右に寄り添っている。

 どんな口車に乗せたか知らないが、ボロクズのようにならなかった事に舌打ちしたくなるような荒んだ思いを抱かざるを得ない。


「信用出来るのか?」


 セクメトの時は事情があったみたいだけど、ケルドゥは自分の意思でバタフラム聖王国を滅ぼそうとしてた訳だが。


「小僧っ子。お言葉じゃがの、あれだけの聖なる気配を見せつけられて、儂は逆らおうとは思わんわい。その前に邪龍師団を半壊させとった奴もおったじゃろ」


 ケルドゥに言われ、俺は考えた。

 禍々しさがなくなった見た目幼女な相手に小僧っ子とか言われるの、めっちゃ腹立つな、と。


 まぁそれはともかく。


「いや確かにそうかも知れんけど、ヴーア夫人がいなくなった途端に裏切ったりとかしねぇ?」

「誰もがおぬしのようなアホタレではないじゃろうが……」


 おい骨野郎。どういう意味だ。


「そうじゃの、釘は刺しておこうかの」


 ルラトは、さっさとティーテーブルに戻るヴーア夫人と入れ違うようにケルドゥに近付くと、ボソボソと何かを呟いた。


「アル……!? ででで、では、儂が敵対したのは……!」

「そういう事じゃ」


 何を言ったのか知らないが、ケルドゥが顔色を変え、慄くようにアブホース伯爵とヴーア夫人を見る。


 いや、マジで何を言ったんだ?

 まぁ、SSS級って言われただけでも逆らう気は無くなるだろうけど。


「これで逆らう気は完全になくなったじゃろ。後は、ナイア嬢。ケルドゥに制約の呪縛でも掛けるかの?」

「必要ありませんわ!」

「何でだよ」


 裏切り防止が出来るなら掛けとけよ。

 そう思う俺に対して、ナイアはふふん、と平均的なサイズの胸を張った。


「死霊術士として、もしかしたら部下から裏切られるかもという状況は、凄く邪悪な一団っぽいじゃないですの!」

「裏切る事を期待するんじゃねーよ!」


 何だ邪悪な一団っぽいって!

 そんな波乱は望むもんじゃねぇ!


「ルラトとホテプは裏切らないでしょう? というか、裏切られたら泣いてしまいますし……」

「子どもか!」


 本来ならそういう、信頼出来る部下の裏切りとかが常道じゃねーのか!

 相変わらず、コイツの頭ん中はどうなってんのかさっぱり分かんねー!!


「惰弱な事だな、マトリホ! そして邪龍ども!」


 低く腹に響く声が崖下から轟くように響いて、ケルドゥが目を細める。


「その声は……」

「長く生きたとて、所詮は獣と人間か!」


 声と共に幾つもの影が目を向けた崖下から上空へと突き抜け、ドンドンドン、と幾つもの影が崖の上に着地した。

 そんな彼らに続くように、崖をワラワラと這い上がってくる無数の影。


 皆一様にツノとキバを備えた凶悪な面構えをしており、降ってきた巨体は色とりどりの体色を持っている。

 這い上がってきた小鬼の群れは、土色をした毛むくじゃらの子どものように見えた。


「悪鬼師団……!! 脳筋のシュテンか」

「そうともよ、脆弱なマトリホ!」


 ケルドゥが忌々しげに表情を歪めると、崖下から一際大きな鬼が上空へと一直線に跳び、中心に着地する。

 巨大な金棒を備えた、二本ヅノの黒鬼、悪鬼師団長シュテンだ。


 邪龍師団と同程度の戦闘力を誇り、カヨムー帝国南領を主に蹂躙したという恐怖の代名詞。


「まぁ良い! 脆弱な呪詛師団など、新生魔王軍に必要ない! 邪龍どもは、人間を狩る為の悪鬼師団の騎獣として飼ってやろう!」

「すげー自信だな……」


 強いんだろうし、偉そうに出来るだけの強さは持っていそうだけど。

 正直、連続で威圧感増し増しな師団長を見ている事と、その師団長を片手間で叩き潰した闇の夫婦を見ているせいで、どうにも緊張感が持てない。


「次は我だの。そこな黒鬼。準備の間だけ少し待たぬか?」


 ルラトの問いかけに、シュテンは偉そうに口の端を上げて凶悪なキバを見せた。


「良かろう! 何をしようと無駄だがな!」

「感謝しておこう」


 ルラトがこちらに目を向けるので、俺は問いかけた。


「どうやって戦うんだ?」


 コイツは、暗黒剣を今の状態じゃ振るえないらしい。

 しかもナイアに甦らされた英雄って事は、アウター夫妻よりは弱いんだろう。


 死んでたくらいだし。

 その上で力を制限されているとくれば、いくら何でも楽勝とはいかない気がするんだけど。


 俺のそんな心配をよそに、ルラトはあっさりと言った。


「ナイア嬢。ちょっと我の魂を小僧の肉体に憑依させてくれんかの?」

「分かりましたわ」

「分かるんじゃねぇ!」


 いきなり何を言いだすんだ、この骨野郎!

 俺はシュテンに指を突き付けた。


「冗談じゃねーよ! あんなどー見ても危険な黒鬼と、まさか俺に対決しろってのか!?」

「意識は残るが体を操るのは我じゃ。別に行けるじゃろ」

「ふざけんな骨野郎! 絶対嫌だ!!」

「ワガママを言うでない」

「ごぶぁ!!」


 ぐ、額を突かれても、嫌なもんは嫌だ!

 怖いのとか危ないのとか、出来るだけ避けるんだ!!


 そんな俺の内心を汲み取ったのか、ナイアが頬に手を添えながら困ったように眉根を寄せる。


「そこまで嫌がるものを前線に立たせるのも不憫ですわね。でしたら、少しだけ別の方法で体を借りましょう」

「……別の方法?」

「ええ」


  ナイアが、にっこりと優しい微笑みを浮かべた。


「コープ様に戦わせる事はございません。逆に、ルラトに力を貸し与えてルラトを人間の姿に戻す方法ですわ」

「それでいこう!」

「少しの間、コープ様は動けなくなりますけれど、それと……」

「なんでも良いからそれでいこう!!」


 あの黒鬼とルラトの戦闘を、特別席で観覧するような事態にならなければ何でも良い!

 そう願う俺にナイアは、分かりましたわ、と言ってもルラトを見た。


「では、了承を得ましたので」

「相変わらず軽率な小僧じゃな」


 どういう意味だ? と俺が問いかける前に、ナイアは呪文の詠唱に入った。

 術式を行使し、俺とルラトに対して手をかざすと最後の一言を口にする。


自己犠牲蘇生術(サクリファイス・リザレクト)……」




 その瞬間、俺の体に凄まじい激痛が走った。




「ぐあああああああああああああああ!?」


 俺の指先がああああああ!!

 ベリベリベリと肉が剥がれて、その肉がルラトの骨に付着していくううううう!?


「だから軽率じゃと言うのじゃ。憑依なら痛い思いもせずに済んだと言うのに」

「ぐぎゃあああああああああああ!!!」


 先に言えよそういう事は! と思うが、痛みに悲鳴をあげる事しか出来ない俺はツッコミすら出来ない。

 

「ちなみに、ナイア嬢が言おうとしたのを遮ったのはおぬしじゃぞ」


 なんてこった! あ、視界が暗く……。

 そうして、丸まま全身の肉を剥がされる痛みを味わった俺は、視界に明るさが戻ると同時に自分体を見下ろした。


 まるでルラトと体を交換したように骨化している。

 自分の骨ってこんなんなのか。


 胸元に印が浮かんでいる以外、まるで自分の体っぽくないし、第一気持ち悪い。


「フレッシュゴーレムから、スケルトンに……」


 真面目に化け物になってしまった俺がガックリと肩を落とすと、ナイアが申し訳なさそうに言う。


「あの、終わったら元に戻れますから……」

「本当か!!」


 良かった、一生このままなのかと思った!!

 そんな俺をよそに、目の前に現れた青年は自分の手を握ったり開いたりした。


「ふむ。随分と若返ったの」

「元はコープ様の肉体ですから」

「力の制御も楽そうじゃ」


 そんな風に言うルラトの顔を見て。


「めちゃくちゃ美形じゃーねかァ!」


 俺は思わず吼えた。

 何だこの精悍な顔立ちに紫の髪を短く立てた鋭い目の美青年は!


 ルラトめ、ただの骨ジジイじゃなかったのか!!


「顔の造形なんぞどうでも良いわい」

「ぐぁ! ツラに恵まれた奴に言われるとものっっっっっっっそい腹立つ!」


 ルラトは黒鬼に目を向けると、背中から暗黒剣を引き抜いた。

 先ほどアブホース伯爵に使われた時よりもなお禍々しい気配を放ち始めたそれを地面に突き立てたルラトは、両手をその上で重ねて、ボソリと呟いた。


「纏われ。『トラペゾ・ケース』」


 ルラトの背負った鞘が、闇の塊へと変化してルラトを覆い尽くした。

 ドキュ、メキャ、となんか凄まじく不穏な音がルラトから響くのに、ナイアに恐る恐る訊ねた。


「なぁ、あれ大丈夫なのか?」

「『トラペゾ・ケース』は強力な呪いを帯びた品ですから。一度装着すると宿主の肉体に打ち込まれて外れなくなります」

「っておい! アレ、俺の肉なんですけど!!」

「大丈夫ですわ。ルラトは正当なるダークネス・トラペゾヘドロンの所持者です。魂そのものが暗黒剣の意思と融和しているルラトが命じれば、従僕であるトラペゾ・ケースは外れます」


 俺を安心させるように笑みを浮かべるナイアに、俺は安堵した。

 ルラトに目を戻すと、鎧姿になったルラトは髑髏のような意匠の鉄仮面に蝙蝠の翼に似た飾りの付いた兜を付け、漆黒の全身鎧をカチャリ、と鳴らしながら剣を引き抜いて、足を踏み出す。


「お待たせしたの。……暗黒騎士ネフレン・カルラートじゃ。待ってくれた礼に、永劫の苦しみの内に魂を呑んでやろう」


 黒鬼シュテンを相手に、ルラトが静かに言い放った。

 

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