第24節:ナイアたんは解説します。
「では、始めるとしようかのう。まずは小手調べよ」
マトリホが黒曜の杖を掲げると、呪詛師団が一斉に魔術を行使する。
紫の煙が呪詛士らの足元から湧き上がったかと思うと、風の向きに反して俺たちのいる方向へ這うように向かって来た。
「毒霧……でしたら」
ヴーア夫人は樫の杖で、軽く地面を打った。
即座に魔法陣が足元に浮かび上がり、清らかな光を放ちながら周囲に聖気が拡散する。
毒霧と真っ向から衝突した聖気は、毒霧を浄化して諸共に消えた。
「ほほう。やるのう。では次はこれでどうかな?」
マトリホが横に杖を薙ぐと、マトリホの周囲に居た呪詛士の魔物達が一斉にローブだけを残して黒い瘴気の塊と化す。
「え、あいつらどうなってんの?」
いきなり瘴気に変化した連中に俺が戸惑うと、ナイアが解説してくれた。
「どうやら、呪詛師団はマトリホが怨霊に形を与えたものだったようですわ。あれが本来の姿なのでしょう」
「なるほどの。呪詛士である自分自身の栄養とする為か」
ルラトも納得してるけど、全然意味が分からない。
「栄養って何だよ」
「精霊術の行使が精霊力を消費し、魔術の行使が魔力を消費するのと同様に、呪術は汚れた人の魂の力……瘴気を消費するのですわ。特に呪詛に関する呪術は扱う瘴気が大きければ大きいほど、強大なものになりますし」
嬉々として語ってくれるが、ナイアの目は完全にマトリホの黒曜の杖に集い始めた濃密な瘴気に向いていた。
「お前、本当に邪悪な魔術が好きだな」
「勿論ですわ、コープ様! だって死霊術も、呪術と同様に瘴気を使って行使するもの……ああ、あれだけ濃密な瘴気が使えたら、一体どんな力を持った死霊が現れるのか……!」
「まぁ、お前に瘴気は扱えない訳だが」
「ホテプぅ! コープ様がイジワルですわー!」
『ナイアを虐めるとは言語道断である。我が筋肉に包まれた優美なる腕の一撃を喰らうがいい!』
「喰らうが良いも何も、俺に触れねぇだろっつか、だから頭に腕をスコスコするな!」
地味な嫌がらせしか出来ないクセに、見掛け倒しの筋肉野郎め!
その間にも、マトリホとヴーア夫人の間では無数の魔術がやりとりされていた。
マトリホの精神汚染に対して、ヴーア夫人が即座に対抗。
間髪入れずにマトリホが霧から数多の幻影の腕を伸ばし、彼女の体ごと怨念に取り込もうとすれば、聖結界によって反対に浄化。
呪詛球が続けざまに襲い掛かれば、次々に聖気を込めた樫の杖を振るってあらぬ方向へと弾き飛ばし。
冥界より誘う声には、聖印を描いて影響を打ち消す。
ついに、全ての瘴気を凝縮してハーデスを召喚したマトリホに、ヴーアはオーディンを召喚してぶつけた。
……とまぁ字面を見れば白熱のバトルが繰り広げられているが、高位魔術師には『不可視化』という相手に看破されない限り魔術の発現を目にする事すら出来ない能力があり、ぶっちゃけ俺には何も見えん。
二人がちょこちょこ動いてるのを見て、ルラトやナイアが解説してくれるだけで見た目には凄まじく地味だった。
「……暇だ」
「自分のレベルの低さを棚に上げるでない」
黙れ骨野郎。
暗黒騎士のクセに不可視を看破出来る、お前の方がおかしいんだ。
ちなみに、ずっと横で幼女をオトす方法をぶつぶつ呟いていたゴストンはハーレム要員二人に連れられて後ろの森に消えていた。
哀れゴストン、お前が上手いことやれずにボロカスになる事を願っている。
「……そろそろ、肩慣らしはこの位にしておきます事よ」
「何じゃと……?」
オーディンとハーデスが対消滅すると、ヴーア夫人が呟いた。
それを聞いてマトリホが、肩で息をしながら訝しげな顔をする。
「ワタクシ、実は魔術より肉弾の方が得意ですの。聖女になる前は聖僧でしたのです事よ」
言いながら、ヴーア夫人が手にしていた樫の杖に印を描くと、杖が光と化して飛散し、夫人の両腕に纏わりつく。
現れたのは、茶色の拳帯だ。
「さぁ、参りますわよ?」
ようやく表情を動かして笑みを浮かべたヴーア夫人から。
ゴッ、と突風が巻き起こり、周囲に撒き散らされた。
まるで神そのものが顕現したような、果てしなく神々しく強大な聖気を放つ姿に思わず拝みそうになる。
「馬鹿な……先程の、オーディン以上の……!?」
全ての瘴気を使い果たしたマトリホが戦慄を口にして震えだすのを見ながら、俺はナイアに問い掛けた。
「……なんかどっかで見た事があるような気がするが」
「ええ。わたくしに拳術の手解きをして下さったのは御母様ですから」
「やっぱりか!」
どいつもこいつも肉弾思考の奴等しかいないのか、こっちには!
「一番頼りになるのは己の肉体ですわ!」
『その通り! 筋肉こそ至高である!』
「違いないのう」
「死霊術士の一団にあるまじきセリフだな」
しかも、その内二人は『肉体』がねぇとか最早突っ込みどころしかないわ。
「ままま、待つのじゃ!」
「どうなさいましたの、ケルドゥ・マトリホ」
黒曜の杖を地面に立てて体を支えながら、左手で制止するマトリホに、律儀に従ったヴーア夫人は、小首を傾げる。
マトリホは、杖を立てたまま地面に膝を付いて顔を伏せると、ぶつぶつと呪文を唱えて杖先にぽん! と何かを産み出した。
白く薄く、風にはためくそれは―――白旗。
「降参じゃ……要求には従う故、命だけは拾いたい」
そんなマトリホに、ヴーア夫人は溜息を吐いた。
「せっかく体が暖まって参りましたのに、興醒めです事よ」
夫人はマトリホに対して、ナイアの傘下に入ることを条件に、存命を許可した。