第23節:ナイアたんは目を輝かせています。
「素晴らしいですわ、お父様ー!」
邪龍を従えて戻って来たアブホース伯爵に輝くような笑顔で走り寄ったナイアは、その首筋に抱きついた。
ふん、俺にはもうナイアの言動なんかお見通しよ。
どうせ勇者としての技量とかじゃなく、邪龍を従えた事とか暗黒剣を操った事とか、そういう所に食いついたに違いない。
「まさかお父様が、邪神降臨の儀式を行えるお方でしたなんて! あの空間を割いて顔を見せて下さった赤い存在はなんて言うんですの!?」
「予想通りだがそんなトコが一番気になるのかよッ!」
「ははは、あれかい? ナイアが気になるなら教えちゃおうかな」
ナイアの体を柔らかく受け止めたアブホース伯爵は、娘の様子に笑み崩れた顔で言う。
「あれはね、詳しくは知らないけど天からの祝福で誕生した異世界の人造神で、確か名前はゲッ……」
「そこまでにしろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は全力で吼えた。
なんだ、何か知らないけどそれの存在は今この場で口にしちゃいけない気がする!!
世界が何者かの影響で滅ぼされちゃうような、こう、魔物とは違う危険を呼び込む気がするううううううううううううう!!!
俺の必死さを感じ取ってくれたのか、アブホース伯爵が黙り、ナイアの体をそっと離した。
「うん、娘に褒められるのは悪い気はしないなぁ。でも、次が始まっちゃうからこの辺でね」
「次ですの?」
ナイアと共に視線を崖の方に戻すと、ゆら、ゆら、と影のようなものが崖ギリギリの所に無数に浮かび上がり、整然と隊列を組んで実体化する。
同じフードを身に纏った杖を持つ人間のような形だが、彼らの身に纏う邪気がそれを否定していた。
頭の形も、人間にしては異様に長かったり、ツノがあるみたいにフードがデコボコしてるし。
「呪詛師団です事ね。次はワタクシでしたわね」
優雅にお茶を飲み干したヴーア夫人が立ち上がった。
「ここ最近、魔物の相手などしておりませんし、肩慣らしから始めましょうか」
ひっつめ髪に無表情だったヴーア夫人が、髪を解いてさらりと流す。
手に教鞭のような杖を持ち、歩き出した彼女の容姿が一歩ごとに若返っていき、それに合わせて巨大化した樫の杖を軽く振ると、漆黒のドレスが純白のローブへと変化した。
『おおおおおおおお!!』
その姿に、俺とゴストンを含めた元・ゴルバチョフ盗賊団の面々がどよめく。
ナイアと瓜二つの顔で気品を纏って立つ彼女は、正に清楚な聖女と呼ぶに相応しい姿に変貌していたのだ。
だが刮目すべきはそのスタイル!!
ナイアと違い、薄布のローブを押し上げるその胸元があああああああああ!!
「……コープ、様?」
ビキリ、と何かが軋むような音と共にナイアが俺を見ていた。
「ど、どうした? ナイア?」
なんか今までにない反応! 凄まじい殺気を感じる!?
「流石に、自分のお母様に懸想されるのは気分が宜しくありませんわ」
口元が微笑んでいるが、目が、目がまっっっっっったく笑ってねぇ!!
「いやいや、別に何とも思ってねーよ!?」
さりげなく自分の胸元に右手を添えるナイアに、俺はなんとなく理由を悟る。
……あー、まぁ顔が一緒だしな。
露出度はナイアが上だが、ヴーア夫人のローブ、薄いから体のラインが丸わかりで、清楚なのに超エロいしな。
「コンプレ……」
「コープ様?」
「何でもありません!!」
思わず口にしかけた言葉を、俺は慌てて呑み込んだ。
ナイアは本気だ。
「わたくし、とっても傷付きましたわ」
「…………俺、何も言ってないよ?」
「目は口ほどに物を言うと申します」
「いや、そんなバカな」
「土下座して謝ってください!」
何でだよ、と反論する前に、俺の体が意思に反して即座に土下座の姿勢を取って、額を地面に擦り付け始めた。
うぐぁああああ! 整備されてない地面だから石がゴリゴリ擦れて超痛ぇ!!
そうだ忘れてた! 俺の体はナイアの命令に逆らえねーんだったァ!!
「ごめんホントごめん申し訳ありませんでしたぁああああああ!! だから許し……!」
たっぷり10秒は土下座させられた俺は、酷い目にあった、と思いながら身を起こすと、ナイア、マジで涙目だった。
いやいやいや、嘘だろ。
「………………何がそんなにダメだったんだ?」
いつもと変わらねーのに。
ボソリと呟くと、ルラトとゴストンが呆れたように口々に言う。
「鈍感極まるの」
「まぁ、今更ですが……ルラト様も気づいておられたので?」
「ナイア嬢の事は、幼少より見ておるでの」
意味が分からないが、とりあえずバカにされている気がした。
「いやー、何年ぶりかなー。その姿」
ニコニコと脇をすり抜ける嫁の美貌を見る旦那に、一瞬殺気を込めた視線が集中し、すぐに外れた。
こんな超絶美人を嫁に持つ男への多数の嫉妬……しかしその相手はアブホース伯爵。
つまりそういう事だ。
そんな俺たちのやり取りを意に介さず、一人前に出たヴーア夫人が呪詛師団を睥睨する。
「お相手願えますかしら? どなたがマトリホという方ですこと?」
すると、ローブの集団が割れて、中央に立つ一際小柄なローブ姿が前に進み出た。
「儂じゃ」
そう言って、人影がフードを脱ぐと、そこに現れたのは白い髪に褐色の肌をした幼女の顔。
「お……女の子?」
「そこな小僧っ子。見た目で相手を判断するでない」
ヒェッヒェ、と老婆のような笑い声を立てた幼女は、黒曜の杖を影から引き抜くように取り出して、ヴーア夫人と対峙した。
「儂はマトリホ……ケリドゥ・マトリホじゃ。そこな女、おぬしも呪術の使い手か」
「まぁ、ある意味そうですわね。ワタクシはヴーア・アウターと申します事よ。お見知りおきを」
魔術・神術系S級職三つを極めたヴーアは、当然ながら呪術も修めているのだろう。
二人の魔女の対峙を見て、いつの間にかジャンヌとセクメトの側を離れて俺の横に来ていたゴストンがボソリと言った。
「……良いな」
ちょっと待て、ゴストン、貴様まさか―――ッ!?
「幼い容姿に、あの肌色……そして喋り方。ある種の完璧だ」
「テメェ守備範囲広過ぎるだろ!!」
このむっつり野郎、まさかロリまでイケんのか! マジで女の敵だなクソが!
「クク……」
ゴストンが邪悪な笑みを浮かべるのと同時に、マトリホ率いる呪詛師団とヴーアの戦闘が始まった。




