第22節:ナイアたんは席すら立ちません。
「さて、そろそろかなー」
ティーテーブルをそのままに、アブホース伯爵が立ち上がった。
「一番手は僕だねー」
最早ツッコむ気も起こらないが、今回の戦闘、何故かジャンケンで戦う順番が決まっていた。
『皆でやると面白くなさそうでしょ?』
とかいうアブホース伯爵の戯言に全員が賛同した為だ。
ちなみに反対意見を述べた俺の言葉は、『数の暴力に対して少数、あるいは個人の暴力で対抗するというコンセプトに反しますわ』というナイアの言葉と共にめでたく却下された。
なんだコンセプトって!! 難しい言葉を使うんじゃねーよ!!
そもそも20人って十分少数だろ!!
「んー、って、あれ?」
伸びをしたアブホース伯爵が、ふと何かに気付いて周囲を見回す。
「どうしたんすか」
問い掛けると、へらり、と笑ってアブホース伯爵が軽く手を振った。
「ああ、大した事じゃないんだけど、剣忘れた」
「っておい!」
それどう考えても大した事じゃねーのかよ!
「空飛んでるからねー。剣閃なしじゃ魔術しかないんだけど、一番手がそれじゃ面白くないよねー」
面白いか面白くないかしか判断基準ねーのか。
魔術で対抗出来るんならそうしろ。
「竜化で対抗すれば良いんではないですかの?」
どこか投げやりなルラトの言葉に、アブホース伯爵は首を横に振る。
「野蛮じゃない。ほら、ナイアの前では父親として良い格好したいでしょ?」
「だからその、不意に普通の事言うのやめろ!」
気持ちは分かる気がするが、状況も経緯も何もかも捻じ曲がった状態でそんな事を言われても、狂気しか感じなくて怖過ぎるわ!!
「やだなー、ゾンビ君。僕は普通だよ」
「世の中の全ての普通に謝れ!」
「そうだなー、ルラト、その剣貸してよ。すぐ返すから」
「ほらいきなり普通じゃない事言い出したああああああ!!!」
ルラトの剣ってクッソ重い、ちょっと瘴気解放しただけで大地が毒沼に変わるようなあり得ない剣なんですけど!
しかしひょいっとルラトの剣を引き抜いたアブホース伯爵は、まるで羽のようにそれを振り回した。
風切り音が、巨人が鉄鎚を全力で薙ぎ払ったような明らかに尋常じゃない音を立てている。
剣風が頬を撫ぜてひやっとしたって言うか血がああああああ!?
「何してくれてんだ殺す気か!!」
「あ、ごめん出ちゃった。慣れなくてさ。ゴメンゴメン」
まるでゲップが出たような軽さで言いやがって。
「おぬしは死なんじゃろ、別に。それと使うのは構わんのじゃが、無差別に瘴気を撒かんで下され」
「あははー、気をつけるよ。でもやっぱり本来の所持者じゃないから重たいねー」
「……誰が持とうが重さが変わるか。聖剣でもあるまいし」
なんかボソッと呟いたルラトの言葉が、えらくタメ語だったような気がするのは気のせいだろうか。
「じゃ、行くよー」
いよいよ眼前に迫ってきた邪竜の群れに対して、アブホース伯爵は刀身の腹を手で撫でた。
黒かった刀身が、手に触れた場所から鮮やかな輝きを持つ白銀へと変わる。
「なんだアレ」
「聖剣化の術式じゃな。瘴気を使わんなら妥当なところじゃが、ダークネス・トラペゾヘドロン並みの瘴気を抑え込んだ上であれだけの聖気を載せれるのはアブホース伯爵くらいじゃろうが」
「何だその名前」
「あの剣の銘じゃ」
そんな長ったらしい名前だったのか、あの暗黒剣。
言葉だけでも邪悪さが感じられるな。
ルラトと話す間に、右手にゆったりと握った聖剣に変わった暗黒剣を左の肩の上に持って行ったアブホース伯爵は。
「よ!」
軽い掛け声と共に横薙ぎに振るった。
何が起こるのか、と静かになった俺たちの正面で。
空間ごと、横一直線に剣閃に薙ぎ払われた邪竜の半数が、跡形もなく消失した。
「……おい」
「あ、やり過ぎた」
空間の裂け目がバチバチと稲光のような光を走らせて、その向こうにある虚無の闇の中に、えらく巨大で真っ赤ななんかヤバそうなのが浮かび上がらせている、
それが、こっちに向かってゆらっと……。
「出てこないでねー」
アブホース伯爵が言葉と共に左手を握ると、ぐしゃ、と押しつぶされたように空間の裂け目が消失する。
「おい、何だ今の! 何だ今の!?」
「さぁ。神か邪神の類いじゃないかな。何かの影響で進化した生命体かも。でも大丈夫だよ、閉じたから」
「閉じたから、じゃねーよ!!」
そもそも、何でたかが剣の一振りで空間が裂けてんだよ! 初めて見たわ!!
「それよりさ、来たよ」
アブホース伯爵が指差す先に、集会で見た龍眼の男・ゼロシキがこちらに向かって来るのが見えた。
「今の一撃を放ったのは、貴様か」
「そうだけど」
龍眼の男は、バサリと龍の翼をはためかせると、いきなり巨大な龍に変貌した。
漆黒の鱗に金の瞳を持ち、六翼とツノに雷鳴を纏わせているバハムートだ。
「おお……すげー威圧感……!」
アブホース伯爵の後ろで呟く俺を気にもせずに、バハムートになったゼロシキは轟くような声を上げる。
「我が軍を半壊させた貴様が、シャルダークを倒したという異界の者か」
「残念ながら、違うよ」
だらりと剣を下げ、リラックスした姿勢でアブホース伯爵が答える。
「僕は……」
と名乗りかけたアブホース伯爵は、ピタ、と口を閉じると何事か考えてから、再び楽しげに笑みを浮かべる。
「僕は魔王軍不死師団所属、ナイア死霊団の特攻隊長、アブホースだ。よろしく」
「不死師団だと?」
「そうだよー。ナイア様が君たちの弱さに愛想を尽かされたので、ナイア様自身が魔王になられる。その為に、君たちには死んでもらおうと思ってね」
って、ノリノリでキャラ演じてんじゃねーよ!
「ナイアだと……なるほど、魔王軍に入った変わり者の聖女がいると聞いていたが、スパイだったか」
「ハズレー。ま、何でも良いけどね」
「ふん、多少は力があるようだが……我らに逆らった事を後悔するがいい!」
ゼロシキはいきなりいつの間に溜め込んでいたのか、口からアブホース伯爵に向けて閃光を放った。
あ、死んだ。
と光に包まれた俺は思ったが、その光は弾ける前に収束して、まるで何事もなかったかのように立つアブホース伯爵の姿がある。
「あれ?」
「滅びの吐息……いきなり最強の攻撃を撃ち込んでくる辺りは評価出来るけど、相手の実力を見極めれてないから、減点だね」
「……馬鹿な」
呆然と呟くゼロシキに、アブホース伯爵はちゃきり、と剣を鳴らした。
「ごめんね、僕、凶竜人だから、ブレス系は吸収出来るんだ。だから貰った分は返すね?」
アブホース伯爵が、剣をフェンシングのように構えた姿勢から、神速の刺突を放つ。
キュン、と空気が焼けるとしか形容しようのない音と共に、細い一条の光がゼロシキの胸の中心部を穿ち。
張り詰めた静寂の後に、ゼロシキが巨大な光球に呑まれた。
膨れが上がった光球は静かに解けて消え、後には何も残っていない。
邪龍師団の師団長があまりにも呆気ない最後を迎えると、邪龍の群れは凍りついたように動きを止めていた。
「先ずは一勝。……で、君たちはどうする?」
ルラトに、元の黒い刀身に戻った暗黒剣を返しながら、アブホース伯爵が 邪龍らに訊ねる。
「降伏して傘下に入るなら、殺しまではしないけど」
いつも通りの笑顔で、へらりと軽く言う彼に、邪龍達の返事は聞くまでもなかった。




