第18節:ナイアたんは苦戦します。
「ふん、その不愉快な戯言を聞くのも今日で最後よ」
ソロモンは印を結び、魔法陣を空中に浮かび上がらせた。
「あれは?」
「召喚の術式じゃのう」
空間を飛び越えて現れたのは、獅子の頭を模した兜を被り、扇情的な格好に半身を覆う鎧を身に付けた女だった。
褐色の肌をして、手に槍を握っている。
「策は失敗したようねぇ。小細工ばっかりするからじゃないのぉ?」
何処か嘲るような声音はねっとりとした艶を帯びている。
「声からして、間違いなく美人だ」
「ゴストン。お前どっから生えてきた」
「普通に歩いてきたに決まっているだろう。あの獅子兜の女性に目を奪われて鼻の下を伸ばしているから気付かないんだ」
「鼻の下伸ばしてんのはお前だろうが!」
いや実際のゴストンは、むっつりした、いつもの顔なんだけどさ。
俺は知ってる。
ゴストンは白い肌の女より褐色の肌をした女の方が好み……それが証拠に、むっつり野郎の視線はソロモンの前に立った獅子兜の女を舐めるように観察している。
「ゴストン。おぬしはあの女をどう見る?」
「ベッドの上では大人しくなるタイプかと」
「……ゴストン?」
「失礼いたしました。彼女はかなり強いですね。隙がない」
「おぬしで勝てるかの?」
「無理ですね。捨て身で行けば相打ちくらいには持ち込めそうですが」
「今の俺らなら実質勝ちじゃねーか」
相打ちでも、速攻で復活するしな。
実際、俺の見立ても似たようなもんだった。
つまり。
「ナイア、負けないな」
「うむ。まぁ、師団長クラスならともかく隊長格ではな」
「って、『あの女』とか言っときながら知ってんのかよ」
てっきり知らん奴でも出て来たのかと思ったわ。
「そりゃ一応、アブホース伯爵からナイア嬢を任されておるからのう。魔王軍の内情くらいは一通り把握しておる。あれは、不死師団屍人兵隊長であるセクメトじゃ」
ナイア、ジャンヌのタッグと対峙したセクメトは、ゆらりと槍を構えた。
「相変わらず不愉快な聖気ねぇ。もう殺しちゃって良いのよねぇ?」
「構わん。グググ、不死師団の策を邪魔した裏切り者じゃ」
「どうせ、ドラク師団長自身は『好きにせよ』と仰っただけでしょう? 別に貴方がたを殺しても咎め立てなどありませんわ」
「そうだねぇ」
「同様に、この場で貴様が死んだとて同じであろう、小娘! 出でよ、邪霊!」
ソロモンの呼びかけと共に、ナイアの背後にいるルラトのような筋骨隆々の大男が現れた。
「あら。ホテプ、貴方の仲間を呼び出しましたわよ?」
『あのようなモノと一緒にされては困るのである。我はこの筋肉美に聖気を纏いしジンニーである!』
胸筋強調のポーズの姿勢を取ったホテプの言葉に、ナイアは深くうなずいた。
「つまりホテプの方が上位という事ですわね!」
『筋肉美的にもパゥワーの面でも、あの程度のシャイターンでは当然の如く朕の相手になどならぬのである!』
邪霊は、ソロモンの背に魂の尾を突き刺した。
「憑依者同士の戦闘……と洒落込みたい所だが、貴様は厄介だからな」
ぱちん、とソロモンが指を鳴らすと、地面がボコボコと盛り上がり、中からゾンビやスケルトンが這い出してきた。
「グググ、数で攻めさせていただこう!」
「中身が伴わないゾンビやスケルトンでは、幾ら呼び出した所で無駄ですわ!」
ナイアが現れた死霊らに対して挑みかかり、同時にジャンヌも動き出した。
「私もいる事を忘れないで貰おうか! ふふふ、鬱憤晴らしに滅殺してやる!」
聖なる連中の筈なのに、その笑い顔と目がイッちゃってんのはどうにかならんのか。
風が渦巻くような捻り込みの右拳でナイアはさっそくゾンビの一体を吹き飛ばしたが、ジャンヌの前にはセクメトが立ち塞がった。
「あらぁ、貴女の相手は私よぉ」
しごき抜いた力任せの槍の一撃を、羽衣の左袖を小盾のように変化させて受けたジャンヌが顔をしかめる。
「く、馬鹿力め!」
ジャンヌは顔を歪ませて呻きながら、右手の剣をセクメトに対して斬り上げるように叩きつける。
「ぬぅりゃあ!」
乙女にあるまじき気合いを発しながら振るわれた剛剣は、槍の柄で受けたセクメトを弾き返した。
「いや、馬鹿力はどっちだよ……」
「戦い方がどっちも脳筋過ぎるのう」
「ますます好みだ……」
陶然とするな、このむっつり野郎め。気持ち悪い。
そこで俺はふと気付いた。
「なー、これって俺らも参戦した方が良いのか?」
2対2ならともかく、数的には不利だ。
「ナイア嬢は周りが見えておらんが」
「うふふふふ……うふふふふふふ!」
不気味な笑い声を漏らしながらゾンビを虐殺しているナイアを、ルラトが指差した。
「やめとくわ」
前言を即座に撤回する。
なんだありゃ。最早聖女にも死霊術士にも見えん。
完全に凶戦士だ。
「まるで相手になりませんわね!」
「どうかな……?」
そんなナイアに対して、ぶつぶつと呪文を唱えていたソロモンの手に闇が揺らめいたかと思うと、掌から何かがナイアへ向けて放たれた。
跳んで避けたナイアに対して、さらに撃ち込まれた闇の放弾を、ナイアが腕の聖布で弾く。
「これは……呪詛球!?」
「グググ、また距離が離れたぞ。グズグズしていて良いのかな?」
ボコリ、とナイアに減らされた分のゾンビやスケルトンが、再び地面から現れて彼女の行く手を塞ぐ。
「死霊の壁に、遠距離攻撃……これは少々マズイかの」
「どうマズイんだ?」
「ナイア嬢は攻撃手段を、ホテプの聖布による打撃と聖気の炸裂しか持っておらん」
ルラトが言い、顎に手を当てた。
「消耗戦を仕掛けてくるのなら、不利となる。……ナイア嬢には、遠距離攻撃への対抗手段がないのじゃ」