第16節:ナイアたんは得意げです。
異例の早さで処刑が決まり、その日の夕方には処刑台のある丘へと連行されていくジャンヌを、多くの人々が見守っていた。
聖騎士が魔王軍と内通していたという噂は、風の早さで人々の間を駆け巡り、連行されていく彼女に罵声を浴びせる者や石を投げる者がいる。
ジャンヌ自身はというと、罪人服姿で両手を封印の施されつ縄で縛られ、口元も猿ぐつわをかまされていた。
「おー、掌の返しっぷりがすげーな」
昨日までは自分たちを守ってくれる存在として多少は敬意を払っていただろうに、噂を疑いもせずに鵜呑みにする連中に、俺は橋の上からジャンヌを見守りながら思わず呟いた。
変で人の話を聞かないけど、悪い奴じゃねーのになー、と虚しい気持ちを覚える。
「人なんぞそんなものじゃ」
一応、周囲に配慮しているのかすっぽりと全身をマントで覆い、頭に布を巻いたルラトが平然と言う。
「ふふふ、ジャンヌ。いい気味ですわ。どうですの? あの見すぼらしい感じ。救うのが惜しいくらいですわ」
「楽しんでんじゃねーよ。一応知り合いだろ」
「ジャンヌはわたくしのゾンビであるコープ様を傷付けたんですのよ! この程度は当然ですわ!」
ぷくりと頬を膨らませたナイアに、俺はうんざりと返した。
「まだそんなどーでもーいい事で怒ってんのか。執念深い奴だな」
「全然どうでもよくありませんわ!」
「小僧。ナイア嬢への口の利き方も気をつけるのじゃ」
「ごぶぁ! 痛ぇなこの骨野郎!」
街中だから手加減したみたいだが、だからって痛くねーと思ったら大間違いだぞ!
こめかみを突かれた俺が噛み付くと、ルラトはため息を吐く。
「小僧のようなどーでも良い奴の事まで心に掛けるナイア嬢への敬意が足らん」
「いや今、めちゃくちゃジャンヌの不幸を楽しんでただろ!? そう言うお前自身も他人の扱いが雑過ぎんだろうが!」
特に俺とか俺とか俺とか!
「何、こんな扱いをするのは小僧だけじゃ。特別で良いのう」
「まぁな……って誤魔化されるか!」
ノってみたものの、絶対特別とかじゃねぇだろ!
しかし人の事とはいえ、理不尽っつーもんはいつ見ても嫌なもんだ、と俺はジャンヌに目を戻した。
「しかし、ルラト様。内通者は即処刑というのもおかしな話ですね。普通は精神を呪縛して飼い続けたり、吐かすだけ情報を吐かしてからが常道です」
「ふむ。逆に聖気を込めた人間爆弾として死霊団長に突っ込ませる手もあるの。そうではない、ということは、つまり予測が当たっている可能性が高いという事じゃ」
狼の皮をなめしたマントを貰って隻腕を覆ったゴストンと頷くルラトの言葉にドン引きしていると、意外にもそれに反応したのはホテプだった。
普通の奴には見えないからって堂々とナイアの背後にいるが、普通じゃない奴には見えるんだが。
『ナイア。ルラトと同じくらい腹が黒い奴がいるのである』
「死霊術士であるわたくしの従者に相応しいですわね!」
「聖女だろ」
このやり取りも久々だな。
「ホテプ! コープ様がイジワルですわ!」
『ナイアは死霊術士なのである!』
うぉお! その腕スコスコやめやがれ、この筋肉ダルマが!
コイツも段々遠慮がなくなってきたな!
引き回しが終わり、処刑台の丘へ向かう兵隊一行を見ながら、俺は言った。
「そろそろ行くか」
「はい」
「うむ」
「ああ」
『である』
俺たちは、散る民衆に紛れながら、こっそりと丘へと足を向けた。
影から覗くと、処刑台の丘は処刑人と他に数人の人物だけがいる。
まぁ元来そういうものなんだが、他にいるのが魔術士で、十字架に張り付けにされる筈のジャンヌはなんか腕と頭を挟む木の拘束具を嵌められて膝まづかされている。
周囲には魔法陣と樽、それに馬が二頭に馬車。
「どー見ても邪悪な儀式だな」
「乙女の聖騎士なら、一人殺すだけで済むから一石二鳥じゃの」
「なら、やはり見捨てますか?」
俺が言うと、ルラトとゴストンが口々に言う。
「どうするのじゃ、ナイア嬢」
「ジャンヌみたいな不愉快な従者はいりませんわ。さっさと片付けます」
前に出たナイアが、処刑人や魔術師ではなさそうな男……高価な衣服に身を包んだハゲに指を突き付けた。
「ネクロ領宰相、ブラム・ノーライフ。狼藉はそこまでですわ!」
ナイアの言葉に一斉にその場の奴らが振り向き、ジャンヌが目を丸くする。
って、なんか泣いてる。
「おい、ジャンヌ泣いてんぞ」
「ジャンヌ嬢は人目のある所では気丈に振る舞うが、中身はご令嬢でのう。しかも乙女思考故、処刑台の丘に来て民衆に目がなくなったら心が折れたのじゃろ」
……ちょ、ジャンヌめっちゃ可愛くね?
気の強そうな顏してるのに内心乙女とか、もうたまらんのですけど!
「小僧」
「うぐぉぁ! いきなり何しやがるこの骨野郎!」
「ナイア嬢への懸想だけでもけしからんと言うに、他に目移りするとは何事じゃ」
「ナイアに構って欲しいのか欲しくねーのかどっちかにしろよ!」
「どちらも気に入らん」
ワガママ過ぎんだろこの骨野郎はああああああ!!
しかしそんな俺たちのしょーもないやり取りの間に、ナイアと宰相だとかいうハゲの間では緊迫感が増していた。
「死霊団に在りながら、何故私の邪魔をするのかね?」
「あら、勝手にわたくしをダシにしたのはそちらではなくて? 魔王様からは何も言われておりませんけれど?」
なんか見るからに悪人です! っつー顔に侮蔑的な表情を浮かべられると、無意味に腹立つな。
「ハゲのくせに……」
思わず俺が呟くと、かなり離れているのに声を聞き取ったのか、ハゲが顔を真っ赤にした。
「そこの貧相な小僧、わ、私の頭を侮蔑したな」
「いや、事実を口にしただけだけど」
「許しがたい! 貴様ら、そこを動くな!」
ハゲは脇の処刑道具から剣を一つ引き抜くと、ジャンヌの喉元に突きつけた。
「動くなよ! 動けばこの女を殺すぞ!」
「うぉぉ、マジで清々しい程のクズだな……」
「そんなもんじゃろ」
「ま、バカだけどな」
その程度の行動は予測済みだ。
「ホテプ」
ナイアの短い呟きに答え、地面の下からぬぅぅ、と腕組みをした巨漢が生えた。
驚いたような顔をする魔術士が振り向くが、彼らが反応するより前に。
『正々堂々と筋肉美を誇示する事なく、己を鍛えぬ輩は制裁である!』
ぶん! とホテプが剛腕を振るい、その腕が俺の背筋をぞわりとさせたように頭を薙ぎ払うと、魔術士と処刑人、宰相が一斉に昏倒した。
……あの腕を頭の中に入れる行為は、単に怖気を覚えさせるようなものかと思っていたら、霊体が習得出来る立派な技の一つらしい。
魂の生気を奪い去り、人を死に至らしめるのだそうだ。
聖属性の存在には無効らしく、俺には実害がなかったというだけの事らしい。
死なないからって好き放題やりやがってと思っていたが、中々役に立つ技だった。
「ふふん、無様ですわね、ジャンヌ」
俺たちが歩み寄ると、一番前でナイアが踏ん反り返った。
お前、そこは無事かどうか声を掛けるところだろうが。
「骨身に沁みましたの? わたくしのコープ様に手を出すからこういう事に……」
猿ぐつわで反論できないからって好き放題に言うナイアに、突然、ジャンヌが体当たりをかました。
「うぐっ!」
「おい!」
油断していたのか、呆気なく体当たりを食らって息を詰まらせて吹き飛ぶナイアをとっさに支えるが……そこから何かを口にする前に。
ドン、と。
ジャンヌの胸を、背後から投げ放たれた斬首剣が、貫いた。