第15節:ナイアたんは反撃します。
「って訳で、何で騎士に襲われたのか、さっぱり分かんないんだけど」
明けて翌日、ナイアとルラト、そしてホテプに事情を話すと、ルラトが爪弾くように肋骨を指で押して順番に鳴らしながら首を傾げた。
「ふむ。何かあるのかの」
「ってか、何してんだよ」
「矯正じゃ。骨が歪むでの」
「まぁ、あんだけ重いモン背負ってりゃな……」
今、ルラトの背負っていた剣は壁に立て掛けられているが、絨毯に先端が食い込んでるし、壁がちょっとミシミシいってる気がする。
大丈夫なのか。
「うむ、美しい姿勢は大事じゃ」
「スケルトン的な意味でか?」
「馬鹿者」
「ぐぉ!」
スコン、と俺の額に爪先を突き立てるルラトだが、やっぱ速ぇぞこの骨野郎め。
額を抑える俺を前に、今度は体を捻り、ルラトの背骨がコキコキコキと小気味良い音を立てる。
最後にひょいっと頭蓋骨を掴んで外すと、残った首をグッと反対の手で引き伸ばしてから、元に戻した。
……お前よくそれで自分がスケルトンじゃないとか言えるな。
「なんか手応えが鈍かったのぉ」
「気のせいじゃね?」
軽く頭を引いてダメージを逃がしてみた俺は、ちょっとはぐらかしてみた。
「嘘は良くないの」
「いででで! 分かってんなら聞くんじゃねーよ!!」
最近周りが性格の悪い奴らだらけだな、本当に!
剣を背中に戻したルラトのアイアンクローで頭蓋骨を凹まされた俺は、両手で頭を撫でさすった。
元に戻るのは良いが、もういっそ痛まないようにして欲しい。
「剣術の基本は姿勢じゃ。骨の歪みは致命的なのじゃ」
『まさしく! 美しく筋肉を魅せるのも、健康で美しい骨格が基本である!』
ポージングする筋肉バカのジンニーは放っておいて。
「でもその剣、使えねーんだろ?」
「今はの。使う方法がない訳ではない」
『高貴なる朕を無視するとは許しがたいのである』
そうなのか。
流石にあの剣でツッコミを入れられると死ぬ気がする。
ホテプがスコスコと俺の頭にぶっとい腕を通してぞわっとさせるという地味な嫌がらせをするのを忍耐力でスルーした俺は、我が身が可愛いのでそれ以上はルラトへの憎まれ口を叩くのをやめて、話を戻した。
「騎士に目を付けられたら、流石にヤバいんじゃねーの?」
勿論、身の危険の話ではなく、この国に居られなくなるとかそういう話だ。
「そうじゃのう。面倒な話じゃ。……小僧、何故ぶっ刺された時に爆弾を使わなかったのじゃ?」
「こんな街中で使えるか!」
「別に滅ぼしてしまえば良いではないか。元々その為に魔王軍は動いておるのじゃし」
ほっほ、と笑うルラト。
この骨野郎、マジで恐ろしい事を言いやがる。
「そりゃ皆死体になりゃ攻め落とす必要はなくなるだろーけど、住むとこもなくなるぞ!?」
「どうせ住めなくなるのなら同じであろうに。別に故郷という訳でもないしの」
「ナイアにとっちゃ生家だろうが!」
と、当の本人を見ると、どこか恍惚とした顔であらぬ方向を見ながら、ほう、と頬に両手を当てている。
「この街をゾンビの街に……? 魅力的な話ですわ!」
「アホかああああああ!!!」
どこまでも特殊な女め、浮世離れにも程があるわ!
「失礼します、ナイア様、ルラト様」
ガチャリとドアを開けて現れたのは席を外していた隻腕のフレッシュ・ゴーレムであるゴストンだった。
「お出かけになられたお父様より、伝言を預かっております」
「聞こうかの」
「はい。……ナイア様のご学友であった女性騎士、ジャンヌ・ノーデンスが、魔王軍内通の疑いで憲兵に拘束されたようです」
………………………………はあ!?
「どういう事だ、ゴストン!?」
「知らん。伝えて欲しいと頼まれたから伝えただけだ」
「昨夜の件でしょうか?」
「どこから漏れるんだよ」
そもそも内通とかいうよりも、国からすりゃ魔王軍の尻尾を掴んだ優秀な騎士じゃないのか。
本人が残念すぎて負けたけど。
「ふぅむ……」
何かを思案するように目の中の光を明滅させたルラトは、コリコリと顎を掻いた。
「どうやら、ジャンヌ嬢は誰かにハメられたかの。ナイア嬢、彼女は確か聖騎士ではなかったかの?」
「そうですわ」
どことなく嫌そうに頷くナイアに、ルラトはさらに言葉を重ねる。
「……聖騎士の首を落として処刑し、同様に首を落とした馬と馬車、そして樽に溜めた乙女の血と共に埋葬してとある儀式を執り行うと生まれる魔物がおるのう」
「そうなのか?」
「デュラハン……ですわね」
俺の疑問とナイアの回答に、ルラトは頷いた。
「少々特殊な魔物での。流れる水を渡れぬという性質以外に特に弱点がなく、結界を無効化する能力を持つ魔物なのじゃ」
「死霊の一種ですけれど、神の御使いという説もございますわ」
「ふーん。それがどうしたんだ?」
「おぬしの頭は本当にカラッカラじゃの」
失敬な事を言うな、骨野郎め。
だってお前らなんか分かってるっぽいじゃん。
考えなくても答えが貰えそうなのに、何で考えなきゃいけねーんだよ。
「頭は、使わなければ余計に退化するぞ。コープ」
「心を読むんじゃねーよむっつり野郎め。じゃあお前は分かんのかよ」
「当然だ」
「何だとぉ!?」
当たり前みたいに答えやがって! 本当に俺がバカみてーじゃねーか!
「じゃ、言ってみろよ!」
「誰かが、デュラハンを生み落す為にジャンヌという騎士にナイア様の情報を与え、わざと襲わせた可能性がある、という事だ」
スラスラ答えるゴストンに、ルラトが補足する。
「小僧より余程使えるの。我もその可能性が高いと思うておる。さらに言うのなら、ジャンヌ嬢を嵌めたのは死霊団に所属し、かつ、この地に潜入している誰かであるとも思えるの。それなりの位にあり、堂々とジャンヌ嬢を処刑出来る誰かじゃ」
「そんな事して、何の意味があるんだ?」
「当然、このネクロの都を攻め落とす為……ですわ」
ナイアが艶を帯びた笑みを浮かべ、足を組む。
っく、こんな時までスリットに目がいっちまう! この足だけは本当にたまらん!
その後、いつも通りにルラトの一撃を喰らって転げ回る俺をよそに、三人は会話を続けた。
「聖結界さえ無効化すれば、死霊団は城壁では防ぎ切れんの。何せ、通常武器では死なぬしな」
「ええ。それに、内部でデュラハンに暴れ回られれば混乱致しますし。問題はどなたがそれをやっているのか、ですわね。介入するにも、犯人が分からなくては」
起き上がった俺は、ナイアの言葉に、ん? と疑問を覚えた。
「放っとかねーの? 魔王軍目的が達成出来るんなら、それで良いんじゃねーのか?」
「あら、コープ様。……いかに相手が仲間といえど、ダシにされたまま黙っておくなんて、貴族としての矜持が許しませんわ」
魔王様から直接、囮になれと言われた訳でもありませんし、と平然と答えるナイアの口許には薄く冷笑が浮かんでいた。
もしかして怒ってんのか?
しかし優しげな顔立ちをした美人な分、そういう表情をしてると余計に恐ろしさを感じるな。
「相手にとっては残念な事になりますけれど―――わたくし、今回の策は、潰させていただこうと思いますわ」