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第13節:ナイアたんはお怒りです。


 屋敷を出て下町をブラブラしたは良いものの、夜も更けてしまえば当然店も閉まるわけで。

 だからって酒を飲む気にもならず、俺はなるべくゆっくりアウター家の屋敷に向かった。


 ほんの数週間前までこんな都会に出てくる予定もなかったってーのに、一体どこで間違ったんだか……。


 そんな事を考えながら貴族街に差し掛かると、屋敷を囲う壁が両脇に並ぶ通りを進む。


「そこの者」

「あー、間に合ってます」

「……って、まだ何も申しておらんぞ!」


 屋敷の間の十字路に差し掛かった時に声を掛けられて、俺はスルーした。

 ってか、ちらっと目を向けた相手がどー見ても怪しかったらスルーに決まってんだろ。


 だが、歩みを止めない俺の進路を塞ぐように相手が移動したせいで、俺は止まらざるを得なくなった。


「何すか」


 改めて相手を見ると、やっぱり怪しかった。

 頭からすっぽりと赤いローブマントを羽織り、歪に肩や胸元が膨らんでいるのはどう見ても鎧を着込んでいる。


 腰の辺りでマントの裾を押し上げるのは騎士剣で、足元の足甲が柄と同じ銀の光沢を放っている。

 ……ええ、全くもってどう見てもこの国の騎士様の出で立ちにしか見えないし、こっちは盗賊だ。


 そんな騎士様がこんな時間に俺に声を掛けてくる、これを怪しいと言わずしてなんと言おうか!

 俺の方が怪しまれたんだという意見は受け付けない方向で。


「こんな所で何をしている」

「飯の帰りっすよ」

「ここは貴族街だ」

「そりゃ失礼しました。来たばっかで不慣れなもんで」

 

 俺のカンが言っている。

 このまま関わり続けるのはヤバイし、ナイアんとこに世話になってるとかいうのはもっとヤバイ気がする、と。


 何せこの騎士様、臨戦態勢だ。

 俺の臆病さをナメてはいけない。


 あからさまな危険は避ける、それが俺の信念だ。

 まぁ警戒してても軽率とか言われるけど、ここまであからさまだと流石にボケれない。


 でも非常に残念な事に、相手は俺を逃す気はないようで……。


「嘘は良くないな。我々は君が、アウター伯爵の屋敷から出て来たのを見ている」

「つけてたんなら聞かなくていいじゃないっすか。性格悪いっすね」

「何だと!? 私は幼少の頃から品行方正と言われているんだぞ!」

「あー、頭が固くて煙たがられてるタイプっすか?」

「そそ、そんな事はない!」


 狼狽える騎士様は、声が裏返っていた。

 ……なんか扱い易そうな人だなー。


 しかも裏返った声の高さからして、多分女だ。


「じゃ、そういう事で。俺は帰ります」

「む、そうはいかん!」


 騎士様がパチンと指を鳴らすと、後ろから音もなく二人の全身鎧が現れた。


「街中で全身鎧て!」


 流石に俺は頬が引き攣る。

 戦う気満々だこの人。


 何でだ、俺、まだこの街で何もしてないぞ。


「問答無用!」

「話しかけてきたのお前だろうが!」

「うるさい! 細かい事は良いんだ!」


 全然細かくねぇ!

 俺は、剣を引き抜く騎士達に合わせて腰の投剣を引き抜いた。


 女性騎士に対してそれを投げながら、彼女に向けて地面を蹴る。

 相手は難なく投剣を斬り払ったと思ったら、横を駆け抜けようとした俺に蹴りを見舞って来た。


「うぉっと!」


 頭を逸らしてそれを避けると、仰向けに地面を滑ってから体を起こす。

 だが身を起こした瞬間、目の前で衝撃と火花が散った。


 めちゃくちゃ硬いもんがこめかみに叩きつけられたんだ、と気付いた瞬間、ジン、と衝撃が熱い痛みに変わる。


「いってぇええええ!!」


 顔を押さえながらゴロゴロと転がり、壁際で立ち上がると、女性騎士が足を下ろし、全身鎧の二人が剣を構えながらこちらを囲おうとするのが見えた。

 多分、女性騎士は俺が避けた瞬間に逆の足を跳ね上げて後ろ蹴りでも見舞って来たんだろう。


 ……うん、強くね?


 両手で短剣を引き抜いて構える俺に対して、女性騎士は得意げに言った。


「ふふん、騎士に対して武器を抜いたな? 怪しいヤツめ!」

「だからお前が先に突っかかって来たんだろうがああああああああああ!!」

「そそ、そんな事はどうでも良いのだ!」


 何なんだコイツ、ナイアより聞く耳持たねーぞ!?


「さぁ、やれ!」

「理由も分からないのに何でやられなきゃいけねーんだよ!」


 全身鎧が斬りかかってくるのに、俺は緊張を覚えた……が。


「……あれ?」


 二人がかりの攻撃に対して、俺は短剣も使わないまま、ひょいひょいと剣を避け続けた。


「ぬ、何故当たらんのだ!?」

「いや、なんか見えるし」


 てか、遅い。

 もしかして、ルラトの爪先に慣れたせいだろうか。


 こめかみのダメージも、最初は痛かったがもう回復している。

 すげーな、フレッシュゴーレムの体とルラトのツッコミ。


 全然嬉しくないけど。


「そりゃ!」


 全身鎧の攻撃を幾度か躱した後、タイミングを図って斬りつけてみるが、返ってきたのは硬い感触だけで、ちょっとだけ相手の鎧が凹んだ。

 ……まぁ頑丈になって目が良くなっただけで、別に強くなったわけじゃないんだよなー。


「困った」

「ええい、避けるな!」

「避けるわ!」


 死ななくても斬られたら痛いんだよ!


 この騎士、なんかスゲー残念なニオイがする。

 しかもこの全身鎧、叩いたら空洞っぽかったし、もしかしてリビングメイルなんじゃねーのか?


 死霊術と聖霊術で、ゾンビが死霊型とゴーレム型に別れてんのと同じで、多分ゴーレムタイプの方なんだろう。

 動きが正直ワンパターンだし、意思があるようには見えない。


「むぅ、ならば!」


 女性騎士が、全身鎧が俺を倒せない事に業を煮やしたのか、フードを跳ね上げて自分まで斬りかかって来る。

 晒された顔は、髪を耳元までの短さに揃えた、気の強そうな美人さん。


「お、好み!」

「何!?」

「いや何でもないっす!」


 3本に剣が増えたので、流石に短剣でのいなしも使いながら避けるが、女性騎士の一撃で動きを止められた。


「うわ、重い……」


 凄まじく一撃が重かった。

 全身鎧よりも数段強い。


 全身鎧が迫り、不味い、と思うが。

 女性騎士が何故かピタリと止まり、俺は全身鎧の攻撃を避ける事が出来た。


「……?」


 女性騎士が、その褐色の健康そうな肌を持つ頬に力を込め、形の良い口許を引き結んでいる。

 プルプルと肩を震わせながら、エメラルド色の瞳が俺を睨みつけていた。


 ……ああ、なんかその顔でそういう表情は凄く嗜虐心をそそられる!


 しかしそんな内心をおくびにも出さず、俺はシリアスに尋ねた。


「どうした? 絶好の機会だったんじゃないのか?」


 何故逃したのか、と尋ねる俺に、女性騎士はボソリと言った。


「重いって……」

「ん?」

「私は……私は重くなんかないっ!」

「誰が体重の話をしてんだよ!?」


 戦闘中に気にするような事じゃねーだろうが!

 むしろ褒め言葉だろ!? この場合褒め言葉だよなぁ!?


「そりゃ騎士なんかやってるから普通より筋肉質だけど、でも、でも……!」

「意味がわからん!」


 どうした、なんか嫌な事でもあったのか!?

 俺を睨みながらついに涙を流し始めた女性騎士に、俺は狼狽えた。


「ああ、泣くなよ! なんかゴメン!」


 数分の間、何故か全身鎧の動きも止まり、俺は女性騎士を慰める羽目になった。

 ようやく泣き止んだ女性騎士に対して、俺がホッと一息ついていると。


「もう、もう絶対許さないんだから!」


 しまった! 泣いてる間に逃げるんだった!

 なんか乙女口調になった女性騎士が、再度斬りかかって来ると、全身鎧が活動を再開する。


 超変な奴なのに、コイツめっちゃ強い!

 しかもより苛烈になった攻撃で、俺は防戦一方になった。


 このままじゃやられる……まぁ死なないけど……そう思った俺は、胸元の爆弾を意識した。

 でもなぁ……山の一角を吹っ飛ばす威力の爆弾を街中で使ったら確実に指名手配だし、コイツ死ぬよなー……。


 そう思った瞬間に短剣を弾き飛ばされ、俺は返す刃の一撃で腹を貫かれた。


「ゴッハッ!」


 冷たいのに熱い! そして痺れる!


()った!」


 女性騎士の言葉の直後に腹に激痛が走り始め、体をくの字に折る俺の耳に。




「貴女……わたくしのコープ様に対して、一体何をしていますの……?」




 聞き慣れた声が、怒りの篭った音色で低く響いた。

 


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