第10節:ナイアたんはお召し変えです。
ネクロの都は、正確にはカヨムー帝国西部領を治めるネクロ侯爵領主の住む街だ。
かつてのネクロ王国の首都であり、今でも西部貿易の要となる土地であり、堅牢な外壁を持つ広大な街。
都の中央には城がそびえ、外壁の周囲には流浪の民や都の中に店を持たない貿易商、闇市なども存在している。
しかし今、この街を一番賑わせているのは冒険者の集団だった。
理由は、大陸南部から攻めてきている魔王の存在だ。
カヨムーの南領が落とされた今、西領であるネクロと首都へ向かって侵攻している魔王軍に対抗するため、帝国は冒険者協会を通じて広く魔物狩りをする者たちを集めている。
その面接に通過すれば当然ネクロの都には入れる訳だが、そもそも冒険者協会に所属していない俺たちが正規のルートで行こうとすると時間が掛かり、裏のルートを使うと金がかかる。
地図は大体こんな感じ↓
魔王軍の本拠は魔の森にある魔王城だが、今は攻め落とした南領を拠点に、魔王軍の魔将達は動いているらしい。
ネクロの方面を攻めている筆頭は、ナイアの所属している死霊団だ。
……そんな中で、見た目ゾンビの集団をネクロの都に入れるとか、改めて考えるとやらかしてもーてる感満載だな。
バレたら家が取り潰される程度じゃ済まないに違いない。
「って事で、なんか許可が出ない気がするんだけど」
四人でつつがなくナイアの邸宅にたどり着いた俺とゴストンは客人として通され、側にルラトがいる。
ナイアはお召し変えだとかで、侍女に連れていかれた。
「許可は出るじゃろ。ナイア嬢の事を思えば、既に反逆者として処刑台に上がってもおかしくないしの」
「言われてみればその通りだが、前提が既におかしい」
カヨムー帝国ネクロ領伯爵令嬢にして、死霊団所属の肉弾系死霊術士……やっぱりおかしいだろ。
特に、肉弾系死霊術士って部分が明らかにおかしい。
「ぶっちゃけ、魔王軍ってナイアに手引きさせて中から壊滅させる方が早いんじゃね?」
ゾンビを数体市街地にでもバラまけば、後は勝手に本当の死霊の都になる気がするんだけど。
「そりゃ無理じゃ」
「何で」
「どうやってゾンビを中に入れるんじゃ」
「ナイアが使えないからか? 他の死霊術士を中に入れれば良くね?」
「コープにしては頭が回るな。だが、もっと根本的な問題だと思うぞ」
「どーいう意味だゴストン」
「ん? そのままお前がバカだという意味だが……」
「そっちじゃねーよ!」
俺にしては、って所に対する質問じゃねーよ!
ナチュラルにバカにすんな! 訝しげな顔もすんな!!
ゴストンのボケにまるで反応せずに、ルラトが質問に答えてくれた。
「そもそも大きな街には、聖属性の結界が張ってあるもんじゃ。ネクロの都も例外ではない。並大抵の技量の持ち主では中で死霊術を発動出来ん」
「へ~。知らんかった」
「おぬしは何も知らん気がするの。まぁ良いがの。聖結界の中で死霊術を行使できる技量の持ち主になると、今度は邪気を纏うでな。街に侵入する前に結界が発動する。密やかに、という真似は出来んという事じゃ」
「なるほど」
そりゃ俺が考える程度の事は対策されてるか。
「なら、ゾンビを直接入れるのは?」
「あのな、小僧。ゾンビになってしまえばそもそもからして邪気を纏っておるじゃろが」
「……ああ、そっか」
「頭は使わないとボケるぞ、コープ」
「お前らいつでもボケ倒してんじゃねーかよ!」
「ああ、頭を使ってな。素ボケはお前だけだ」
「ナイアだって素ボケだろうが!」
「あれは天然だ」
「ナイア嬢をバカにするな、小僧」
「ごっふあ!」
やっぱり俺だけ突かれるのはおかしいだろうが! 天然も素ボケも変わるか!!
俺たちがわいわい騒いでいると、がちゃりとドアが開いて侍女が姿を見せ、次いで静々と二人の人物が入室してきた。
一人はナイアだ。
普段と違う、シックな黒を基調として白糸で花を縫い上げたドレス。
下半身や腹部の露出はなくなってしまったが、普段はフードで覆われている顔が露わになっており、袖のない涼しげな肩口から伸びる腕が晒されて白く美しく体の前で組まれている。
「でも何で赤くなってるんだ?」
頬を染めているナイアに首を傾げると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「腕と顔を晒しているなんてはしたない……」
「いや普段の格好の方がよっぽどだろ」
「全く客人のおっしゃる通りですことよ、ナイア」
入室してきたもう一人、ナイアに歳をとらせて黒髪を茶色に変えたような貴婦人が、俺に同調した。
多分母親だろうと思ったら案の定。
「まぁ御母様。あの格好はれっきとした死霊術士の正装ですわ!」
「な訳ねーだろ」
あんな露出の多い魔術士、他に見たことねーわ。
「だって魔王様がそう仰ったのですもの!」
「騙されてるだろ」
「言うな、小僧」
「ルラトも分かってたなら止めろよ」
「……我が止めなかったと思うか?」
「いやすまん」
ナイアは人の話を聞く奴じゃなかった。
大方あの服装が気に入ったに違いない。凄まじく邪悪っぽいからな。
「おーい。そろそろ入って良い?」
ひょい、と開け放たれたままの入口から顔を覗かせたのは、ものごっつい美形なのに顔色がナイアより悪い黒髪の青年だった。
「入ってはいけないと言った覚えはありませんよ」
「あれ? そうだったっけ?」
ごめんごめん、と良いながら青年が中に入ってくる。
えらく軽薄そうな野郎だな、兄貴かなんかか?
そう思った俺に対して、貴婦人がため息を吐きながらそいつを紹介してくれた。
「夫のアブホース・アウターですわ」
「若ぁ!?」
「いやー、どうもどうも」
幾ら何でも若すぎんだろ! ナイアの父親には絶対見えねぇ!
思わず声を上げると、青年……アブホース・アウター伯爵はフレンドリーに片手を上げた。