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序章:ナイアたんは肉弾系です。


 クソ、こんな所でくたばるとは……。


 目の前のゾンビの爪に引き裂かれ、『ゴルバチョフ盗賊団』の二代目頭領を継いだばかりの俺、コープは地面に倒れ伏した。

 痛みの感覚が薄れ、徐々に意識が闇に染まっていき……途切れたと思った直後に、覚醒した。


「……は?」


 思わず俺は声を漏らす。

 そして体が動くのに気付いて、ガバッと身を起こした俺の耳に。


「ほら、成功いたしましたわよ。ルラト?」


 どこか呑気な響きを帯びた楽しげな声が聞こえ、その声に、溜息交じりの渋い声が答えた。


「ナイア嬢。いつも言っておるが、おぬしの術は死霊魔術ではなく聖霊魔術じゃ。現に彼は、ゾンビではなく屍人形(フレッシュゴーレム)じゃぞ」

「魂を呼び出して肉体に込めているのですから、さしたる違いはないと思うのですけれど……」


 どことなく不満げな響きを帯びた女の声に、渋い声が答える。


「大違いよの。そもそも魂の回帰は『反魂の術』と呼ばれる転生の秘術で、下級の死霊魔術よりも遥かに高度な術式なのじゃぞ」

「つまり、高位の死霊魔術という事ですわね〜? でも、それなら何でわたくし死霊術師(ネクロマンサー)のクラスがG級のままなのでしょう?」

「いや、だからの……」


 俺は、呑気な女性の声と疲れたような渋い声の会話が聞こえる方に目を向けて。


「うぉ、スケルトン!?」


 俺は、倒れても握っていた両手の短剣を反射的に構えた。


 会話を交わしていたのは、絶世の美少女と骨だったのだ。


「失敬な小僧じゃ。我はスケルトンではない」

「じゃあ何だ、骨野郎か?」


 美少女の方は柔和な微笑みを浮かべており、軽く垂れた目元を持つ優しげな顔立ちをしている。

 桜色の唇は可憐に小さく、それでいてどこか艶かしさを感じさせた。


 両手に包帯をグルグル巻きにして黒いローブを身に付けているが、ローブは布地が足りず、彼女は肩とヘソ、それに片足が剥き出し、というはしたない格好をしている。


 剥き出しの肌は、青白いほどに白く、シミ一つない。


 美少女はその格好からして、いわゆる魔術師なんだろうが……動きとかそういう部分から、どことなく高貴な雰囲気を感じる。

 彼女がお淑やかに頬に指先を添えて首をかしげると、首筋をさらりと美しい金髪が撫でた。


 そんな美少女の話し相手が、骨野郎だ。


 マントを身に付けて大剣を背負い、ズボンとブーツを履いているが、他は全て剥き出しの骨。

 立派な魔物にしか見えん。


 というか、他の衣服は身に付けているのに上半身裸なのは何でだ?

 骨野郎的に、アバラを見せるのは譲れないファッションなのだろうか。


 考えている内に骨野郎が近づいて来て、骨の指先をカツン、と額に打ち付けられた。

 激烈に痛い。


「ぐぁああああ!!」

「誰が骨野郎じゃ。呼び方に気ぃ付けい」

「どこをどう見ても骨野郎だろうがぁ! いきなり何しやがる!」


 涙目で睨みつけると、骨野郎は見下す様に俺を見下ろして言った。


「我はルラトじゃ。ルラトさんと呼べ、小僧」

「黙れ骨野郎。だったらてめぇは俺をコープ様と呼べ!」


 言い返すと、再度額にカツン、と指先を打ち付けられた。


「ごぉうぁああ……ッ!」

「口の利き方に気を付けろと言ってるじゃろうが。ザコは小僧で十分じゃ」


 この骨、警戒してたのに動きが見えねぇ!

 そんなやり取りを見て、美少女がクスクスと笑った。


「コープ様ですか。わたくしはナイア。ネクロの都に住むアブホース・アウター伯爵の娘の一人、ナイア・メイリア・アウターですわ。以後お見知り置きを」


 ナイア、と名乗った彼女はそう優雅に一礼するが、摘んだ裾を広げたら太ももがますます見えて、俺はそっちに目が釘付けになった。


「おい、小僧。ナイア嬢に不埒な視線を向けとると首を引き抜くぞ」

「いや見るだろ。むしろ見ない奴は男としておかしい」


 視線を辿られたのか渋い声の骨野郎に物騒な事を言われた俺は、反射的に言い返した。

 やり取りの意味に気付いたのか、ナイアが恥ずかしげに裾を下ろし、白かった頬を少し赤に染めていた。


 なんだこの子、めちゃくちゃ可愛い。ド天然だ。


「お恥ずかしいですわ。つい、クセで……」

「いや、眼福だったぜ!」

「小僧……」


 地獄の底から響いてくるような骨野郎の声に、流石に身の危険を感じて俺は話を逸らした。


「えー、それで……一体何がどうなってんだよ?」


 俺は周りにちらりと目を向けた。


 ここは、住んでいるアジトの近くにある森の中、墓場の側の道だった。

 俺は、この近くにあるマンサの街に生まれた孤児で、先代の盗賊団頭領であるゴルバチョフに拾われたのだ。


 二代目を引き継いでの初仕事に意気揚々と来てみれば、ゾンビに襲われてくたばった、筈だったんだが。


 周りの状況は、さっきまでとほとんど変わっていなかった。

 ゾンビの群れがいて、ちょっとだけさっきと違うのが、その中の一匹が頭を半分ぐちゃっと潰されて倒れている事だ。


 ナイアの右手が似たような赤色に染まっているのは無視する事にして、俺は話を進める。


「あんたのゾンビなのか?」


 俺の問い掛けに、ナイアは首を横に振った。


「いえ。ですが、貴方が襲われていたのが見えたので従者に良い素材だと……」

「ちょっと待てコラ。素材ってなんだ」


 しかも襲われてたのが見えたなら、殺される前に助けろよ!

 そんな俺に構う事なく、ナイアは慈悲深い聖女のように俺に微笑みかけながらおっとりと言葉を続ける。


「殺されるのを待ってゾンビ化してみたのですけれど、どうも、より高度な術を使ってしまったようなのです。貴方の自我まで再生してしまいました」

「してしまいましたって何だよ!」


 まるでしちゃいけなかったみたいじゃねーか!

 しかも殺されるのを待ってたとか、堂々と口にしやがった!


 どこか嬉しそうなナイアに、俺はちょっとだけ不気味さを覚えたが、それを口にする前に骨野郎が呆れた顔で言う。


「自我どころか呼び戻した小僧の魂まで完璧に修復しているがの。小僧、喜べ。今の体は頑丈じゃぞ。何せ、ナイア嬢によって蘇生されたフレッシュゴーレムの肉体じゃ。真言が破壊されても、ナイア嬢が生きている限り蘇生出来るからの」


 言いながら骨の指で俺を指した骨野郎、ルラトに、俺は指の先に示された自分の胸元に目を向けた。

 

「って、何だこりゃ!?」


  俺の胸に、見たこともないような文字が刻まれている。


「『生』を意味する真言じゃ。貴様は既に人間ではない。腐らぬ死体に魂を宿したゴーレムじゃ」

「はぁ? おいおい骨野郎、そんな訳ねーだろ。寝言は寝てから言えよ。骨が寝るのかどーか知らねーけど」

「本当に口の悪い小僧じゃな」

「ぐぉああああ! てめぇ、俺のデコに穴が開いたらどうしてくれんだよ!」

「どうせ中身はカラじゃろう」

「上等だコラ! オモテ出ろやぁ!」

「返しまで低俗で答える気にもならんわ」


 三度ズビシッ! と額を打ち据えられて怒鳴る俺に、ルラトが呆れた顔をする。


 この骨野郎、様式美ってのを知らねーのか。

 そこは『もうここはオモテだ』って返すとこだろうが!


「つかよ、ゴーレムだっつーんなら、何で痛いんだよ!」

「そこまでは我の知った事ではないの」


 ルラトは言いながら、親指を周囲のゾンビ達に向ける。


「死ぬかどうか知りたいなら、試しにゾンビに裂かれてみるかの? 我が向こうに放り込んでやろう」

「恐ろしい事を言うんじゃねーよ骨野郎!」


 また殺す気か!

 ルラトの言葉に即答した俺に、ナイアはまたクスクスと笑った。


 人の不幸を笑うんじゃねーよ。

 ゲラか、お前は。


 しかし、ナイアは顔はすげぇ可愛い。

 その美しい形の赤い瞳が、俺をじっと見つめてくると落ち着かない気分になる。


「何だよ?」

「この方、面白い方ですわね。ねぇ、ルラト」

「そうかの? どこにでもいる凡骨に見えるが」


 お前こそ元の顔も分からねーガイコツだろーが!

 さすがにそろそろ指先を叩き付けられて痛い思いをするにはイヤなので、今度は口にせずに内心で突っ込む俺だ。


 危険は避ける、それが俺が自分に唯一誓っている大切なことだった。

 その避けるべき危険は、よく考えたらまだ去っていない。


「ってか、ゾンビが襲って来ないのは何でだ?」


 俺が首を傾げると、ナイアがふふん、と胸を張った。


「それは当然、優れた死霊術師であるわたくしを恐れているのですわ!」

「間違いではないの。恐れられているのは死霊術師としての気配ではなく、聖なる浄化の気配じゃが」

「まぁ、ルラト。死霊術師であるわたくしが聖なる気配など纏っている訳がありませんわ」


 いつもそうしてわたくしをからかって、とナイアがぷくりと頬を膨らませる。


 そんなナイアに、ルラトは溜息を返した。

 息を吸っても吐いても、骨の隙間から抜けるだけなのにな。


「ナイア嬢。もう何度も言っているがの、おぬしは死霊術師ではないのじゃ」

「わたくしは死霊術師ですわ。だって、魔王様がそう仰ったのですもの」


 ……魔王様?

 しかし俺が、その不吉な単語について質問する前に、ナイアはくるりと俺に背を向けてしまった。


「全く、ルラト? しっかり見ていて下さいね。わたくし、死霊術師としてきちんとゾンビを始末しますわ。魔王様に従わない死霊術師は、世界征服の邪魔ですもの!」

「それは構わぬがの」


 なんてこと無く答えたルラトの言葉に、俺は焦った声を上げる。


「始末するって……お前、丸腰じゃねーか!」


 それも、素肌が露出しているような服装だ。

 モンクにも見えないほっそい腕で、何を血迷ってんだ!?


「あ、でもよく考えたら死霊術師か。って事はゾンビでも作って戦うのかよ?」

「いえ。わたくし、スケルトンを作ったり、スペクターを呼んだりする死霊魔術は成功するのですけれど、一番下級のゾンビ作りは出来ませんの……貴方も失敗してしまいましたし」


 恥じらう仕草をしながら目を伏せるナイアに、俺は首をかしげる。


「え……じゃあ、スケルトンで?」

「いえ、それもルラトのような自我のあるスケルトンしか作れなくて……操り人形でない方を前線に立たせるのは(はばか)られますし……」


 頬に手を当てて、ナイアは、はふぅ、と切なげに溜息を吐く。


「我はスケルトンではないと言っておるじゃろうが。我は己の骨を依代にナイア嬢に招来された古の魂じゃ。使われた術式は、『英傑召喚』の術式じゃの」

「つまり骨野郎で合ってる訳だ」

「口の利き方に気を付けろと言っておるじゃろうが」

「ぐぉぉぉ……!」


 また指先で眉間を突かれて、俺は悶え苦しんだ。

 今、身の危険を感じて少しかわしたが、コイツ今回、俺の目を狙いやがったぞ!?


 しかし、ルラトの言葉には引っかかる部分がある。

 『英雄召喚』って、おとぎ話の中で魔神が復活した時、大昔にあったっていう帝国で、勇者がいなかったからって魔術師が命を賭して行ったっつー、神の奇跡とかいわれる術じゃないのか?


 しかも吟遊詩人は、一度失敗したせいで帝国の魔術師長が死んだ、とか言ってたような。


「つまり、わたくしがルラトに使ったのは、スケルトン作成の上位死霊魔術という事ですわね?」

「違うと言っておるじゃろう」

「でもだったら、結局、どうやって戦うんだよ!?」


 俺の問いかけに、ナイアは包帯に包まれた手を、ぐっと握り込んだ。


「コレで、ですわ!」

「へ?」


 俺はふん、と気合を入れるナイア嬢の、包帯で包まれていても分かる華奢で小さい手を見つめた。

 が、こびりついたゾンビの破片と思われるものをまじまじと見てしまい、少しだけ気分が悪くなって目を逸らす。


「……何にも持っていないように見えんだけど……」

「ええ。ですから、この拳で戦いますの」

「無茶過ぎんだろ!」


 ナイアが握り込んだ拳をパチン、と軽くもう片方の手に叩きつけながら誇らしげに言うのに、俺は即座にツッコミを入れた。


「ご心配なさらず。わたくし、肉弾系の死霊術師ですの!」


 俺は、ナイアの口から発された言葉の意味がまるで理解出来ず、ポカンと彼女を見つめてしまった。


 肉弾系の死霊術師?

 見たことも聞いた事もねーぞ、そんな死霊術師。


 しかし俺が突っ込むよりも前に、ナイアは俺に背を向けて嬉々としてゾンビ達に足を踏み出した。


「さぁ、おいでなさい! ホテプ!」


 ナイアが新しい名前を呼ぶと同時に、彼女の背後に浮かび上がったのは筋骨隆々の大男だった。

 頭をすっぽりと覆う、人の顔を象ったらしき妙な黄金色の仮面を被っている。


 太く逞しい腕を組み、大きく背筋を逸らしたそれは、半透明で青い肌をしており、下半身がなかった。


「ス、スペクター?」


 人の魂が怨念を得て誕生する魔物の名前を口にすると、驚いた事に大男は俺を振り向いて応えた。


『スペクターではないのである。(ちん)は偉大なる(ファラオ)にして聖霊(ジンニー)と成りし者である』


 凄まじく偉そうな幽霊だな。

 そんな感想を抱いた俺に、ナイアが説明してくれた。


「この両腕の包帯は、古代の王のミイラを巻いた聖布……つまりホテプが、墓暴きに肉体を奪われて聖布に魂を移して肉体を取り戻そうとしていたので、墓に戻す約束で協力して貰ってますの。さぁ、ホテプ!」

『心得ているのである』


 スポン、と下半身の代わりに突き出た魂の尾をホテプに挿れられて、ぞくりと背筋を震わせたナイアは。


「うふふふ……さぁ、行きますわよ。可愛らしいゾンビさん達。わたくしは、人の物を横取りするほど無粋ではございませんの。ですから申し訳ないのですが―――殴り殺させていただきますわ!」


 ゾンビに飛びかかる瞬間にちらっと見えたナイアの横顔は、本当に楽しそうに微笑みを浮かべていて。


 俺は、あ、こいつアカン子だ、と思った。

 


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