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文学フリマ短編小説賞 2017 応募作品群

青坊主の涙

 おーい、そろそろひと休みとしようや。

 ほい、お茶。悪いな、土いじりを手伝わせちまって。

 たいしたことはしていない? いやいや、間引きってのも、大事な仕事だぜ。全員を育てようと思ったら、中途半端なできにしかならん。限られた栄養を集めて、限られた最高品質を作り出す。食ってくれる誰かのためを思ってな。

 と、物書きのあんたにとっては、ちいとまずい言い方だったか? 筆を執る奴の気力がある限り、どの子も実をつけ、花を咲かせる。

 あんたの頭っていう無限の畑には、今どんだけの野菜が育ってんのかなあ。

 そんじゃ、休憩ついでに、あんたの畑に新しい苗を植えさせてもらおうか。野菜に関することでいかせてもらうぜ。


 田畑の開墾ってのは、稲作が伝わって以来、生活最大の関心事として人々の間で根付いていた。それを意識した法もたくさんある。

 何せ、墾田永年私財法などというものすら、開墾目的に作るくらいだ。私有地を持たせることが、公地公民が崩れることとイコールだって、考えなかったはずがないだろう。飯の問題はいつだって深刻ってわけだ。

 そして、時代は流れに流れて、長い江戸時代が終わった時期に飛ぶ。


 明治政府がうちだしたスローガン「富国強兵」。

 これを満たす条件の一つとして挙げられたのが、莫大な資源の確保。

 目を付けられたのは、かつて蝦夷地と呼ばれていた北海道。木材や硫黄など豊富な原料を確保できるこの地は、日本国強化を目論む当時の政府にとっては、絶好の開発場所と言えただろう。

 そこで設置されたのが、ご存知の「北海道開拓使」だ。同時に土地を開墾すると共に、外国からの侵略に備える、「屯田兵」の配置。

 平たく言えば、指示と指導をするお役所の開拓使と、実労働を担当している屯田兵というわけだな。

 で、この屯田兵。先の戊辰戦争で敗れた、旧幕府軍の士族たちが大半だったんだと。

 そりゃ、地元じゃ「朝敵」だなんて言われて、無事に暮らせるとは、到底思えない。しがらみのない新天地、北海道に逃げ込まざるを得ないような、すねに傷を持つ連中が集まった。


 ところが、そこで待っているのは、新政府の役人ども。しがらみどころか、因果を感じる連中の下に、彼らは突っ込んじまったのさ。

 もう察しがつくだろう? 華々しい功績に隠されて、屯田兵たちの一部にどのような仕打ちがあったか。しかし、殺されはしなかった。大事な労働力だ。しっかり働いてもらわなくちゃいけない。

「農民は生かさず殺さず」を掲げた士農工商は消えたってのに、皮肉にも、今度は元武士の士族が飼い殺しになる事態になっちまった。ツケや借りに対して、神様は誰よりも義理堅いよ。


 そんな、人知れない嘆きが、北海道の大地に染み込んだ時、白昼夢が形を帯び始めたんだ。

 人々が幾日もかかると踏んで、後回しにしていた架橋工事。その土台がいつの間にかできていた。

 寒さに凝り固まって、鍬の歯さえもはじく鉄壁の土が、翌日には、お湯でもまれたかのように柔らかくなっていた。

 そして、休憩に入るたび、いつも一人分多くの道具がどこからともなく現れて、仕事が終わる時には消えていた。

 一部の人々は、「青坊主」が現れたと噂し始めた。

 青坊主は日本の各地に出没する妖怪。しかし、その真の姿を知る者はいない。というのも、接する人によって姿形が異なって見えるんだ。

 これらの奇跡は、誰かが手を抜いていると、決して起こりはしなかったらしい。もうこれ以上はできない、と全員が思った時、はじめて「青坊主」が手を貸してくれたのだ。


 開拓使ができて、十年近い歳月が流れた。

 移民の数は増え、当初とは比べ物にならないほど、北海道は豊かな大地となった。いよいよ諸外国に追いつくべく、勢いをつける日本政府。しかし、移民の増加は必ずしもプラスの方向に作用したわけではなかった。


 コレラの流行だ。関西を中心に流行していたこの病。北海道に移り住んだ誰かが持ち込んできたんだ。

 抜群の感染性と致死力を持っているコレラを、人々は「三日コロリ」と呼んで、大いに恐れた。

 北海道の「避病院」、伝染病専門の病院も患者であふれたが、生きて帰れる場所ではないと噂されるほどの場所となっていたんだ。

 コレラは祟りと言われるほど、当時は原因不明の病。いつ自分の両隣り、もしくは自分自身がコロリと死ぬか。人々は底知れぬ不安に、頭まで漬かって暮らしていた。


 そんなある日。病院にいた患者たちが、一斉に不思議な夢を見た。

 かつて開拓使たちが死力を尽くし、「青坊主」が力を貸した、広大な田畑。そのど真ん中に、異様な風体の男が立っていた。

 金色の髪。海のように蒼い瞳。身につけたホワイトシャツ。異人の男だ。

 その彼がうつむいて涙を流しているのだ。心なしか涙さえも青く澄んでいるような、そんな気さえする、鮮やかな雫だったと夢を見た全員の記憶が一致した。

 そして、翌日。彼らの証言をもとに畑に向かった医者は、葉っぱがすっかり倒れ伏したある野菜を見つけることになったんだ。


 それは「玉ねぎ」の葉だった。外国から輸入されて育てられ、しかし、これまでさほど注目されていなかった野菜。

 この夢をきっかけとして、コレラを防ぐ効果があるのだと、皆がこぞって玉ねぎを買いつけるようになったらしい。このことがなければ、今の食卓事情は、ちょいとばかし変わっていたかもしれない。

 玉ねぎは、切ると涙が出るだろう。科学的な根拠が分かっても、一部の人の間では、まことしやかに囁かれたもんさ。

 夢の中の青坊主が、苦しみを負った人々の痛みを忘れさせないために与えた、涙の結晶なのだってな。



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