Never stop singing tomorrow
ドンッ!!
「おぉ、荒っぽいね」
「...ッ!!黙れっ...!」
彼女から真実を告げられた時、僕は珍しく取り乱していた。
僕は彼女の胸倉を掴み、壁に押し付けその事が本当なのか問うた。
相変わらず何を考えているのかわからない女だ。いつも通りにやにやした笑みを浮かべたまま、
「そう、それは事実だよ。和也君」
と僕に言った。
僕は慄然とした。
少しずつ、自分の体から力が抜けていくのがわかった。
嗚呼...、僕は嘆く。
何でだ。何でなんだ。
何故だ、何故なんだ。何故僕がこんな辛い真実を知らなきゃならない?
何故僕がこんなにも惨めな思いをしなければならない?
何故僕が彼女の前でこんな無様な姿を晒さなければならない?
彼女はそんな僕を見て満足気に微笑むとそのまま去っていった。
絶望に押し潰されている、僕を置いて。
倫敦
バターやコーヒーのいい香りがして私は目覚めた。
一体どれだけの時間気を失っていたのだろう。
そもそもここは何処だ?
様々な疑問が頭の中を駆け巡るが、目の前にあのいけ好かない男が現れるともうそんなこと考える暇なんてなかった。
「あ、目が覚めたかい?それにしても君は幸せ者だね〜。だってコーヒーとバターの香りで目覚めることが出来たんだから。これがどれだけ幸せな事か知ってる?」
私は自分でもわかる程嫌な顔をした。
そんなの知らないわよ。
「へー、意外。............あ、そうか。この国だったらコーヒーよりも紅茶が主流だった」
いっけねーいっけねー、と頭を掻く男。
こいつ本当に英国出身なのか?
「む、何だい?その顔は!まるで僕がこの国出身なのか疑わしいみたいな顔して!」
げっ、顔に出てたのか。
今後顔に出さないように気をつけないと。
「あー、無駄ですよ。変態さんには無表情は通用しません」
別方向から声がしたのでそちらを向く。
ホームズだって?あの名探偵の?
「そうそう!僕はかの有名なシャーロック・ホームz「に、憧れている私立探偵ですよ」
割り込まれた(本当の事を言われた)ホームズはもう1人の青年を睨みつけた。
「だー!!何でほんとの事を言っちゃうんだよ、ワトソン君!!ここはシャーロック・ホームズの生まれ変わりとか言ったほうが相手も喜ぶだろ!?」
「...いや、だから名前がたまたま『ワトソン』なだけで助手にされた僕の事も考えてくださいね!?......あと、アンタ普段一人称『オレ』でしょ!?何で変えたんですか!?」
だって...、と両の人差し指を合わせてくにくにさせながらホームズは何やらぼそぼそと言い訳を始める。
それを見たワトソンは溜息をつき、こちらを向いた。
「ようこそ、僕らの探偵事務所兼喫茶店へ。歓迎しますよ、ジャクリーン」
...何でこいつ私の本名を知ってるのだろうか...。
「常識だよ。この国でジャックの女性名はジャクリーンだからね。」
先程まで拗ねていた癖にこういう時だけ元気になる、ほんとこいつ何なの?
「諦めた方がいいですよ、‘’ジャック‘’。こいつの変態は生まれつきですから」
何処か諦めたような口調で語るワトソン。どうやらホームズにかなり振り回されているらしい。
すると、ホームズがハッとしたように顔を上げた。
「い、今のは☆HENTAI☆要素無かっただろ!!
...そ、それに探偵の助手をしている癖に事実の捏造は良くないぞ!!ガキの時の俺は純粋無垢で心は清らかな英国男子のお手本とも言われてたんだからなっ!」
「あ、でも‘’過去形‘’なんですね」
「そ、それはっ............ぐぬぬ」
ワトソンに痛い所を突かれて言い返せなくなったホームズ。
ざまぁみやがれ。
言い争いから取っ組み合いになる2人を見て、思わず私はくすりと笑ってしまった。
すると2人は珍しいものを見るような目でこちらを見つめていた。
何よ、私だって普通に怒ったり、泣いたり、笑ったりぐらいするわよ。
「......惚れた」
何言ってんだこの変態探偵が、
「こいつは後でしばいておくんでご安心を」
にっこり笑うワトソン。でも何故だろう私は物凄い寒気を感じた。
「うむ、そうだな。これから一緒に住む仲間になる訳だしこれを渡しておこう」
いや、まだ仲間になるとは一言も言ってない...
、と言おうとしたもののホームズはこちらに懐中時計みたいなへんな端末を押し付けてきた。
「これがあれば俺達2人といつでも連絡がとれる。ここに住むのがまだ無理だというのなら困った時いつでも連絡してこい。すぐにでも助けに行ってやるからさ」
そう言って彼はにっこりと笑った。
...恥ずかしながら少しだけドキッとしてしまった。
ん?どうした、ワトソン君。
...あぁ、彼女の事?
いい娘でしょ?もっと素直になってくれれば嬉しいんだがなぁ...
そうじゃないって?
...何だ気付いてたのか。
彼女の左目、だろ?
髪の毛で隠れているけど彼女の左目は、
...あれは義眼だ。
恐らくあれは『奴ら』が埋め込んだんだろう。
殺す対象を選ぶ、義眼。
『チェイサーアイ』とでも名付けておこうか。
名前があった方が便利だしね。
で、何故か私はこの店に居候することになった。
ていうかなんで私がウェイターなんてしなければならないのよ?
「いいじゃん〜、君可愛いんだからさ〜」
にへら〜、とだらしない笑顔を見せるホームズ。気持ち悪い。
「僕はいいと思いますけどね」
ワトソンは相変わらずにこにこしながら褒め言葉を口にした。うん、こっちのほうがいい。
にしてもカッターシャツとスカート、その上にエプロンというシンプル極まりない恰好なのだが果たして、こんなに単純な服装でいいものなのだろうか?
いや、いいんだろう。ウェイターは客を刺激しない為に‘’敢えて‘’地味な服を着ているというのをどこかの本で読んだことがある。
「お客さんが来たら愛想良く接客するんだよ〜」
くそっ、こいつ私を子供扱いしてやがるっ!今に見てろ...!!
私があまりの怒りに肩をわなわな震わせていると突然ドアノブが動いた。
客が来たのだ。
ガチャリ、
「い、いらっしゃいませ〜っ!!」
思わず早口になってしまった...orz。
(その後ホームズにその事を弄られたのは言うまでもない)
日本
僕は痛む頭を抑えて歩き出した。
スマホを見て、彼らの出した依頼をもう1度確認する。
『運命に抗え』
それだけだった。
それだけのことだった。
手にした簡易型狙撃銃は1発式だ。
要するに外したら終わり。
それでもこの依頼を達成できないと、彼女が死ぬ。
生贄に取られたのは僕ではなく、『彼女』だった。
荒ぶる気持ちを抑える為に僕は鎮静剤を飲んだ。
少しのブレですらここでは失敗に繋がってしまう、失敗は許されない依頼だった。
僕は匍匐の姿勢になり銃の三脚を立て、標準器を調節する。
調節が済んで暫くすると、僕がスコープで覗いている場所に対象が現れた。
いつの間にか僕はまた呼吸が乱れ、頭痛が酷くなっていることに気づいた。
当たり前だ。
これから殺すのは、
、、、、、、、、、
僕の親父なんだから。
僕は一度大きく深呼吸した。
そして、(それが一生僕を苦しめることになるとは知らずに)
ズドンッ!!
引き金を引いた。